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第1章(1)オリバー、マンドレにんじんと初対面する ②

町に入り、奉行所に直行したオリバーは、泥はねをした足を洗わせてもらってから奉行にお目通りした。

最近引かれたという水道というものを使わせてもらったが、敷地内にある鉄柱から水が出て来るのは何とも奇妙であったが、井戸からの水汲みがなくなると思えば非常に便利だと感じられた。


「おお、良く参ったな。遠いところ御苦労である」


襖をすらっと開けて入って来た勘定奉行の工藤アダムは、上座に座ると、畏まって頭を下げているオリバーに、楽にするように申し付けた。

財政を司る勘定奉行は、藩の産業振興も担当しており、農業もその中に含まれているのだった。


「今日はな。新しい作物の奨励ということで、上様から殿に御下賜があってな」

「上様と言いますと、どの上様でございますか?」

「そりゃお前、稲荷様だ」

「はあ、稲荷様」


アダムは変な顔をして、「何だ、稲荷将軍様を知らないのか」と言った。


「お名前は何となく聞いたところがある気がしますが、その、あんまりピンと来ず」

「少なくとも農業を司っておられる方だぞ、ぜひ記憶に焼き付けておけ」

「はあ」


日輪の国には将軍が4人いる。

領土が4分割されているわけではなく、また将軍の称号が単なる指揮官というわけでもない、治世者としての将軍が、1つの国に4人存在し、国政の権限がそれぞれに分割されているのだった。

将軍は全員が、田中姓を持つ同じ一族から輩出されていて、その中でも稲荷将軍と通称されている1人が、農業を含めた産業を統括している。

何故か、という疑問はこの国の住人は普通考えない、それくらい長く、ここ数百年はこの体制が続いている。

ただし案件によっては、将軍同士で自分の権限だと引っ張り合う、又は面倒事だと押し付け合うというお作法が発生し、政府の役人は権力分散の不便さにストレスを溜めることもしばしばだった。


悩む場面と出会うべくもない農業者オリバーは、工藤奉行の権限をもっと偉くしたものが稲荷将軍なのだろうかとおざなりに考えた。

農家が接する可能性がある貴人は藩主がせいぜいで、将軍となると肥土藩の農工商業者は誰も見たことがなく、藩主よりも偉い方だという知識だけで思い浮かべた顔のイメージは、稲荷と言うくらいだからと、へのへのもへじを乗せた狐顔に像を結んだ。


「まあ良い」とアダムは、傍らの箱の蓋に乗せられていた風呂敷包みを、畳の上を蓋ごと滑らせて寄越した。


「開けてみよ。一応言っておくが、丹田に力を入れておけよ」


謎の助言に不審を抱きつつ、促されたオリバーが結び目を解く。

すると、見下ろしていたオリバーの目は、中に入っていた、干からびた小さな人形の視線とかち合い、オリバーは仰け反りながら「ひいっ」と畳の上を這った。

落ち窪んだ眼窩、歪んだの形の口、土気色の頭部は尖り、手足はあるが指は持たない20cm強のそれは、濃紺の布の中に3体横たわっていた。

そこでアダムが大笑して、「いやはや、全員が全員、同じ反応をするものだのう」と目元を拭った。


「上様からのお使者が、殿の前で披露した際は阿鼻叫喚であった。お使者も初めてご覧になったようで、蓋ごと放り投げるような狼藉をなさってそれはそれは大変なことになった」

「こ、こ、これは、何でございますか」

「これは、マンドレにんじんとか申すそうだ」

「まんどれ?……曼荼羅?」


"まんどれ"という音に対応する語彙を持たないオリバーは聞き直すが、アダムは呆れ顔で、腰を抜かしたままの彼に向かって間違いを正す。


「曼荼羅ではなくマンドレだ。何でも、マンドレイクとかいう植物と、オタネニンジンの間の子であるとか」

「まんどれいく……とは何でございましょうか」

「お前が知らないのに儂が分かるはずなかろう。とりあえず野菜ということであったぞ」


アダムは、勘定奉行という役職に就いてはいるが農業に従事したことはもちろん、知識も全く持っていない。

このため、この品を作付けてみよという指示は出すものの、育て収穫するための情報を授けてくれることはなく、普及指導員達は、その作物が肥土藩の土に適しているかの保証がないままに、藩校の本を借り出すなどして、自力で試行錯誤するのが常であった。

マンドレイクの知識は元々持っているはずもないが、預かった者の責任感というものもないらしい。

オリバーはもそもそと正座に直り、改めて風呂敷の中を覗き込む。

マンドレの方は知らないが、にんじんと言われれば、細い髭があるところがにんじんに見えなくもない。

3本の傍らには小さな巾着があって、取り上げてみると中で細かい何かが動く気配があった。


「それは種だ。足りなければもっと下さるそうだぞ。それから、下に草紙が入っているが、マンドレにんじんの育て方を記したものだそうだ。良かったな」


確かに、マンドレにんじんの下に白っぽいものが見え、触ってみるとかなりの厚みが感じられた。

生育のいろはが分かるのならブロッコリーよりはましだろうかと思ったが、横たわる3体の気味の悪い顔を再度見てすぐ取り消したくなった。


「これは、どの藩で作付けされているのでございますか」

「まだであろうよ。上様に献上された舶来の品だということなのでな」

「ええ、ではこれが、我が国の土で育つかどうかはまだ分からないのでございますか」

「左様。そもそもどこの国から来たのだったか……いかん、ど忘れした」


ブロッコリーも舶来品であったが、肥土藩に持ち込まれた時点では、既に他藩である程度の成功を収めていた。

一方、このマンドレにんじんは、希望した各藩に今回配られたもののようであって、作付の実例がまだないということだった。

虎の巻はあっても外国とつくにでの記録では、土も水も、気候も違うだろうこの日輪の国で、どれだけ頼りになるかも覚束ない。

結局、一からと変わらないのか、いや眉唾だとしても情報があるから二からかもしれないが、いずれあってもなくても変わらない一歩なのかもしれない。


「まあ、元になったオタネニンジンの方は他藩でも作られておるから何とかなるであろう。今度こそ成功させてくれ、期待しておるぞ」


アダムに並々ならぬ熱意を込めて申し付けられ、オリバーはいつも通りははぁと頭を下げた。



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