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3話 ぼっちな俺の、分からないクラスメート

 クラス表を見てげんなりした後、俺は二階にある自動販売機に向かった。


 炭酸飲料やお茶が並んでいる中、俺は100円の缶コーヒーを選ぶ。今「缶コーヒーは120円だろバーカ」と思った奴、ほとんどの高校の自販機はちょっと安いんだぞ。覚えとけ!!


 猫舌なのにあえて買ったあったか~い缶コーヒーをちびちび飲んで、時間を潰す。あんまり早く教室に行ったら目立つしな。


 ただでさえ出席番号で目立っているというのだ。これからは今以上に目立たないよう、細心の注意を払って生活しなければ。


 ちびちびと口を付けていた缶コーヒーを飲み終わり、缶用のゴミ箱に捨てたちょうどそのとき、ロングホームルーム五分前のチャイムが校内に鳴り響いた。


 俺は授業開始に遅れないように、若干いつもより急ぎ足で新しい教室に向かう。場所は教室棟三階の一番奥。俺と同じように教室に向かう人の波をかぎ分け、2年A組にたどり着いた。


 ちなみに県立南ヶ丘高校の教室は、一年が一階、二年が三階、三年が二階だ。何故こんな配置になったのか気になりはするが、別にどうでもいい。


 俺が教室に入ると、クラスの半分くらいの人間はすでに教室にいた。我ながらちょうどいいタイミングだ。最初でも最後でもない。


 俺は黒板に書かれている席順を見て、それから向かって右端、窓際の最前列に腰掛けた。どうやら出席番号順になっているらしい。


 特に何もすることは無いので、机についてぼーっとする。しかしここで机に突っ伏すのはアウトだ。俺は一人ですよと公言しているようなものだからな。机に突っ伏すのは、このクラスでぼっちとしての地位を確立してからだ。少なくとも初日、ファーストインプレッションの時点では下策である。


 特に何をというわけでもなく、つまりなんとなく教室を見渡すと、既に一年の頃の仲良しグループのメンバーや部活の仲間同士っぽい奴らでコミュニティーが出来上がっていた。春休みの出来事なんかをワイワイ話しているのだろう。


 不幸にして仲良しグループから離れてしまった組は、所在なさげにケータイをいじったり、離れちゃった同士でグループを形成したりしている。


 こいつらの何人かは、俺と同じぼっちの道を歩むことになるだろう。


 そして更に視線を巡らすと…不意に、一人の女子生徒と目が合ったので、流れるような動作で視線を逸らす。こんなのも去年一年間で慣れた。


 視線の逸らし方だけじゃない。座り方、立ち方、歩き方、口調、頷き方、声の大きさ、会話の打ち切り方など、日常生活のあらゆる場面において、俺がぼっちでいるための行動はほとんどマスターし、実際に使えるようになった。


 だが今回、この場面においては、去年一年間経験してきたものとは違った。


 普段なら視線を逸らした時点で相手も何事も無かったかのように元の行動を続けるか、「今俺(私)アイツと目があっちゃったんだけどー。マジきめぇ(笑)つかあんな奴ウチのクラスいたっけ?(笑)」みたいな感じで笑い話にするはずだ。


 しかし今、俺は背中に視線を感じている。それも、なんとなく見てるとか好奇の目とか、そんなレベルではない。もっと確かな意思を持った視線だ。


  ぼっちは日頃、人に見られることは少ない。そしてもし見られればその視線を避けるように行動を起こす。なので、人の視線にはかなり敏感になるのだ。



 その勘が告げている。この視線は、何かしらの感情が籠もったものだ。その感情が何なのか、俺は分からない。


 正直言って滅茶苦茶気になる。だが一度逸らした手前、また視線を合わせるというのははばかられる。


 振り向くべきか考えあぐねていると、タイミングよく始業のチャイムが鳴り響き、二人の先生が入って来る。


「はい、皆さん席について下さい」


 そう言ってクラスメートを席につかせ、彼らは教壇に登る。


 あの二人が今年の担任と副担任なのだろう。両方とも俺の知らない教師だ。背が高くメガネを掛けた二十代後半~三十代前半くらいに見えるイケメンな男と、若干背が低く、いかにも中年のオッサンという風貌の、四十代後半~五十代前半くらいの教師…俺の脳メモリの検索結果は該当無しだ。その二人にクラスメート全員の視線が集まる……と思ったが、俺の背中に突き刺さる視線は、変わらずに当てられ続けていた。おい、流石にそれはヤバいだろ。今年度一年間、俺達と一番密接に関わってくる先生を差し置いて、俺みたいなぼっちに視線を固定するなんて。これはかなりの重傷だな。


