EP 5
極道の流儀と、神速の次元斬り
焚き火の爆ぜる音が、不自然に途切れた。
星明かりすら届かない深い森の闇から、音もなく複数の影が滲み出る。
「――見つけたぞ。ポポロ国の姫君だな」
現れたのは、黒ずくめの軽鎧に身を包んだ獣人たちだった。
しなやかな体躯に、暗視能力を持つ鋭い瞳。レオンハート獣人王国の暗殺と追跡を専門とする精鋭、豹耳族の部隊である。
「王城の地下から消えたと思ったら、こんな森のど真ん中で呑気に芋を食っているとはな。護衛はそのヒョロいスーツの男一人か?」
リーダー格の豹人族が、ダガーを弄びながら嘲笑う。
周囲の木々の上にも、ボウガンを構えた伏兵が数人。完全に包囲されていた。
「ひっ……!」
リアナは咄嗟に、愛用の最高級フライパンと魔導コンロを背後に隠した。命より調理器具の心配をするあたり、彼女の優先順位はすっかりおかしくなっている。
一方、切り株に腰掛けたままのデュアダロスは、手元の冷めかけたお茶を見つめ、深ぉぉぉく、長ぁぁぁい、ため息を吐いた。
「……おい、ネコ科のチンピラども」
「あァ? 誰に向かって口を利いて……」
「他人の『食後のティータイム』を土足で踏み荒らすたァ、随分とスジの通らねえ真似をしてくれるじゃねえか」
ゆっくりと立ち上がったインテリヤクザの全身から、先ほどのほのぼのとした空気が完全に消え失せた。
代わりに立ち昇るのは、周囲の気温を氷点下にまで引き下げるような、おぞましい『殺気』――否、神の怒気である。
「チッ、なんだこのプレッシャーは……! ええい、構わん! 男は殺せ! 姫は捕らえろ!」
豹耳族たちが一斉に襲いかかってきた。
上空からは闘気を纏ったボウガンの矢が雨のように降り注ぎ、地上からは音速に迫るステップで暗殺者たちの刃が迫る。
だが、デュアダロスは動じない。
彼はそっと両目を閉じると、自身の背中に刻まれた『昇り龍』の神気を練り上げ、右手に一本の細い杖を現出させた。
否、それは杖に偽装された刀――『仕込み杖』である。
(嬢ちゃんに『粉々にするな』と怒られちまったからな。極道らしく、スマートに落とし前をつけさせてもらうぜ)
目を閉じたままの盲目の剣客スタイル。
杖の鞘を左手で握り、右手で柄を『逆手』に構える。任侠映画で幾度となく見た、あの伝説の剣客の構えだ。
「もらったァ!!」
豹耳族の刃がデュアダロスの首筋に届く寸前。
「――次元ごと、斬り伏せる」
チャキッ。
鯉口を切る微かな音と共に、神速の居合が放たれた。
リアナの目には、デュアダロスが全く動いていないように見えた。ただ、闇夜の中に一筋の『黒い閃光』が走っただけ。
次の瞬間。
ピタッ、と獣人たちの動きが完全に停止した。
降り注いでいたボウガンの矢は、空中で唐突に真っ二つに割れて地面にパラパラと落ちる。
「……な、何をした……? 俺は、斬られ……?」
リーダー格の男が、己の身体をペタペタと触る。血は出ていない。痛みもない。
「お前らみたいな無粋な輩の血で、嬢ちゃんの飯を汚すわけにはいかねえからな。峰打ち……いや、『皮一枚』だけ斬らせてもらったぜ」
デュアダロスがカチン、と仕込み杖を鞘に納めた瞬間だった。
ボロボロッ!!
獣人騎士団の着ていた鎧、服、下着、さらには手にした武器に至るまで。
彼らが身につけていた『一切合切』が、綺麗に真っ二つに切断され、地面に崩れ落ちたのである。
「「「なっ……!?」」」
見事なまでの全裸。
文字通り、空間と次元の層を寸分違わず一刀両断し、対象の装備だけをピンポイントで切り裂くという神の御業である。
「ヒィィィッ!? 武器が、鎧が、紙切れのように……!!」
「バケモノだ! 逃げろォォォ!!」
凄まじい実力差と、夜の森に素っ裸で放り出されるという羞恥心と恐怖に耐えきれず、レオンハートの精鋭たちは両手で股間を隠しながら、悲鳴を上げて森の奥へ蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「フン。スジの通らねえ奴らは、身ぐるみ剥がされてスッポンポンがお似合いだぜ」
デュアダロスはスッと仕込み杖を消滅させると、前髪を掻き上げてニヤリと笑った。
「ど、デュアダロスさん……」
リアナは、あまりの出来事に口をパクパクさせていた。
「すごい……! 今の斬撃なら、どんなに硬いお肉でも、筋を傷つけずに綺麗にスライスできますね!!」
「そこかよ!! 俺の極道の美学(スマートな剣さばき)の感想はねえのか!!」
インテリヤクザは盛大にズッコケた。
どれだけカッコよく敵を退けても、この姫の頭の中は『料理』でいっぱいらしい。
「……ハァ。すっかり茶が冷めちまった。嬢ちゃん、飯も食ったし、さっさと出発するぞ」
「はい! 太郎国ですね!」
「ああ。俺の愛する『葉巻』と、お前の求める『未知の食材』がある、最高に狂った欲望の国へな」
夜空の彼方、遠く地平線の先に見えるのは、不自然なほど明るく輝く近代都市のネオンサイン。
最凶のヒモ神と、無慈悲な料理姫の凸凹コンビは、胃袋と欲望を満たすため、いざ『太郎国』へと歩みを進めるのだった。




