3
コーネルの幻影魔法は半径五メートルの範囲内にいる人間に幻をさも現実のように見せることができるものだった。
しかし、人に触れてしまうとその人物にかかった魔法は消えてしまう。
「王妃に触れた瞬間、王妃にかかっている幻影は解ける。その後にまた重ねがけはしてみるけど、君が僕から離れてしまえば僕の魔法は不安定になって、恐らく使えなくなってしまう。僕が王妃から離れてもまた幻影は解けてしまう。ね、万能じゃないでしょ?」
「王妃様に触れずにネックレスだけを奪うなんてさすがに無理です」
「だろうね。でも、重ねがけが成功すれば時間稼ぎはできる。浄化はすぐに終わるの?」
「あれはすぐには無理です。恐らくは不眠不休で浄化し続ければ丸三日もあればなんとか」
「不眠不休? 君、正気?」
「はい? なにかおかしなことを言いましたか?」
モアの言葉にコーネルはダメだとばかりに小さく首を振った。
「もしかしてだけど、そういうことってよくあることなの?」
「そういうこと?」
「不眠不休で浄化することだよ」
「たまにお偉いさんが持ってきた呪物を最速で浄化するために寝ずに魔法をかけ続けることはありますよ」
モアの言葉にコーネルが目を見開いて、その後眉間に深い皺を寄せ、大きなため息を吐いた。
「それってさ、不当な扱いをされてるんだって、君、理解してる?」
「不当? ……うーん、ご飯も食べさせてもらえて、寝る場所もあって、お給金ももらえてますし」
「他にも聖女はいるよね? 他の聖女達は君が浄化をしている間、一緒に浄化をしているの?」
「他の聖女さん達ですか? ほとんど会ったことがないのでわからないですけど、多分どこかで浄化をしているんじゃないでしょうか?」
コーネルに憐れむような視線を投げられ、モアはキョトンとした顔をして首を傾げた。
「まぁ、そのことは後で話そう。まずはあれの奪取からだ」
コーネルの合図とともにモアはゆっくりとチャベルに近づいた。
チャベルも護衛達もモアには一切気づいておらず、難なくチャベルの背後に回ることができた。
チャベルの髪は綺麗にアップされており、首筋が顕になっていて、ネックレスの留め金が見えているのだが、手の込んだ作りをしているようで簡単には外せそうにない。
「……ごめんなさい」
モアは手を伸ばしてネックレスに触れると、一気に引きちぎった。
「なっ、なに?!」
モアが触れたことでチャベルにかかった魔法が解け、チャベルが少し大きな声を出した。
一瞬モアの体が白く輝いたが、その直後、コーネルが再度幻影魔法をかけたことでチャベルがそれ以上大騒ぎすることはなかった。
「上手くかかってくれてよかったよ」
ネックレスを手に戻ったモアに、コーネルはそう言って微笑みかけた。
チャベルはしきりに首元を気にしていたが、結局ネックレスがなくなっていることに気づくことはなく、茶会は無事に終了した。
「さぁ、もうすぐ僕の魔法が解ける。ここからは時間との勝負だ。お前たち、しばらく僕の身代わりになってね」
従者にそう告げたコーネルは、モアと共に神殿へと向かい、モアの部屋までやってきた。
「ここが君の部屋なの?!」
窓もないジメジメとして薄暗い地下室を見て、コーネルは複雑な表情を浮かべていた。
その頃城では、チャベルがネックレスに気づき騒ぎになり始めていた。
「どうして?! いつの間に?! 私のネックレスはどこ! どこなの!」
狂ったように部屋の中を探し始め、茶会を開いた庭園にも自ら向かって探し回ったがどこにも見当たらず、チャベルの様子はますますおかしくなっていった。
髪は乱れ、目は血走り、どこからどう見ても異様な姿に、周囲の者達は恐れおののいた。
「あの娘が奪ったに違いない! あの娘はネックレスに興味を持っていたわ! だからあの娘に違いない! 早くっ! 早くあの娘からネックレスを取り戻しなさいっ!」
唾をまき散らしながらそう騒いだ直後、チャベルの左胸が微かに白く輝いた。
「うっ……」
胸を抑えて苦しそうなうめき声を上げたチャベルは、その後倒れ、丸二日目を覚ますことはなかった。
神殿の地下室では、モアが突然コーネルを連れてきたことで、ピナが少しだけパニックを起こしていた。
「どっ、どなた様ですか?! なぜここに?!」
「説明している時間がないの。ピナ、私、ここを出るわ」
モアがネックレスを見せたことである程度の状況を悟ったピナは、バタバタとトランクに荷物を詰め始めた。
モアは地下室の壁に手をかけ、レンガを一つ外し、その中から貯めていたお金を取り出した。
それは神殿に来てからこの五年間で与えられた全財産だったが、金額にすると細々と一人で一年暮らせるかどうかという額だった。
「ピナ、あなたは来なくてもいいのよ? 逃げ出すのだから、きっと大変なことも多いだろうし」
「なにを言うのですか! 私が残っても、きっとモア様の居場所を尋問されます。私、痛いのは嫌ですし、モア様がいない神殿になんて用もありません。私はモア様の侍女なのですから、当然ついていきます!」
小さなトランクを二個手にしたピナは当然とばかりにそう言い、そんなピナにモアは抱きついてお礼を言った。
「さぁ、お二人さん、もうそんなに時間はないと思うから、僕から離れずについてきて。あ、くれぐれも人にぶつからないように気をつけてよ?」
ピナはなんのことかわからなかったが素直に頷くと、コーネルの後ろを早足でついていった。




