EP 4
極道のワンパンと、怒りの料理人
腹を満たし、すっかりリアナの料理の虜になった邪神デュアダロス。
二人はポポロ国の地下から続く古代ダンジョンの階段を上り、地上を目指していた。
「オラァ! スジの通らねえザコ共は道を空けやがれ!!」
ドゴォォォォンッ!!
ダンジョンの上層。リアナの前に立ち塞がった巨大なダンジョン・ミノタウロスが、デュアダロスの放った容赦のない『ヤクザキック』によって、壁の奥深くまで吹き飛ばされ、文字通り粉砕された。
「フハハハ! 見たか嬢ちゃん! 俺にかかればS級モンスターだろうが塵芥よ!」
高級スーツの襟を正し、ドヤ顔で振り返るインテリヤクザ。
しかし、リアナの表情は夜叉のように険しかった。
「……デュアダロスさん」
「お? なんだ、俺の圧倒的な力に惚れ直したか?」
「お肉が……」
「あン?」
リアナは、粉々になって壁のシミと化したミノタウロスの残骸を指差して、ワナワナと震えていた。
「粉々に吹き飛ばしたら、お肉の解体ができないじゃないですかあああ!!」
「は……?」
「ミノタウロスの霜降り肉! 太郎国から輸入したスパイスでステーキにしようと思ってたのに!! 食材を粗末にするなんて許しません!!」
リアナが強く念じた瞬間。
デュアダロスの頭に装着された【服従の輪】が、無慈悲に作動した。
ギリギリィッ!!
「あ、ぎ、ギャアアアアアアッ!? 痛ぇ! なんで!? 敵を倒したのになんで締め付けられんだよォォォ!!?」
「次からお肉が採れる魔物は、綺麗に仕留めてください! いいですね!?」
「わ、分かった! 傷をつけずに倒す! だから許してくれぇぇ!!」
神の権能を誇る最凶の邪神は、涙目で床に土下座した。
どんな強大な敵もワンパンで塵にする能力は、料理好きの姫にとっては『食材を台無しにする迷惑極まりない技』でしかなかったのだ。
以降、ダンジョンを出るまでの間、デュアダロスは『いかに綺麗に急所だけを突いて魔物を倒すか』という、極道らしからぬ繊細な職人芸(手加減)を強いられることになった。
――そして数時間後。
二人はついに、ダンジョンの出口を抜け、満天の星空が広がる地上の森へと足を踏み入れた。
「ふぅ……ようやく外に出ましたね」
「ハァ……ハァ……マジで疲れた……。まさか神たるこの俺が、素材の鮮度を気にしながら戦うハメになるとはな……」
肩で息をするデュアダロスを尻目に、リアナは手際よく野営の準備を始めた。
魔法ポーチからテントを取り出し、あっという間に焚き火を熾す。その手つきは、完全にベテランキャンパーのそれだった。
「さて、夜食にしましょうか。今日は歩き疲れましたし、簡単に『太陽芋』のホイル焼きにしますね」
リアナはポーチから、泥のついた立派な太陽芋を取り出した。そして、これまた太郎国からの便利な輸入品である『アルミホイル』で芋をくるくると包み、焚き火の灰の中に放り込む。
「太陽芋か。庶民の食いモンだが、焚き火で焼くと案外いけるんだよな」
デュアダロスはスーツのまま、切り株にどっかりと腰を下ろした。
パチパチとはぜる炎を見つめながら、彼はふと遠い目をする。
「……こうして夜風に吹かれてると、昔を思い出すぜ。俺がまだ、あの女神と肩を並べてた頃……世界はもっとシンプルで、スジが通ってた。俺は俺の美学を守るために、神々に喧嘩を売ったんだ」
ハードボイルドな空気を漂わせ、インテリヤクザは己の過去を語り始めた。
「なあ嬢ちゃん。極道ってのはな、力じゃねえ。心意気だ。どれだけ理不尽な世界でも、己の『スジ』だけは曲げねえ……それが漢の……」
「あ、デュアダロスさん。焼けましたよ」
「…………あン?」
感動的な極道語りは、リアナの極めて無関心な声によってあっさりと遮られた。彼女はデュアダロスの美学など1ミリも聞いていなかった。
「ほら、熱いから気をつけてくださいね」
ホクホクと湯気を立てる、黄金色の太陽芋。
半分に割られたそれから、甘い蜜がとろりと溢れ出している。
「……お、おう」
毒気を抜かれたデュアダロスは、手渡された熱々の芋を一口かじった。
「あつッ……ハフッ……! んんっ!?」
外側は少し焦げて香ばしく、中はトロトロで、栗のように濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。冷えた夜の森で食べる焼き立ての太陽芋は、神の舌すらとろけさせる絶品だった。
「美味え……。なんだコレ、ただの芋なのに異常に美味えぞ……」
「ふふっ、火加減には自信があるんです。お茶も淹れましたよ」
「……嬢ちゃん、お前、いい奥さんになるぜ」
「えっ? そ、そうですか?」
星空の下、最強の邪神は太陽芋をハフハフと頬張りながら、ほっこりとした顔で微笑んでいた。
世界を滅ぼす力を持つヤクザと、世間知らずのお姫様。
焚き火を囲む二人の姿は、どこからどう見ても『ちょっとガラの悪い保護者と、料理上手な娘』の心温まるキャンプ風景であった。
だが、そんな平和な時間は長くは続かない。
ガサッ……。
焚き火の明かりの届かない深い森の奥から、幾つもの『獣の瞳』がギラリと光った。
ポポロ国を陥落させたレオンハート獣人王国の精鋭たる『追手』が、ついに二人の野営地にまで迫ってきていたのだ。




