破滅の竜と少年
※一部に流血や、暴力的、もしくは生理的嫌悪感を伴う描写がある場合がございます。
苦手な方はご注意ください
なぁ……誰か、教えてくれ……生きる為には、仕方なかったんだよ……なのに、こんな……
「おにぃちゃ……たすけ……」
俺の目の前で、申し訳程度に着けていた革鎧毎、強靭な爪に胸元から腹部までを裂かれ、まともに息すら出来ない状態で、必死に俺へ手を伸ばす妹の手を取ろうとした直後、巨大な体躯が倒れてきて、無残にも妹を押し潰す。
その光景を間近で見てしまった俺は、深い絶望感から、声すらも出せずにその場で膝をつく事しか出来なかった。
「漸く片付いたか……」
「おい、そこの奴隷!何をしている、まだ竜は居るんだぞ!?」
眼前で妹がすり潰された事により、生きる意味すら失ってしまった俺へ、傭兵共が遠慮なく怒声を浴びせてくるが、最早動く気力すら湧かなかった俺は、その場で固まり続けるしかなかったのだが……
「そんなゴミ、ほっとけ!他にも奴隷共は居る!それより今は隊列を整える事が先決だ!」
……そんな俺を傭兵連中は見捨てたらしく、まだ動ける他の奴隷達を連れて去っていくのだった。
そうして、次第に遠ざかっていく傭兵団の連中の背中を眺めながら、俺は何故こんな事になってしまったのかと、ただひたすらに自問自答を繰り返し始める。
確かに、俺は何度も罪を犯しはしたさ……捕まった際にも度重なる窃盗の所為で弁済が出来ずに、奴隷に落とされもした……だけど、それは貧民街に生まれ育ち、親すらもなく、妹と二人で生きる為に仕方なくやった事だ。
週末はどっかの奇特な誰かの炊き出しで何とか食えたが、それ以外に食うには他にやりようが無かったんだよ。
あのクソッタレな街に働く場所なんてありもしないんだから、どうしようもないじゃないか……
なのに……それなのにだ!?
どうして妹まで捕まる必要がある!?
俺と違い妹は何もしちゃいないのに、お前が弁済出来ないなら、妹にも返して貰うしかない……だと!?
妹はなぁ!!こんな風な死に方をしなきゃいけないような事は、何一つとしてしちゃいないんだよ!!
何が、年季が明ければ晴れて自由の身になる……だ!?
よりにもよって官憲の奴等、一番危険な傭兵団なんかに俺達を売りやがって!!
生かして返すつもりなんて、端っからねぇじゃねぇか!!
それにあのクズどもが、妹にした事も……俺は……俺は……
……あぁ……腹、減ったな……そういや、昨日の朝にパン一つ食ったっきりか……
アイツらにも見捨てられたし、俺も……このまま、死ぬんだろうな……
……しかし、どれだけ怒りや悲しみを抱えようが空腹というのは不思議なもので、生きる意義を無くしてしまった後でも、身体を動かしてしまうらしい。
恐らく、傍からみりゃ幽鬼のようにフラフラとしていた事だろうけれど、食欲って最も抗えない衝動に支配された俺は、竜の巣を彷徨い始めたのだった。
「なんだ、これ……腐った肉の匂いか?」
朦朧としていたから、どれだけ歩いていたのかは分からないが、暫くすると嗅ぎ慣れた腐った肉特有の、微かに小便の混ざったような匂いが周囲に漂い始めた為、俺は我に返る。
何で竜の巣で、こんな匂いが?
……もしかして、竜の奴ら攫ってきた家畜でも保存してんのか?
だとしたら、まだ食える物があるかも?
まぁ、腐った肉しかなくても、普段からそんな物しか食ってない俺には関係無いけどな。
そんな微かな期待を抱きつつ、俺は匂いの漂ってくる方向へと、歩みを進めた。
しかし……
「何だこりゃ……?」
……匂いに誘われて進んだ先で俺の目に飛び込んできたのは、全く想定もしていない光景だったのだ。
「もしかして……此処はゴミ捨て場か何かか?」
そう……そこにあったのは、堆く積まれた骨の山と、巨大な竜のものと思われる頭骨の数々だった。
「はは……」
どうやら、俺はとことん掃き溜めのような場所と縁があるらしい。
それに辺りに漂っていた腐臭は、竜のモノなのだろう。
よくよく辺りを見れば骨ばかりではなく、まだ肉の残った竜の死体も確認できる。
「……つまり、竜の墓場ってヤツか……」
だとしたら、此処に俺の食える肉なんてありはしない。
聞く話によれば、竜の肉は人間には猛毒だからか、屍肉を喰う猛禽ですら食べないときたもんだ。
……とことんまで、俺は運とやらに見放されてやがるな。
「あぁ……もう歩けねぇや……」
広大な竜の巣を暫く歩き続けた事と、微かに湧いた生命への渇望がへし折られたからか、俺は腐臭の漂う墓場で、仰向けに空を仰ぐのだが……
……数瞬後、ふとある考えが頭をよぎり、俺は上半身だけを起こした。
どうせ死ぬなら、餓死よりかは毒の方がまだ楽だよな……?
