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第1章(3)オリバー、勉強を始める ②

いろは本によると、まず土の選び方が肝要で、黒土で肥えている土が良いとあった。

土が大事なのは他の野菜も同じことだが、オタネニンジンの系譜であるゆえ、親ほどではないが土の影響を受けやすく、赤黒い土では質が落ちるという。

要するに赤っぽくなければ良いはずで、少なくともこの集落の田畑では赤土は見たことがないから、他の土地から運んで来る必要はなかったが、肥えているとなると、集落内を探して歩く必要があった。

どの程度の肥え方が求められるのかは書かれていないが、肥料を加えすぎると虫を生じるとあり、元々の栄養分の豊富なものが適していそうだったが、そんな黒土がどこかに遊んでいただろうか、とオリバーは顔を上げた。

集落は、森林の端や丘の縁に沿って家々が並び、その前には田が作られていて、十枚程度の隔たりがある対面の家まで視界がごく開けていて見通しが良い。

今耕作されている畑は、見える範囲ではどれも各家の周囲やすぐ目の前で耕作されていて、畑に大きく面積を取っているところは、この集落ではほとんどない。

今動いている畑の土を見て回り、なさそうなら里山に探しに行こうと仮の計画を立て、次に進もうとすると、


「父ちゃーん」

「とうちゃんおかえりー」


と娘のオリビアと息子のジェームスが駆けて来た。

姉が遊びに行くのを弟が追いかける年頃で、弟はまだ金魚の糞を恥ずかしがらず、姉もまだ邪険にしなかった。

幸いなことに、子供等のここ数年の流行りは大縄跳びで、隣の集落と最高人数を争うため、とにかく頭数が必要だという事情があるらしい。

2人が駆ける後には、時折何かが落ちるようであった。


「お前達、何かぽろぽろ落ちてたよ」


すると姉弟は揃って「えっ」と声を上げ、片方は振り返り、もう片方は袂を触ってから、「零しちゃった!」と声を揃えた。


「零したって何を」

「どんぐり!」


大縄跳びの流行は一休みなのか、それとも終焉を迎えたのか、ジェームスが道上に見つけたものを拾いによたよたと走り、「やめなよ、無理だよお寺からずっと落ちてたんだよ」とオリビアが声を上げる。

オリビアが袂から握り出したどんぐりは、アカガシなどほとんどが灰汁が酷くて食べるに向かないものだった。

この集落では、子供でも食用かどうかは見分けられるから、単に宝物として集めたのだろう。

取っておくだけでなく、駒にしたり数珠繋ぎにしたりと用途はいくらでもあるが、最後は保管していた箱の中が殻斗かくとを食い破った虫だらけになり各家庭で容赦なく捨てられる運命を辿った。

捨てられても懲りずに次の年も集めたことをオリバーが思い出していると、諦めて戻って来たジェームスが「とうちゃんお外でなにしてたのー」と父の手元を見た。


「ああ、野菜の勉強してた」

「べんきょう?」

「えー、なんの野菜?……まんどれ、の、うーん読めない」


寺子屋に通い始めたばかりのオリビアが表紙を解読しようとするが、漢字で行き詰まった。

人参の人くらいは読めるかと思ったが、学習はまだそこまで進んでいないようで、オリバーは若干残念に思いながら答え合わせをする。


「マンドレにんじんせいぞうのほう、だよ」

「にんじんってにんじん?」

「いや、違うにんじん。橙色じゃないやつ」

「ちがうにんじんがあるの?」

「えー知らなーい」


オリバーは「あるよ」と立って家に入り、1本手に取って子供達のもとへ戻った。

子供等にこれを対面させて大丈夫なのかという疑念が脳裏を掠めたものの、今は日中で、野菜だと教えてやったばかりだしと思い直して、2人の前に差し出した。

この集落は非常に見通しが良く、誰かが大声を出すとそれは集落中に轟き、喧嘩なのか叱られたのか、その内容までもが即座に知れ渡る。

そして子供の絶叫は、往々にして不正確な言葉で構成されているのがまずいところで、


「きゃあああおばけ!」

「おばけ!とうちゃんがオバケつかまえた!」


子供特有の甲高い奇声が耳をつんざき、家からアメリアが「うるさい!何騒いでんの!」と怒鳴り声とともに飛び出して来て、「かあちゃん!とうちゃんがオバケつかまえたって!」「オバケって何、アンタ子供達に何てもん見せてんの!」「うわーん、こわーい!」とあっという間に家の前が地獄絵図になった。

ほら、曼荼羅の出番だぞとオリバーは手の中の渡来人を促すが、彼は何も語らず、絶望の面差しを虚空に向けているだけだった。

そしてオリバーの方は、アメリアから、都合が悪くなるといつも黙るんだからと責められる。

その日の読書は、種蒔きに関する記述の前で終幕となった。



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