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誰にも気づかれることなく神殿を抜け出したモア達は、コーネルについて城下町の隅にある、モアとピナにとっては見慣れた場所へと足を踏み入れていた。
独特な臭いと荒んだ環境はモア達が過ごしていた頃からなにも変わらず、人々の表情さえ変わっていない。
人が通ると品定めと物色でもするかのような視線を投げながらも、やせ細り無気力に地べたに座り込む大人達。
その近くで汚れた体にボロ布のような服をまとい、大人よりは生気に満ちた顔色をしながらも、大人をねめ上げるように見ている子供達の姿。
コーネルの幻影魔法のおかげでスラム街の者達の目にモア達の姿は映っていないため、襲われる心配はなさそうだが、故郷とも呼べるこの場所に、モアはよい思い出などなかった。
「君達にとってはつらい場所に連れてきてしまって申しわけない。だけど、この先に僕の協力者がいるから、少し辛抱してほしい」
スラム街の最奥にはこの場所を束ねている「ボス」と呼ばれる人物がいて、モアはその男に見覚えがあった。
「お兄ちゃん?」
「モアか?! 幻か?! 幻でもなんでもいい……ここにいた時より顔色もいい。ちゃんと生きてたんだな」
「え? 君達って兄妹なの?!」
モアの兄『トッティー』は青白い顔をして、焦点の定まらない目をして椅子に座っていた。
「でも、いい暮らしはしてなかったみたいだな……ゴホッ、ゲホゲホ」
突然激しく咳き込んだトッティーはそのまま血を吐き、それを無造作に袖口で拭った。
モアを教会へと引き渡したのは兄であるトッティーだった。
スラム街にいてはいずれ死んでしまうかもしれない妹の身を案じてのことだった。
「お兄ちゃん!」
慌てて駆け寄ったモアがトッティーの体に手を当てると、モアの体が白く輝き、その光がトッティーの体に吸収されるように消えていった。
「お、お前、まさか?!」
「ま、まさか!」
コーネルとトッティが驚いたような声を上げた。
「今のは、ヒール? 王妃の時も一瞬だけ君の体が光ったけど、あれも?」
「ヒール?」
コーネルの問いかけにモアは首を傾げた。
本来、聖魔法とは呪物の浄化ができるだけの魔法ではない。
むしろ浄化は副産物のようなもので、聖魔法のメインは治癒の力であり、癒しの力である。
ヒールとは治癒の名称で、軽い怪我程度ならはすぐに治るとされているが、命に関わるほどの重症や、重い病気には効果はないと言われている。
しかし、モアの光がトッティーの中に消えていった直後から、トッティーの顔色は明らかによくなり、痩せてはいるが生気に満ちているようにコーネルには見えていた。
「君、もしかして、病気を治せる?」
「よくわからないけど……病気も呪物と同じで悪い部分からモヤが出てるから、それを浄化しちゃえば治ることもある、かな?」
「……とんでもないことだよ、これは」
モアの言葉にコーネルは空を仰いだ。
「お前、またあの力を使ったのか?」
モアとコーネルの会話が終わると、トッティーがモアに声をかけた。
「あれは使うなって言ったよな? 前に使った時、お前、自分がどうなったか覚えてないのか?!」
「あの頃とは違うよ」
モアがまだ十歳にも満たない子供だった頃、魔法が発現したばかりで魔力操作も不安定な段階で人を治そうとしたことがあった。
薬物に全身を蝕まれたモア達の母親だった。
なんの魔法が使えるのかわからず、トッティーと共に色々試していた時に、呪物が浄化できることに気づき、その時にたまたまトッティーの軽い怪我も治ってしまったことがあったのだ。
そのことで母のことも治せるかもしれないと思ったモアは、その力を母親に注いだ。
そして、一週間以上目を覚まさない状態へと陥ってしまった。
まだモアの力が不安定だったことと、薬物に全身が侵されてしまい既に手遅れだった母親は、モアが昏睡状態で眠りについている間に死に、そのことは二人にとって大きな傷になっていた。
モアは自分の力が足りなかったという後悔の傷、トッティーは唯一の肉親である妹を危険に晒してしまったという傷。
そのため、モアは教会へと連れていかれて以降、魔力操作を必死に学び、その成果もあり「歴代一」などと呼ばれる存在になっていたが、そのことはスラム街まで伝わることはなく、トッティーの中でのモアはまだあの頃のまま、魔力が不安定な子供でしかなかった。
「多分、お兄ちゃんの中のモヤは消えたから、もう大丈夫だと思う」
「……お前」
モアの言葉にトッティーはなんとも言えない表情を浮かべながら、睨むようにコーネルを見た。
「なんでモアをここに連れてきた? 当初の話とは違うが」
「まさか君達が兄妹だったなんて知らなかったし、少し事情が変わってしまったんだよ」
コーネルがこれまでの経緯を説明すると、トッティーは深いため息を吐いた。
「相変わらずだな、モア。人のことなんてほっときゃいいのに、なんでそう首を突っ込むんだよ……呪物だろうがなんだろうが、お前には関係のないことなんだから、見て見ぬふりでもしときゃいいだろ」
「だって、あのままにしてたら王妃様、死んじゃうだろうし、なんとかできる力があるならなんとかしたいし」
「それでお前の身になにかあったら身も蓋もねぇだろう!」
昔からモアは、スラム街の子供とは思えないほどお人好しで、自分がひもじくても、自分より弱っている者がいれば僅かな食料を分け与えるような子供で、それでトッティーによく叱られていた。
その本質はどこに行っても変わっておらず、そのことがトッティーにとっては嬉しいような悲しいような複雑な気持ちだった。




