EP 6
欲望のネオン街と、塩抜きポテトの真理
鬱蒼とした森を抜けた二人の前に現れたのは、これまでのファンタジーの常識を根底から覆す、異様な光景だった。
「な、なんですかこれ……地面が硬くて真っ平らです! しかも、夜なのに明るい!」
リアナは目を白黒させながら、綺麗に舗装されたアスファルトの道路を踏みしめた。
周囲にはコンクリート造りのビルが立ち並び、空には魔導通信網のケーブルが張り巡らされている。そして街を彩るのは、魔法を動力源とした毒々しくも魅力的なネオンサインの数々。
ここが、マンルシア大陸全土から恐れられ、そして憧れられる超近代・軍事経済大国――『太郎国』の首都である。
「フン。小綺麗にしやがって……だが、悪くねえ匂いがプンプンしやがるぜ」
デュアダロスはインテリヤクザらしくスーツの襟を正しつつも、その鼻はヒクヒクと激しく動いていた。
どこからともなく漂ってくる、焼けた肉の脂、スパイス、そして未知のジャンクフードの香り。何百年もダンジョンで絶食していた邪神にとって、ここは文字通り欲望のパラダイスだった。
「嬢ちゃん! おい、あそこのピカピカ光ってる店! あそこからとんでもなく美味え匂いがするぞ!」
デュアダロスが指差したのは、赤と黄色の派手な看板を掲げた『太郎ハンバーガーショップ』だった。
ガラス張りの店内では、獣人やエルフ、人間たちが分け隔てなく、丸いパンに肉を挟んだ謎の食べ物を貪っている。
「ハンバーガー……! お父様が昔、ゴルド商会からこっそり取り寄せていたのを思い出します。よし、入ってみましょう!」
自動ドア(魔力感知式)が開くと、陽気な音楽と香ばしい匂いが二人を包んだ。
リアナはカウンターへ向かい、メニュー板を真剣な顔で見つめる。
「ええと、この『タロウ・ダブルバーガー』のセットを二つ。あ、それと付け合わせの『フライド・サン・ポテト』ですが……お塩は振らずに、塩抜きでお願いします」
「あいよー! 塩抜きポテト一丁!」
数分後。二人のテーブルに、肉汁滴る熱々のハンバーガーと、黄金色に揚がったポテトが運ばれてきた。
デュアダロスは訝しげに眉をひそめる。
「おい小娘。なんでポテトの塩を抜いたんだ? こういうジャンクな飯ってのは、塩気がガツンと効いてるのがスジってもんだろ」
「ふふふ。デュアダロスさん、分かっていませんね」
リアナは料理人の顔つきになり、揚げたてのポテトを一本つまんで誇らしげに言った。
「お芋の本当の美味しさを味わうなら、お塩はない方が絶対に美味しいんです。 塩気がないことで、太陽芋本来の濃厚な甘みと、土の豊かな香りがダイレクトに舌に伝わるんですよ」
「ほう……? 料理人の嬢ちゃんがそこまで言うなら、試してやろうじゃねえか」
デュアダロスは半信半疑で、塩のかかっていないポテトを口に放り込んだ。
サクッ。
小気味良い音と共に、ホクホクの芋が口の中で崩れる。
「……っ!!」
邪神の瞳が見開かれた。
しょっぱさがない分、芋そのものが持つ圧倒的な甘みが、脳髄を直接殴りつけてくるように広がっていく。油のコクと、素材の純粋な旨味。塩というノイズがないからこそ到達できる、至高の味わいだった。
「……美味え。塩がない方が、芋のポテンシャルを極限まで引き出してやがる……。嬢ちゃん、お前の言う通りだ。これがポテトの真理か……!」
最凶のインテリヤクザは、感極まった顔で無心に塩抜きポテトを貪り始めた。
「ふふっ、でしょう? さあ、メインのハンバーガーも冷めないうちにどうぞ!」
リアナも満面の笑みでハンバーガーにかぶりつく。
「ぷはぁ……食った食った。まさかこんな美味えモンが、銅貨数枚(数百円)で食えるとはな。太郎国、恐ろしいシマだぜ」
すっかり胃袋を掴まれたデュアダロスは、満足げに腹をさすった。
「あとは食後の一服さえあれば完璧なんだがな……おい店員! この店に『葉巻』は置いてねえのか!」
「あ、お客さん。タバコや葉巻なら、向かいの『タローソン』に行けば世界中の銘柄が揃ってますよ!」
「タローソン……だと?」
デュアダロスの視線の先には、青と白の看板が輝く、24時間営業の『コンビニエンスストア』が鎮座していた。
未知の食と、求めてやまない葉巻の気配。
ポポロ国の箱入り姫と、封印から目覚めたばかりの邪神にとって、太郎国のカオスな夜はまだ始まったばかりであった。