 俺の内心など知る由もなく、先生は話し始めた。


「二年A組の皆さん、こんにちは」


 若い方の先生がそう言うと、キャー!!という黄色い歓声が上がる。挨拶だけで歓声とか、ここはライブ会場か何かですか?イケメンだからか?イケメンDAKARAなのか…?「今日から一年間このクラスを受け持つことになりました、松田 孝治です。皆さん、よろしくお願いします。」


 そういいながら黒板にスラスラと自分の名前を書く。この、若い方の先生改め松田孝治先生が、今年の担任らしい。


 その挨拶の間もずっと、後ろからの視線は続いていた。俺の背中を冷や汗が伝う。何故そんなに俺を見ているのか、気になって気になって仕方がない。次のオッサンの方の教師の自己紹介は、全く耳に入らなかった。


「では、まず皆さんの親睦を深めるために、自己紹介をしてもらおうと思います」


 そうこうしているうちに、毎年恒例の「ジコショウカイノジカン」がやってきた。


 これは…チャンスだな。自己紹介なら視線を向けても不自然にはならない。


「では、出席番号一番の…えーっと…綾瀬くんから順番に自己紹介をして行って下さい」


 全員の視線が俺に向けられる。


 そうだった…今年は俺が最初だった…。


 まぁいい。二番目からは後ろを向ける。そこで確認すればいいだろう。


「名前と部活、それから趣味、特技などを話して下さい」



「綾瀬唐墨、帰宅部、趣味、特技はありません」


 するとすかさず松田は、


「趣味特技が無いってことはないだろう?最初で緊張してるのかもしれないけど、高校生なんだからちゃんと言いなさい」


 …チッ、そういうパターンか。世の中の全ての人間は、何かしらの秀でた部分があると信じて疑わない奴。何かが出来ないやつに向かって、「ヤレバデキルヨ!!」と、ゲームのNPCか!って突っ込みたくなるくらい繰り返すしか能が無い連中だ。ヤって出来るのは子どもだけだっつーの。


 だが、一度趣味、特技無いですといった時点で、俺の目的は達成している。冗談混じりではなく真顔で自己紹介でそんなこと言う奴は、他の奴と距離をおきたいと思っている人間だけだからな。


 俺はこういう時の答えを持っていないわけではないので、スラスラと答える。


「すいません。特技は中学時代にやってたサッカーです。一年間よろしくお願いします」


 言って、今度は何か言われる前に席につく。あえて趣味を言わなかったのは、ぼっちっぽさを更に演出するためだ。特技の方も、「中学にやっていた」とすることで、バリバリの得意分野じゃないということを植え付けることが出来た。これで俺のクラス内のイメージはほぼ定着しただろう。


 ただ一人の視線を除いて。


「はい、ありがとうございました。皆さん拍手~」


 パチパチパチパチパチ…とまばらな拍手が聞こえてくる。


 さっきから思ってたが、この松田とかいうイケメン教師、ここを小学校と勘違いしてないか?口調やら言葉遣いやらが子どもを諭すような感じなんだが…。そりゃ、先生からしたら俺らはこどもなんだろうが…。


 そういえばさっきから副担任は何も喋らないな。松田が若そうだから、その監督みたいな感じかもしれない。


「では、出席番号2番の方、お願いします」


 ここだ。自然に後ろを向くチャンス。視線の正体を探るチャンスがきた。


 俺ははやる気持ちを抑え、二番の奴が起立する音を聞いてから、ゆっくりと体を後ろに向ける。


 その瞬間、後悔した。


 見なきゃ良かったと後悔した。


 視線を放っていた女子生徒の眼光、それは紛れもない、憎悪だった。


 表面には能面のように、のっぺりした微笑みを見せているが、その目だけは、俺を鋭く睨みつけていた。


 そして、俺は彼女を知っている。


「…織本、里香……」


 つい口に出してしまった名前は、拍手の音でかき消えた。2番の奴の自己紹介が終わったようだ。


 しかし俺は、そのことに気を配ることは出来ない。なぜなら、視線の主…織本のことで頭がいっぱいだったからだ。


 織本里香、女、1996年の6月19日誕生、ふたご座、血液型A型、そして…


 俺の元カノだった。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます

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