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烈火の剣士

作者: えりりん


 白刃が横一文字に走る。

 空気を切り裂いて描かれた軌跡の先には、鈍く光る刀身。

その斬線の途上には、半分にされた獣の体。

 切断され動きを止めた獣の体は、ぱっとはじけるように黒い光の粒子――魔力の粒子へと姿を変え、日も高い森の中で、溶けていくように消えた。

 獣を消滅させた刀をその手に持つ一人の少年が、そこに立っていた。

 少年は青いラインの入った白い軽装の騎士服に身を包み、伸びた黒い前髪の隙間から鋭い目つきで前方を見据えている。

 その視線の先には、先程少年が消散させた獣と全く同じ姿をした獣が三体。

 獣は大型四足で全身が漆黒の体毛に覆われており、牙と爪はまるで刃を思わせるかのように異常に鋭く伸びており、真紅の鋭い眼は六つ全てが射抜くかのように少年を睨んでいた。

 少年は刀の柄を右手に握り、左手を柄尻に添えて正眼に構える。

 周囲の木々が風に揺れて音を鳴らす中、少年と獣たちは間合いを開けて相対する。

 さぁっと風が吹き、それによる木々の揺れが徐々におさまっていく。

 森から音がなくなると同時に、獣の一体が動いた。

 獰猛な獣の、それも普通ではない異常な速度の瞬間的加速に、駆ける獣と少年の距離が一瞬で縮む。

 爪を突き立て、今にも少年の体を引きちぎらんと前足を伸ばす黒い獣。

 だが、少年も同時に動いていた。瞬時に左足を下げ、右腕を上げて刀を斜めに構えて刀身の腹を左手で受ける。

 獣が飛びかかり少年を襲うも、刀がそれを阻んで受け止める。

 鈍い音が響いた。

一瞬双方の力が拮抗するものの、少年が半身を逸らして力を逃がし、獣が前につんのめる。

 獣は体勢を崩すことなく、即座に反転して地につき少年に襲いかかろうとする。

 ――だが、すでに決着はついていた。

 獣の眼前には迫りくる斬撃。

 横と縦。おそらく常人には視認することのできない速度の斬撃が二度獣に襲い掛かり、その体を引き裂いた。

 獣が黒い魔力粒子となり、消える。

 一体を消滅させ、残りを片付けるために背後を振り返ろうとして、背後から迫る獣の足音を二体分認識する。

 普通に防御しようとすれば間に合うかどうかは怪しい。一体は防げても、もう一体は止められない可能性が高い。

 ならば――

 少年が右足を引き、腰をねじって反転しようとする。

 二体の獣が後ろ足で地を強く蹴り、少年に飛びかかる。

 腰を低くしたまま、少年は振り向きざまに刀を持つ腕を振るう。切っ先の向かう先は獣の胴体。だがこのままだと入りが浅く、攻撃は止まらない。

 二体の獣の前足、そこから伸びる鋭い爪がそれぞれ少年に向かう。それは真っ直ぐ少年の顔に伸びる軌道を進んでいた。

 双方の距離がゼロへと近づいていく。

刀の切っ先は獣たちの胴体を目指し、獣たちの鋭い爪は少年の顔面をえぐらんと伸ばされる。

 やがて間合いはなくなり、先に届いたのは少年の方だった。

 切っ先が獣の肉に食い込む。だがやはり浅く、獣は止まらない。