正直、全くそんな事は無いのぐらい、馬鹿な俺にだって分かっているさ。
だが、例え生き延びて竜の巣を出られたとしても、人の領域まで遠いこの山脈に独りでは到底助かる筈もなく、更に絶望的な状況を迎えるよりは……と、考えてしまうのも仕方の無い話だろう。
尤も、傭兵団の連中のように、強力な魔法を使える仲間が居れば話は別だが……奴隷の俺に出来るのは、せいぜい火打石代わりの火を着ける魔法程度だからな。
まぁ……人生の最後に誰も口にした事のない竜の肉を喰らえば、地獄での土産話にぐらいはなるだろ。
そう考えて、俺は徒労感と空腹感に苛まれながらも、着火に必要な燃料を探し始める。
すると、骨ばかりしか見当たらないかと思いきや、案外竜どもが獲物を攫う際に巻き込まれたと思われる馬車の残骸らしき木片等があった為、幸いにも燃料そのものはすぐに集まったのだが……
……何故か、思いもかけないモノが骨の山に埋もれていたのだった。
「……これ、卵か?何でこんな所に?……食えるかな?」
一瞬、もしかして巣に迷い込んだのかとも思ったが、知能の高いと言われている竜が卵を腐肉と骨の山の中に置いておくというのも考えにくい。
なら、コイツは死ごもり……ってヤツか?
だから、親にもこうして捨てられたと……
俺と、一緒か……
打ち捨てられたらしき卵に自分の境遇を重ねてしまい、同情する気持ちすら湧き出したからか、食べる気すら消え失せた俺は、つい自分の身の丈程もある卵に手を伸ばす。
「……ああ、温かい……」
だが、どういう訳か死ごもりの卵なのに人と同じぐらいの温もりがあり、不思議と俺を穏やかな気持ちにさせてくる。
その感覚が丁度、冬の夜に寒さに震えて妹と二人、身体を寄せ合っていた時のようで、俺の頬を涙が伝った、その刹那……
……竜の卵が、微かに揺れたような気がしたのだ。
気のせいか……?
そう考えた直後、卵の内側からはっきりと振動が伝わってきたかと思えば、ピシピシと音を立てて卵に亀裂が入り始める。
それはさながら、ヒヨコが孵化する瞬間のようではあったものの、目の前にあるのは紛れもなく竜の卵……
故に、俺の背筋に冷たい汗が流れたのも束の間、逃げ出す間もなく卵が割れたかと思えば、中からはなんと……漆黒の竜の子供が姿を現したのだった。
───食われる!
生まれた直後とはいえ、体躯そのものは俺よりも既に大きい上、孵化した際目の前にいた所為で、感情の感じられない蛇のような目に見つめられた俺は、それこそ睨まれた蛙の如く直感で危険を感じ、ピクリとも動けなくなるのだが……
……目の前の子竜は、どういう訳か俺の緊張を他所に、その頭部を俺の腹辺りに擦り付けてくる。
これは……もしかして……
「お前、まさか俺を親だと……?」
その行為に呆然とした後、我に返りつつ俺が問うも、子竜は当然答える筈もなく、そのまま俺の腹辺りに自分の頭を擦り付け続けた。
「参ったな……どうすりゃいいんだよ……」
少しの間やりたいようにさせている内に、段々と子竜は俺をどうこうする気が無いと分かってきたものの、竜に懐かれるなど聞いた事が無い為困惑する俺を他所に、子竜は孵化直後で腹が減っているからか俺から離れ、まだ肉の残る遺骸に近付き、その屍肉を啄み始める。
「お、お前……そんなの食って大丈夫なのか……?」
中々に酷い匂いを放つ肉を平然と貪る姿に、俺は思わず子竜へ話しかけてしまうのだが、すぐ様そのままにしておくべきだと考えを改めた。
……いかに人懐っこさがあろうが、コイツは竜なのだ。
人とは相容れない上に、コイツ自身では無いにしろ、コイツの仲間が妹を……
なら、こんな子竜……どうなろうが俺の知った事ではない。
それに、食事に夢中になっている今なら、俺の足でも逃げ───
「こんなとこに居たか……探したぞ!火起こし出来る奴隷はテメェしか残ってねぇんだ!テメェが戻らなきゃ、俺が代わりに火起こしさせられるんだから、さっさと……って、何だ?その竜は……」
ゆっくりと竜から距離を取り、この場から離脱しようとした時、先程俺を見捨てた筈の傭兵団の一員が、何故か俺を探しに戻ってきたのだ。
どうやら、俺は思ったより移動していなかったらしいな……
クソッ、なんてこった!
