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第1章(1)①

日輪の国の東方に、肥土ひど藩という藩があって、佐藤オリバーはその領地に住む、三十路手前の農業者であった。

彼の集落はほぼ全世帯が農家であったが、オリバーを含めた数人は、藩主から、農業者の身分に加えて、普及指導員という公の職務を与えられていた。

普及指導員とは、農業者に対し農業の技術指導を行う者であったが、奉行が各集落から適当に若い農業者をピックアップして藩校に呼び寄せ、数年かけて農業の知識を詰め込ませた者が、奉行から都合上そう呼ばれていた。

とはいえ彼の集落では、領内の他の集落と同様、ほぼ全員が農業を営んでおり、オリバーより年上の者達は皆、オリバーよりも実地の知識が豊富であった。

このため普及指導員と言っても、実際に技術指導をするような出番はなく、今日のように奉行からの呼び出しに応じて、農業に関する仰せを受け取る係を務めるのが主な役割になっていた。


集落から奉行所のある町に出るのには、大人の男の足でも2時間弱歩くため、オリバーは朝早く出かけた。

街道沿いの稲刈りはほとんど終わっており、棒掛けの稲がそれぞれの田に林立していたが、もち米なのだろう、まだ刈られていない田も何枚か残っていた。

重そうに頭を垂れる稲穂は、昨日の雨でしとどに濡れて、大粒の露をいくつも乗せている。

乾くまで皆、次の作業には移れない。

空はまだ灰色の雲が立ち去らず、今日どころか明日の日差しも疑わしいところであって、だからこそ、奉行の呼び出しに応じる暇ができたのだが、町に出るとなると、集落中からあれやこれやと頼まれ物をするので、家に帰り着ける頃には日はとっぷりと暮れていることだろう。

農業以外にも家の仕事はあって、今日は何もできなさそうなことを妻の佐藤アメリアには言い置いて来たが、妻はあっけらかんと「じゃあ明日やって」と言った。


「というか今度は何の話なの、お奉行は」

「新しい作物の話だそうだ」

「また?前回の、ぶっころりい、みたいなのだったら勘弁だわね。虫の家を作ってやったようなもんだったもの」

「ブロッコリー」

「ぶっころりいで良いわよ、あんなの」


一昨年、ブロッコリーという蕾を食べる野菜の種を配られ、育ててみるようにと命じられたのだが、たちまち青虫やアブラムシだらけになって収穫どころではなく、虫の王国になった黄色い花畑が畑の一角に、ワンシーズンだけの繁栄の後に滅亡した。

ある作物が、近隣の他藩で金を生んだと知るや否や、藩内でも作れないか各集落に試させるのが奉行所のパターンであった。

このためオリバーは、もし他藩で成功しているなら、種だけでなく、病害虫の防除方法も一緒に恵んでもらいたいと、ブロッコリー国が破れて山河だけになった段階で、奉行に申し上げておいた。

農業普及員は、国の主要作物である米を始め、野菜、果樹、花卉かきというように担当が割り振られていて、オリバーは野菜を担当していた。

だから、オリバーが呼ばれたということは、今回も野菜だということなのだが、正直、もう一度ブロッコリーをやるメリットを感じないため、別な作物にしてもらいたいというのが本音であった。

農業者は、育てた手間に釣り合う作物を求めているのであって、失敗が重なるということは、稼げない時間と労働とがあったのと同じことである。

財を成し暮らしを豊かにしたいという意欲は、藩よりも商工農業者の方が勝っているのであって、だからこそどうせなら糧になり金になる作物を試したいのであった。


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