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17.旧き王(後編)

 長引くと思われた星剣と鉄槌の弾き合いはあっさりと幕を閉じた。

 三合ほど打ち合った際、センリが天王星剣を力任せに振るって檀司郎の鉄槌を弾き飛ばしたのだ。その代償として天王星剣は無残に砕け、再生成されて足元の機体に突き刺さった。


『今の俺だとこのあたりが限界か』


 現状の自身の弱さにセンリはただ歯を食いしばる。

 旧人類の中で王とも呼べる強さを手にしたセンリ──否、センリの()()は並の新人類が束になっても勝てない程の力を持っている。


 星剣の力を引き出し、新人類の魂の力など歯牙にもかけない。ただ君臨するだけで世界すらも滅びるほどの存在である。

 考えれば考えるほど今のセンリとは程遠い。彼は確かに旧き王の力を宿すが、それはただの断片。文字通り、ほんの少し剥がれ落ちた老廃物の欠片ほどの力でしかない。


『息苦しい本体から自立して、未知の異次元に迷い込んだ。いきなり殺されそうになってんのはまぁ、文句の一つも言いたくなるが……これでも俺は感謝してんだぜ?』

「急にどうした。負けそうだから方針転換でもしたか?」


 天王星剣は砕け、檀司郎の鉄槌も弾かれてとんでいった。そうなると必然。永遠に決着しない殴り合いへと発展する。

 檀司郎はセンリにダメージを与えられないし、センリの素手の力では檀司郎の壊れかけた鎧すら砕けない。ゆえに千日手。生産性の無い戦いだが、二人は止まらなかった。


『ちげーよ。つか素直に受け取れよ。お前にしてみりゃとばっちりだろうが、これでも結構楽しんでんだぜ? こちとらよ』

「俺はお前を潰す事しか考えてないな」

『かーっ、ノリが悪いねどうも』


 侵略者がどの口で。檀司郎は喉まで登ってきた言葉を無理矢理呑み込む。殴り殴られ、殴打音が絶え間なく響き続ける。

 しかしどちらも倒れない。決定打がないまま戦いが続いている。


『新人類としての自我ってやつはしぶといようでな。本体にへばり付いていた頃とは比較にならねえ程に清々しい気分だ。たとえ旧人類に堕ちたとしても心までは死んでなかったらしい』

「その辺りの事情は知らないから何も言えん」

『そりゃあな。こっちの世界の事情なんざ分かってもらおうとは思ってねえよ』

「だったら何の為に、俺にそんな話を聞かせた?」

『だからさっきから言ってんだろ! 感謝してるってよ。無言で感謝の心が伝わるかよ』


 感謝したいなら今すぐ降参して手を止めろよ。檀司郎の切実な文句は、しかしセンリに届かない。センリの感謝は本物だが、このまま殺せるなら殺したいと考えているのもまた本当だ。


 檀司郎に対する殺意は緩むどころか増している。いったいどんな精神構造なのだろう。下手をしなくても破落戸(ローグ)よりもヤバいのではないだろうか。


『にしても随分と頑丈じゃねえか。それだけボロボロならとっくに限界だろ? 本当に人類か?』

「勝手に人の限界を決めつけるな。まだ俺はやれる。こんなところで倒れるわけにはいかないんだよ!」


 檀司郎には目標がある。人生を賭けた目標が。その為にダンジョンを攻略し、誰もが納得する成果と名誉を手にしなければならない。世界に雄々敷檀司郎という人間を見せつけなければならない。


