初恋~ホワイトクリスマスの聖なる夜~
オレは告白ってものをしたことがない。ゲイの世界っていうのはやっぱり幾分か閉鎖的なところがあって、なかなかオープンに自分の気持ちを相手に伝えることが難しいのだ。
そう言えば、たった一回だけ告白に近いことならしたことがある。自分がゲイだって気付く前の、淡い初恋の思い出…
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オレは当時小学4年生だった。同じ小学校に、オレが大好きだったAって奴がいた。なんでAのことが好きかって聞かれても答えに詰まるのだが、とにかくAのことが気になるのだ。Aは勉強は出来る方ではなかったが、スポーツ万能で、なによりとても優しかった。口ではかっこつけたことを言う癖に、本当はとても繊細だってことをオレは知っていた。
その年のクリスマス・イブは雪が降った。同じそろばん教室に通っていたオレ達は、その日も終わると一緒に帰った。空を見上げるとふんわり柔らかい雪が、街頭にキラキラと照らされながら舞っていた。
「ホワイトクリスマスだね」
Aは何の気なしにそう言った。なんてロマンティックなんだろう。クリスマス・イブの聖なる夜に、Aと二人っきりでこうして空を見上げているなんて。体は震えるくらい寒かったのに、心はほくほくと温かかった。この瞬間を終わらせたくない。Aと一緒にいたい。もっと二人だけでいたい。オレは意を決して言った。
「ちょっと話したいことがあるから、一緒に公園行こう」
公園には寒かったからか誰もいなかった。気持ちを伝えるにはこの上ない絶好のシチュエーションだった。
「どうしたの?」
「いや…別に大したことじゃないんだけどさ。」
オレはどうしても口に出すことが出来なかった。オレの気持ちを知ったAの反応が恐かったからだ。第一、気持ちを伝えたところでどうもなりはしないことくらい、当時のオレにもよくわかっていた。
「でも、なんか言いたいことがあるんでしょ?」
「うん。あのさ…」
オレはどうしていいか分からなくて、取り敢えず差していた傘をそのまま宙に放った。なんでこんなことをしたのかは未だによく分からないが、Aには事の重大さが伝わったようだった。
「オレさ…なんていうか、Aと一緒にいて今まですごく楽しかった。これからも親友のままでいてほしいんだけど」
「わかったよ。それだけ?」
それだけではもちろんなかった。オレはAを抱き締めたかった。クリスマスの夜に、Aを自分の腕の中に感じたかったのだ。まだ子供だったオレには、そうすることでしかAと『一つになる』ことが出来なかったのだ。それでも、どうしても切り出せなかった。
「ホントはもっと大事なこと伝えたいんだけど、何て言ったらいいのかわかんないや。」
「そうなの?どんなこと?言ってみてよ。」
「自分でも分かんない。でもすごく大事なこと。」
「うーん…。それじゃ分かんないよ。」
「とにかくさ、Aはオレにとって特別なんだ。でも、オレが言いたいのは、もっと大事なこと。」
「ふーん。」
長い沈黙がオレ達を包んだ。こんなところまでAを連れてきて、何も出来ない自分が不甲斐なかった。それでも、Aは感づいてくれたかもしれない。最後の望みに全てを託した。
「わかったでしょ?オレがいいたいこと。」
「うん。なんとなく分かった!」
「ホント?何だと思った?」
「え?だからさ、男同士が結婚してもいいかも、ってことでしょ?」
完全に意表をつかれてしまった。まさかAがここまで話を勝手に発展させているとは知らなかったからだ。でも、好きだって気持ちは伝わったみたいだ。少し気持ちが軽くなるのを感じた。
「うーん…もっと大事なことだよ。でもそんな感じ。」
オレはそうとだけ付け加えた。オレの中で、今Aを抱きしめたいという衝動は、結婚なんかよりずっと高尚で神聖だと思ったからだ。
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こうして、オレの初恋は幕を閉じた。別々の中学に進学したオレ達は、徐々に会話がかみ合わなくなり、いつの頃からか通りすがっても知らん顔をするようになった。高校でぐれてしまったAは、今はパチンコで生計を立てていると聞く。周りはAが落ちぶれたと言っているが、オレはそうは思わない。繊細で感受性の強いAのことだ。一度躓いても、きっと自力で答えを見出すに違いない。オレはそう信じている。
貴重なお時間を割いていただいて、感謝しています。