 しかし、そこで変化が起きた。

 いや、その一瞬の刹那で少年が変化を起こした。

 イメージは炎。火を熾すかのようにして体内のスイッチを入れ替える。

 身体全体に流動している力――魔力を、能動的に扱えるように。

 その力を一点に集中させる、腕へ、手へ、そして――

 切っ先が獣の体内に侵入すると同時に、刀身が赤く光る。

 そしてその先端から数センチの刃が、燃えた。

 刀身の先に炎が灯り、その炎はバーナーのように、しかし細く伸びて獣の胴体を貫通する。

 そして炎を切っ先から伸ばしたまま、並列するもう一体を同時に一閃。

 ――――炎舞・えんぶ・ほむら

 炎を刀身に纏わせて威力、攻撃範囲を広げる炎属性の魔術剣術。

 斬撃は炎の扇を描き、二体の獣を両断。獣の爪は少年に届くことはなく、そのまま少年の目の前で消散する。

 獣が消えると同時に炎は消滅し、刀身は輝きを収める。

 周囲に静けさだけが残った。

 少年は刀をおろし、一息つく。

「ふぅ……」

 獣たちとの戦闘が始まって以降、こんなにも息を吐いたのはこれが初めてだった。

 だが、少年はそんなことはものともせず、疲れたそぶりを見せることなく周囲を見渡す。

 と、少年は周辺の空気を理解した。どんよりとした、重く暗い空気を。

 魔力の濃度が上がっている。

 四体の獣型魔物を浄化したにもかかわらず、このまとわりつくような濃い魔力。

 少年は再び刀を構える。前方は目で、背後は耳に神経を集中させて全方位を警戒する。

 汗はかいていない。このような緊迫した状況だというのに、なお少年は落ち着いていた。

 再び森に風が吹く。枝とともに木の葉がざわざわと揺らされ、影がそれに伴って動く。

 そして少年は森の音にまぎれて背後の茂みが大きくざわめく音を確かに聞いた。

「京一、後ろ!」

 少年の名を叫ぶ、凛とした少女の声。

 その声を耳が聞くと同時に名を呼ばれた少年――御剣京一みつるぎきょういちが振り返る。

 同時に茂みの中から飛び出す獣。その姿形は紛れもなく京一が先程浄化した獣と同様のものだ。

 飛びかかってくる獣を京一は下段から斜め上に一閃して消滅させる。

 一拍おいて、獣が飛びだしてきた茂みから少女が現れた。

 京一と同じようなデザインの騎士服にそのスタイルのいい身体を包んでいるが、醸し出す雰囲気は彼と比べるべくもないほどのものだった。

 濁りのない白磁のような肌、意志を感じさせるかのように強く輝く碧眼、そして大気に揺らされてなびく背まで伸ばされた美しい黄金の髪。それら全てが相まって、生み出される〝品〟。

 彼女は誰がどう見ても美少女だった。

「京一、無事?」

「こっちは大丈夫。フィオナは?」

 金髪碧眼の美少女――フィオナ・アークライトは頷いて答えを返す。

「それよりも、京一――」

「うん、わかってる」

 京一が正眼に剣を構える。

 それに言葉で確認するまでもなく、フィオナは剣帯から自身の剣――京一のように騎士服に似つかわしくない刀ではなく――装飾で各部を彩られた片手用の騎士直剣を抜きだして、京一の背中を背にして構えを取る。