「お前がどうだか知らないが、俺にとって限界は死だ。停滞は死だ。俺は前に進む為に生きているんだ! 叶えたい願いに近づく為に歩き続ける!」

『今にも死にそうな身体で、それでもまだ諦めねえか!』

「だったら俺を殺してみせろ!! だがな、俺は死なんぞ! たとえ這いつくばってでも進んで、歩いて、前を向き続ける! お前を殺してでも俺は生きるんだよ!」


 頭、鳩尾、股間。人体においてダメージを受ければ悶絶するであろう箇所を、檀司郎は全力で殴り抜くがセンリは何も反応しない。痛みすら感じていない。


「お前を見てるとつくづく感じるよ。未知が恐怖を生み、必要以上に委縮させる。俺たちの言葉を喋り出したのは明確な失点だったな」


 ただ言葉であると理解させられた呻きのような声。あれが檀司郎の精神をどれほど削ったかなど、センリには分かるまい。

 星剣の能力は確かに凶悪だったが、グリム・グリムにまで攻撃範囲を拡大させて反撃を喰らって機能不全に陥った。


『人に対して意味不明な言葉だけ吐き出しとけってのはヒドくないか?』

「お前の見た目で人類ってのは詐欺だろう」

『そりゃまぁ、そうかもな。新人類ならお前と見た目に大差ないし』


 グリム・グリムが人類判定だと言っていたが、檀司郎は半神半人的なものかと考えて聞き流していた。新人類だの旧人類だのと異次元特有の概念込みとはいえ、純粋な人だといったい誰が信じるというのか。


「あぁ、そうだ。先に謝っておく。悪いな」

『あん? 何を言って──ぁグ!?』


 檀司郎の右拳がセンリの腹に突き刺さる。しかしセンリの声に苦悶の色が混ざっている。拳が突き刺さった腹がドロリと溶ける様を見て、センリは叫ぶ。


『お前、まだ隠し玉があったのか!?』

「意味のない殴り合いで完全に油断してたからな。先に謝ったからチャラだろ?」

『ふざけんな!!』


 檀司郎が右手を開いて握っていたものを見せつける。何の変哲もない鉄の欠片だ。センリは訝しげな声を漏らしながら──一つの可能性に思い至り、舌打ちする。


『おい、それはお前のハンマーの欠片か?』

「そうだ。お前の前任にちょっとだけ削られたからな。拾っておいて正解だった」


 斬殺丸の初撃で削られた鉄槌の欠片。欠片とはいえその呪詛に衰えなどありえない。

 ダンジョンの呪詛、人類の欲望、怨嗟、死への恐怖。檀司郎が集めた妖刀、魔剣をさらに溶かし煮詰めて形作ったおよそ人が持つべきではない代物だ。持ち主を殺す武器など誰が持つのか。


 これこそが檀司郎の呪詛無効を最大限に生かした、最高にイカれた武器である事に誰も異論など挟めない。そうまでして継ぎ足した呪詛の量は計り知れぬほどに膨大だ。

 人を何人殺せるほどの、という計算では到底あらわす事などできはしない。下手をすれば何度人類を絶滅させられるか、という規模になる。


 そのような有様で、欠片であるから呪詛は控えめなどという妄言は出てこないだろう。実際、欠片を握り込んだ拳の一撃を(じか)にもらったセンリは人の形を保てぬほどに溶け始めている。


 足元の機体もひび割れて今にも崩れ落ちそうだ。そんな状態にあってセンリはただ笑うしかなかった。やられたぜ、と諦めの境地に達したのだ。


『まー、しゃあねえよな。こっちは侵略者で、お前は原住民で。殺せるなら殺すよな』

「よく言う。お前も俺を殺す気だっただろう。あの機械の巨人に倣うわけじゃないが、自己防衛の範疇だ」

『過剰防衛で有罪じゃね?』

「太陽出して、雷降らせて、洪水を引き起こしたバカの戯言を誰が真に受けるんだ?」


 檀司郎の反論にセンリは顔と思しき部分をそらす。見た目はもう黒いスライムと化しているにも関わらず、声の調子は普段通りのままだ。死に際の声ではない。


『……この世界で俺が死んだらどうなるんだろうな? 俺の世界に帰るのか?』

【それはこっちで回収するから心配するな。ちゃんと帰してやる】


 機械巨人の中からグリム・グリムが答える。その瞬間に周りの暗闇が砕け落ち、いつものダンジョンの風景に戻る。

 瓦礫が散乱する廃墟のような景色と共に、センリと機械巨人の姿も消えた。残っているのは檀司郎とグリム・グリム。そして保護されていたネエクのみ。


【回収完了、と。生物の蒐集は権能が弾かれやすいからな。弱らせて抵抗を抑える必要があったんだよ】


 グリム・グリムの手中には黒い宝玉が転がっていた。これがあのセンリなのだと言う。その言葉を聞いて、檀司郎はようやく戦いが終わったのだと安堵の息を吐いた。

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