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恋愛恐怖症  作者: 黒川 珠杏
【新しい街】
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私が営業!?



「失礼します。柿本課長、おはようございます。

 お待たせいたしました。今日からお世話になる来生を連れて参りました。」

「おはようございます。お早いご連絡ありがとうございました。

 播磨さん、この度は急な申し出に迅速に対応いただき感謝します。どうぞこちらへ。」


 社内に入ってすぐにある、いくつかに仕切られた商談スペースの一角に行くと、一人の男性が既に待っていて、私たちの姿に気付くとそれまで座っていた椅子から立ち上がって一礼する。それに倣って私たちも一礼し商談スペースに二人で並んで腰を下ろす。


 そこに居たのは落ち着き払った柔らかな微笑に、シックなチャコールグレーのスーツがとても馴染んだ男性。髪もきちんと整えられて、隙のない清潔感のある爽やかさは服装さえ変えれば年齢の幅がぐんと広がりそうだと思った。見た目は私より少し年上の・・・30代後半から40代に見えたのだけれど、出された名刺に書かれた肩書きに内心驚きを覚える。


『営業部 課長 柿本純司かきもとじゅんじ


 課長。

 それが、この目の前にいるその人だった。


「それでは、こちらに来生についての書類をまとめてあります。ただ、つい先ほどこちらに配属を変更した件を伝えて承知していただいたこともあって、本人としてはまだ困惑していると思いますので何卒ご配慮いただけると助かります。」

「それはまたずいぶん急に決められたんですね。まぁ、こちらのせいでもあるんですが。急がせてしまい申し訳ありません。」

「いえ。こちらとしてもいろいろとお世話になっておりますので・・・。」


 ・・・なんだろう。少し遠慮がちな含みのある言い方のような気がする。

 まぁ、私の知り得ない内容だろうから、気にしないでおこう。


「では、私はこれで。来生をよろしくお願いいたします。」

「かしこまりました。ご尽力ありがとうございます。」


 そう言うと、私の方を向いて「頑張ってくださいね」と告げた播磨マネージャーは早々にその場を引き上げて去っていくので、私は早速も商談スペースに柿本部長と二人っきりになってしまった。


 え、ちょっと待って。

 話が見えないまま置いて行かれてしまったんだけど・・・詳しい説明とかはナシですか?

 事務所での諸手続きの話とか、社内の案内とかって全く知らないんですけど!


 播磨さん、待っってぇぇぇぇ!


 顔にも声にも出さなかったけど、心の中で播磨マネージャーに向かって絶叫する。


 ・・・・・・・正直、心細い事この上ない。

 こんな無機質で粛々な場所など今まで縁がなかったといってもおかしくない。

 しかも初めて足を踏み入れた場所だ。迷子になる可能性も高い。


 チラッと周囲を見るとテレビドラマとかで見た、会議室のような静かで厳かな雰囲気に、何だか足元がふわふわする。

 意気込んでみたものの、本当に大丈夫かな・・・私。


「では来生さん、改めまして課長の柿本です。よろしくお願いします。」

「は・・・はい。よよよろしくお願いします。来生と申します。」

「はは、もしかして、緊張してますか?」

「は、はい。

 じ、実はその・・・営業という職種自体も初めてながら、このような雰囲気の職場も初めてなので・・・なんだか場違いな気がして・・・。」

「初々しいですねえ。大丈夫です、じきに慣れますよ。」


 目尻に細かく皺を寄せながら柔らかく微笑むその顔に、次第に落ち着きを覚えてくる。

 これが彼の『課長』としての資質なんだろうか・・・。


「さて、時間もありませんしお仕事の話をしましょうか。

 うちの営業部は大体二人一組で動いていただくことが多いのですが、中には単独で動く営業マンもいます。来生さんは派遣の方とういうのもありますので、単独で営業などははなく、うちの営業マンのサポートがメインとなります。」


 ・・・なるほど。

 ということは、私がひとりで乗り込むことはないんだ。


 私の中の『営業』のイメージと少しだけ違った事もあって心の中でそっとほっとする。


「それでですね。当初組んでもらう予定の営業マン・・・水瀬(みなせ)君というんですが、彼が急遽一ヶ月ほど別の支社に応援に行ってしまっているので、当面は別の営業マン何人かと交代で組んでもらうようになります。

 ただ、うちの営業マンの中にはちょっと個性が強いというか、変わった人やアクの強い人が何人かいるので、困ったことなどとかありましたら私か播磨マネージャー、あと同じリクルートラインさんからの先輩である平岡さんとかにいつでも相談してください。」

「はい、わかりました。」

「では早速なんだけど、今日は山手(やまて)君と一緒に回ってもらいます。

 こう言っては何ですが、彼の性格も少し癖があるんです。でも彼はわが営業部のエースです。見習える所などはいっぱいあると思いますからしっかりと仕事を教えてもらってください。」

「はい。」

「では、早速部屋へ案内しましょう。どうぞこちらへ。」


 そう言って、柿本課長が席を立った。

 早速営業に動くのも緊張するけれど、今日の担当の人が癖のある性格というのも少し気になる。

 だけど、ひとまず職場に慣れないことには仕方がない。

 すべてが勉強なのだと覚悟を決めて、私は柿本課長に続いて席を立った。




 『営業部』と書かれた扉をくぐると、当たり前だけど既に勤務が始まっていて、慌ただしく電話応対する人が何人も居る。

 部屋の手前に作られたカウンターらしき席の近くに居た女性が、私たちに気付いて軽く微笑みながら会釈をすると顔をデスクに戻した。


「彼女が平岡さんですよ。彼女はここの事務処理を担当しているので一緒に外回りはしないんです。ただ、ここには5年くらい居るから、営業課内の大体の事は知ってると思うので、いろいろ相談してみてください。」


 なるほど。

 彼女が同じ派遣会社の先輩の平岡さんなのね。

 部屋の中をぐるっと見渡した限り、女性は彼女だけみたいだし、同じ派遣社員仲間なら心強い事この上ない。


「あれ?だれか山手君知らないか?」


 辺りを見渡していた柿本課長が近くに居る人に声をかける。


「あれ?山手さんならさっきまで・・・。」

「課長ー、遅いっすよ!俺もう出ますけどっ!」


 答えた人と反対側から、もう一つの声がかかってくる。

 ぽっちゃりとした体系に、垂れ下がった目尻と半分ほど落ちた瞼がおっとり系と思わせる男性。

 爽やかさの度合いが違うけれど、課長と同世代のように見える彼を、課長は「山手君」と呼んだ。


「急いでるところすまないね。彼女が来生さんだ。新人教育、しっかり頼むよ。」

「はいはい。えーと、来生さんだっけ?俺もう外回りに出るからそのままついて来て。」

「は、はい、では行って参ります。」


 一体何が始まるのか、何が待ち受けているのか全く分からない中、言われたままに行動をする。

 課長に手を振って見送られる中、私はさっき紹介されたばかりの山手さんに急かされ、後を追いかけるように初めての営業の世界に足を踏み出したのだった。




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