「ん?黒い竜だと……?そんなの、見た事も聞いた事も無いな?」
……だが、その傭兵は俺の向こうにいる子竜に気付くと、俺を怒鳴りつけるのもそこそこに値踏みするような様子で子竜を見た後、厭らしい笑みを浮かべつつ、再び口を開いた。
「おい、お前!逃げ出した事は見逃してやるから、その竜を捕まえろ!そいつは金になる!」
金に……?いや、でもそんな成りでもそいつは竜だぞ!?
素手で捕まえろって、正気かよ!?
「どうした!さっさとしろ、このノロマが!」
この世界に蔓延る生物の中でも、群を抜いて危険とされる竜……例え珍しかろうと、将来どんな化け物になるのかも分からない生き物を捕まえろという命令が俄には信じられず俺が戸惑ってしまうも、傭兵は命令無視と捉えたらしく、怒声と共に俺を殴りつけた。
すると、その直後……
「グルルル……」
……食事に夢中だった筈の子竜は突然傭兵へと顔を向け、姿勢を低くし唸り声をあげ始める。
「ほう?一丁前に威嚇だと?生意気な……」
子竜に威嚇されたのが余程腹に据えかねたのか、傭兵は懐から魔法の触媒となる石を取り出し握りしめると、突然傭兵の頭上に火の玉が現れ子竜へと飛来する。
「……見せ物小屋であれば、死体でも構わんのだぞ!!」
それは先程、あの子竜より遥かに巨大な竜を仕留めた際よりは小さいが強力な魔法であり、触媒を使う分、俺の起こす火花とは比較にならない程の熱量で対象を焼く魔法だ。
あの生まれたばかりの子竜では、耐えられもしないだろう。
故に、俺は訪れるであろう子竜の最期を見ていられず、目を背けた。
「な、何だと……?火球が、消された……?」
……だが、いつまで経っても火の玉が着弾する音もしないどころか、傭兵の驚愕する声すら聞こえた為、俺は恐る恐る目を向けてみる。
すると子竜は先程と同様、姿勢を低くしたまま威嚇を続けているばかりか、なんと子竜の頭上に傭兵が生み出したモノよりも巨大な火の玉が浮かんでいたのだった。
え?傭兵が出した火球は……?何で、あの子竜は無事なんだ?
「竜が魔法……?……しかも、それは俺の……まさか、コイツが……言い伝えにある、いにしえの竜か……!?」
いにしえの竜……?何だ、そりゃ……?
「だとしたら不味い!早く仲間を……!」
傭兵はそう言うと、踵を返して走り出したのだが……次の瞬間、その遠ざかってゆく背中へ目掛け、凄まじい熱量を放つ火の玉が飛んでいき、傭兵へ命中すると共に凄まじい轟音を放つ。
あまりの音に、俺は反射的に目と耳を塞いでから暫くして、巻き上げられた粉塵も収まる頃に目を開けると、傭兵が居た辺りには地面の窪みだけが残り、その姿は跡形もなくなっていた。
一体、何が起きているんだ……?
それに今のも何なんだよ……?
目の前で起きている事態が飲み込めず、呆然と地面にへたり込む俺に、いつの間にか警戒を解いた子竜が再びすり寄りつつ、先程俺が傭兵に殴られた箇所を舐め始める。
まさか、コイツ……俺が殴られたから、怒って……?
なのに、俺……コイツを見捨てようとしていたのに……コイツは、そんな事も知らないで……?
……俺は、お前の親なんかじゃ……ましてや、同族ですらないんだぞ……?
「俺……お前を見捨てようとしたんだけどな……」
そんな俺の呟きを子竜は理解した様子もなく、傷口を少しの間舐めた後は、再び俺に頭を擦り付けてくる。
……これは、まだ死ぬなという事なのだろうか?
殴られた痛みもいつの間にか消え失せ、ただただ呆然と擦り付けてくる頭を反射的に撫でているうちに、何となくそう言われているような気がして、俺はゆっくりと立ち上がった。
だったら、こんな事している場合じゃない。
アレだけの轟音だ。恐らく、それほど時間も経たないうちに、あの傭兵団の連中が戻ってくるだろう。
そうなれば、俺はまた奴隷に逆戻りな上……この子竜も、きっと……
……なら、一度は捨てようとした命だ。
この子竜と共に、人の居ない領域へでも行くとしよう。
「だったら、名前ぐらい……付けないとな……」
立ち上がってからも俺に頭を擦り付けて甘えてくる子竜の頭をもうひと撫でして、俺は再び歩き始める決心をしたのだった。
思いついたままに1日で書き上げた為、粗い部分や被りについてはご容赦を……
執筆中の長編の箸休めに書いた、新規短編です。
宜しければ、ご感想など頂けますと励みになります。