 周囲の草花が、茂みが、隠すことなくざわざわと音を立てる。

「これは、多いな」

「ええ、完全に囲まれたわ」

 京一とフィオナがいる開けた場所に、茂みから獣が這い出てくる。

 一体、もう一体、さらにもう一体。数は増え続け、二人は隙間なく囲まれる。

 二人の剣を握る手に力がこもる。

 獣たちは獰猛な眼を京一たちに向け、ゆっくりと近づいていく。

「こんなに多いなんて聞いてないわ……」

「まぁまぁ。こんなことは何度もあったじゃないか」

「それもそうね」

 首を動かすことなく二人は会話する。

「ねえ京一」

「ん?」

「勝負しましょう」

「多く浄化した方の勝ちでいいのか?」

「ええそうよ」

「賭けるものは?」

「ヨーク通りに新しくできたお店のパフェが食べたいわ」

「……そのパフェってキアラが高くて食べれない、とか言って気がするんだが。あと俺はそんな胸焼けしそうなものはいらない」

「じゃあ京一が勝ったら、そうね…………わ、私がマッサージ、してあげるわ!」

「自分だけ金銭が伴ってないのはどういうことか説明してほしいな」

「その代り労力を差し出すじゃない」

「理不尽だ…………わかった。それでいこう」

「決まりね」

 二人の取り決めがまとまったことが合図となったのか、獣たちが地を蹴って飛びかかる。

「私の背中、ちゃんと守りなさいよ!」

「わかってる!」

 二人の騎士は剣を振るう。

 片や刀、片や騎士剣。

 彼らに群がらんとする黒い獣たち。

 だが二人は自身とそれぞれの獣の距離を正確に見極め、切り払い、いなし、避け、確実に数を減らしていく。

 そして横からの攻撃にはお互いがそれぞれ逆の方向をカバーすることによって防げている。

 何度も魔力の粒子が生じ、大気に溶けてゆく。

 ――そのさまはまるで黒い光の中に踊る舞のように。

 刀と騎士剣、そして黄金の髪がいくつもの黒い魔力粒子の中で翻る。

 そしてたちまち、その数は激減していた。

「そろそろ決めましょう!」

「了解!」

 京一の返事と同時に、二人は居合の構えをとる。

「――炎舞・焔!」

「――ウィンドスラスト!」

 同時に一歩踏み込み、一閃。

 開かれる炎の扇。

 大気そのものに亀裂が走るほどの真空の刃の軌跡。

 互いの攻撃範囲はそれぞれほぼ一八〇度。

 その二つの斬撃で、残りの獣たちは余すことなく黒い粒子へとその身を変質させた。



 魔物の群れを浄化しきり、二人は芝の上に腰を下ろしていた。

 すでに周囲の魔力濃度は正常値まで下がっており、二人の仕事は終了した。

 フィアナは少し息を乱しているため呼吸を整えている。

 それとは対照的に、京一は相変わらず息が上がっていなかった。

「勝負は、どう、なったの?」

「落ち着いてからでいいよ」

「よくないわ。大事な、ことよ」

 やれやれと思いつつも倒した数を言おうとして、京一は言葉に詰まった。

「……ごめん、途中から数えれてない」

「なんですって?」

「やけに数が多いのもあったし、最後にまとめてやっちゃっただろ? それで数がわからなくなった」

「そんな、ちゃんと数えて…………ごめんなさい、私もだわ」

 肩を下げて溜息を吐くフィオナ。

「そこまでがっかりすることはないだろ」

「するわよ! もう、せっかく……」

 ぶつぶつと小声で不平を漏らすフィオナを見ながら、京一は再度心の中でやれやれと肩を落とした。

 しばらくして息が整ったのか、フィオナは立ち上がってこう言った。

「じゃあこうしましょう。京一は今度私がパフェを食べに行くときに付き合うこと。それから私のマッサージを受けること」

「それだと半ば俺が勝ったみたいじゃないか?」

「いいのよ、言い出したのは私なんだし、その私が数えれてすらなかったんだから、京一の不戦勝みたいなものよ」

「いや、流石にそれは――」

 京一の言葉をさえぎって、前屈になって座っている京一をビシッと指さす。

「いいったらいいの! 勝負はこれにて決着! おしまい! …………でないと京一にマッサージできないじゃない……」

「ん? 最後の方が聞き取れなかったんだけど」

「っ! なんでもないわっ」

 慌てて取り繕う姿に釈然としないが、まぁいいかということで京一は結論付けた。

 その様子を見て、フィオナは顔を赤くしながらほっと息を吐くが、すぐにその口元はすぐににやけが隠せないでいた。だが、京一はそれに気づくことはない。

「さてと、じゃあそろそろ戻ろうか」

 京一も立ち上がる。

「え? ええ、そうね」

 いそいそと挙動不審になりながらも姿勢を正すフィオナ。

「とりあえず森を抜けないといけないわね」

「そうだな。ここから西に行けばいちばん近い町に行けるから、そこからガーデンに戻ろう」

「そうね」

 二人は頷きあって、森の獣道を西に向かって歩き出した。



「ねぇ、京一はいつまでガーデンに……騎士団にいるの?」

 二人並んで歩いていると、ふとフィオナがそんなこと言った。

ガーデンとは、世界中の魔術師たちが所属する組織であり、またその本部がある浮遊都市そのものを指す。騎士団はそのガーデンが抱える魔術に関する治安組織だ。

「…………急にどうしたの?」

「なんとなく気になったから。だって京一は、その、成り行きで騎士団に入ったじゃない。だから……」

 俯いて言葉を漏らすフィオナ。

「嫌で騎士団にいるんじゃないからすぐに出て行こうとは思ってないよ」

「じゃあ……」

「でも、前にも言ったと思うけど、俺には守らないといけない人たちがいる」

「……京一の家族?」

 神妙に、そして自分に言い聞かせるように、京一はああと頷く。

 京一は大切な人たちを、もう話すこともできないかもしれない人たちの顔を思い浮かべる。

 御剣京一はもう半年以上、長年一緒に生活してきた家族と顔を合わせていない。

 ――いや、合わせられないでいると言うべきか。

 世界を放浪している両親とはそれ以上に会った記憶がないが、いつも周りの家事を手伝ってくれた妹分と幼馴染、そしてたった一人の双子の弟。その三人が、京一にとって一番身近な〝家族〟だった。

