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「で? そろそろ終わる頃でしょ、例のアレ」
二人きりになると、コーネルは読めない笑みを浮かべながらそう言った。
例のアレとはチャベルのネックレスのことで、モアとしては少し無理をしてでも数日で浄化する気でいたのだが、コーネルとトッティーに激しく止まられ、一切負担にならない程度で少しずつ浄化をしていた。
「多分今日で終わると思うけど」
モアはネックレスをチャベルに返すつもりでいたのだが、コーネルはそのネックレスを欲しいと言い出していた。
チャベルは二日間眠り続けた後、スッキリとした顔で目を覚まし、その時にはネックレスへの執着も消えていた。
しかし時折狂ったようになにかを探す姿が目撃され、まだ呪物の影響から完全には抜けていなかった。
性格の方は徐々に本来のものへと戻りつつあるものの、そちらもまだ完璧とはいかず、結局チャベルは過度のストレスによる気の病との診断を受け、病気療養中として表舞台には出ることはなくなっていた。
「呪物ってさ、薬物に似てるよね。どんどんその人を蝕み、人格をねじ曲げ、最後は命をも奪ってしまう。本当に厄介だ」
「そうね……」
ネックレスに浄化の光をあてながら、コーネルはぼんやりと母の姿を思い出していた。
モア達の母親は、元々は普通の生活を送っていたのだが、モア達の父親が事故で死に、女手一つで子供二人を必死で育てているうちに悪い男につかまり、その男から粗雑な薬を与えられるようになり、薬代を稼ぐために体まで売るようになって、最後には痩せ細って死んでいった。
モアの中には優しかった、まだ正常だった頃の母の笑顔も温もりもしっかり残っていたため、どんな状態になっても憎みきれなかった。
「薬物と同じなら、やっぱり根絶やしにしないとよね」
モアの体から光が消え、その光がネックレスに全て吸収されると、それまで少し濁りが残っていた中央のアメジストが美しい輝きを取り戻した。
「終わったんだね、お疲れ様」
「本当はもっと早く浄化できたんだけど、誰かさんが止めるからこんなに時間がかかっちゃったわ」
「止めなきゃ君は無理をするだろう? 君の兄さんも君が無理をすることを望んでなかったんだし、早く浄化しようがしまいが君の現状が変わるわけでもないんだし、別にいいじゃない」
モアの手配書は相変わらず取り消されることなく出回り続けている。
チャベルが倒れた時にモアはその場にいなかったものの、その後姿を消したため疑いは晴れることなく、国としても一度出してしまった手配書を簡単に取り消すこともしたくなく、そのままになっている状態だった。
お尋ね者となったことでモアとレヴレスの婚約は白紙に戻され、ついこの間レヴレスの新しい婚約者としてファルサが大々的にお披露目されたばかりである。
国民達は元々別な婚約者がいたことは知っていても、お披露目されることもなかっためそれが誰かも知らず、新しい婚約者と幸せそうに手を振るレヴレスに祝福の拍手喝采を送っていた。
レヴレスの婚約者を交代するためにもモアの手配書は取り消さない方が国にとって都合が良かったのだ。
「これ、どうやって返そうか?」
「返さなくていいんじゃない? それ、僕の国でちゃんと再度魔力を注ぎ込めば、かなり面白い魔道具になるんだけど」
「またその話? 私は本物の泥棒にはなりたくないの。だから返すわよ、王妃様に」
「ふーん……でもどうやって? 君が城に行けば絶対に捕まってしまうよ? そしたら君の身がどうなるか、僕にだってわからないし、君を守ってやることもできない」
「それはそうだけど……でも……」
「まぁ、返すか返さないかはゆっくり考えればいいさ」
チャベルのネックレスは情報記録の魔道具で、記録された情報が実際の光景をそのまま映し出されるのだという。
「その魔道具で僕達の結婚式を記録してみるのも悪くないと思うんだけど」
「えっ、結婚?!」
「そう、結婚式」
「なっ、なにを言ってるの?」
「そうなればいいなっていう、僕の願望かな」
ほんの少し熱のこもった目で見つめられ、モアの頬が赤く染った。
「からかうのもいい加減にしてよ。あなた、王太子でしょ? 私みたいな平民となんて結婚できるわけがないじゃない」
赤くなった頬を隠すように背を向けると、モアはそう言い、ネックレスをしまった。
「冗談で言ったわけじゃないんだけどな」
背中越しに聞こえてきたコーネルの言葉に、モアの心臓はバクバクと音を立てていた。
コーネルは金髪碧眼、色白でほっそりしていながらもしっかり筋肉がついている美丈夫だ。
レヴレスは明るめの茶色い髪に緑色の瞳で、少しツンとした冷たい印象があるのだが、コーネルはいつもにこやかで温かくも柔らかい印象があり、この国でも大変人気がある。
そんな人物に冗談でもそんなことを言われれば、女性ならば誰もが心ときめいてしまうだろうし、モアだってそうだ。
モアは金とはいえない小麦色の、だけどキラキラと光る美しい髪に黄緑色の瞳をしていて、スラム街では目を引くような透明感と愛らしさを備えているものの、洗練され尽くしている貴族令嬢の中に放り込まれたら途端に色あせてしまう。
その上モアは、聖魔法の使い手ではあるがそれだけで、マナーも知識もなにも身につけていない。
生きていくための知識はあっても、王太子であるコーネルの隣に立つだけの知識はなに一つない。
だから真に受けるわけにはいかないのだった。