 三人の顔を思い出すと、どうしても胸が痛くなる。

 いつも笑って自分を頼ってくれていた妹分の顔。

 いつも怒っているように見えても優しく気遣ってくれた幼馴染の顔。

 いつも喧嘩ばかりしてたけど、それでも笑い合ってた弟の顔。

 でも、そんな表情を自分に向けることはもうないだろうと、京一は思う。


 ――なぜなら彼らにとって京一は、妹分の母親を殺した存在なのだから。


 もちろん、京一はそんなことはしていない。

 京一は妹分の母親を殺した濡れ衣を着せられている。

 だけど、自分が知る唯一の真実を、京一は彼らに言うこともできなかった。

 しかし事実として、何らかの魔術によって京一は妹分の母親を刺した刀を握らされていた。

 京一はその偽りの惨劇を目にして激情した弟にその身を斬られ、川に落ちた。

 そして、今横にいるフィオナに偶然助けられ、治療をしてもらい家に戻ることができなくなった京一はフィオナが所属していた魔術師の組織〈ガーデン〉に身を置くことにした。

 以降、ガーデン直属の騎士団に所属し、日々フィオナをはじめとする仲間と鍛練と任務に没頭する日常を送っている。

 強くなるために。

 京一は強くならなければならない。

 自分が家族と引き離されたことには理由があるはずだ。ならば、弟たちが何かに巻き込まれない保証はない。

 だから、自分が何者からも家族を守れる力を持てばいいのだ、と。

 そんな思いを胸に京一は今を生きている。

 ――たとえ一生彼らに許させることがなかったとしても。

「……強く、ならないとな」

 顔は前を向いているが、どこか遠くを見るかのような目をして、京一は呟く。

「京一は十分強いじゃない」

「いや、俺なんてまだまだだよ」

「そう? でも京一は今より強くなれるわよ。稽古も訓練もサボらないし、それに兄さんやレイアさんにも実力を認められてるじゃない」

「それこそ、あの人たちに追いつけるのなんていつになることやら……」

 フィオナの兄であるエルバートとレイアの強さを思い出し、京一は背中を震わせる。

 彼らは十二臣将と呼ばれるガーデンにおける最強の十二人の魔術師の内の二人であり、騎士団の統率を任されているツートップだ。京一やフィオナは彼らの直属で、普段も稽古等をつけてもらっていたりする。

「それで、京一は強くなったら家族のところに戻るの?」

「いや、それは…………」

 言いよどむ京一をフィアナはじっと見つめる。

「いや、しばらくは戻るに戻れないからな、フィオナにはこれからもお世話になるよ」

「え、ええっ⁉」

 唐突な京一の言葉に、顔を一瞬でリンゴのように紅潮させるフィオナ。

「え? でもそれは、まだちょっと早いというか、その」

「もちろんキアラたちにもだけど」

 瞬間、フィオナは真顔になって盛大に溜息を吐いた。

「せっかく出会えた得難い仲間なんだ。故郷に戻れることになっても、みんなとの繋がりは消したくない」

「ふんだ…………そんなことだと思ったわよ……」

「なんでむくれてるんだ?」

「なんでも、ないわよ! そんなことより早く行きましょう」

「? ああ」

 すたすたと歩いていくフィアナに急いで並ぶ。

 そしてそのまま二人は、近くの町まで歩いていった。


     /


 俺は強くならなければならない。

 フィオナの隣を歩きながら、俺は拳を強く握る。

 強くなって、あいつらを守る。

 それだけが、俺が生きる理由であり、たった一つの贖罪。

 もしあいつらの周りで、気付かないところで誰かがあいつらを狙っているのなら、その露払いこそが俺の役目。

 俺たちの、いや、あいつらを巡って何が起こっているかは俺にもわからない。

 だけどもう絶対に、二人にあんな悲しい表情はさせたくない。

 そしてもう絶対に、あいつにあんな顔で剣を握らせたくはない。

 絶対に。

 だから絶対に、俺は強くなる――



                                            END


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