EP 2
指パッチンと、最凶ヤクザへの首輪
松明の炎が地下の闇を照らし出す。
リアナが息を切らして逃げ込んだ先は、冷たい石壁に囲まれた行き止まりだった。
目の前には、幾重にも太い鎖が巻かれ、古びたお札がベタベタと貼られた巨大な鉄の扉がそびえ立っている。
「見つけたぞォ! ポポロ国の姫君だ!」
背後から下品な笑い声が響いた。屈強な虎耳族や狼族の獣人騎士たちが、武器を構えてリアナを半円状に包囲する。
「大人しくしろ。レオンハート様に献上すれば、俺たちは出世間違いなしだからな!」
絶体絶命。リアナは背中の『魔法ポーチ(調理器具満載)』をギュッと抱きしめた。
その時である。
『――おい、そこの小娘。ひどく怯えてるじゃねえか』
鎖に巻かれた重厚な扉の奥から、低く、ドスの効いた男の声が響いた。
「え……?」
獣人たちもギョッとして扉を見る。
『その扉に貼られてる札を剥がして、俺の封印を解け。そうすりゃ、そこのチンピラどもを塵にしてやるよ』
悪魔の囁き。いや、邪神の契約だ。
「ふ、ふざけるな! 誰が入ってるか知らねえが、扉越しに何ができるってんだ!」
獣人騎士の一人が、リアナに向かって飛びかかってきた。
迷っている暇はない。リアナは咄嗟に扉に張り付き、一番大きな封印の札をベリッと力任せに引き剥がした。
バチンッ!!
空間が弾けるような異音が鳴り響き、幾重にも巻かれていた太い鎖が飴細工のようにボロボロと崩れ落ちる。
ギィィィ……と、重々しい音を立てて扉が開いた。
そこから現れたのは、恐ろしい怪獣――ではなく。
漆黒の高級スーツを隙なく着こなした、冷酷な美貌を持つ長身の男だった。隙間から見える胸元には、禍々しい『昇り龍』の和彫りが覗いている。
「プハァ……何百年ぶりかのシャバの空気だ。悪くねえ」
男――邪神デュアダロスは、前髪を掻き上げながら、ヤクザ映画の俳優のような色気を漂わせて呟いた。
その異常な威圧感に、獣人騎士団は本能的な恐怖で後ずさりする。
「な、なんだテメェは……!?」
「スジの通らねえチンピラどもが、大勢で小娘一人をいじめてんじゃねえよ」
デュアダロスは冷たい瞳で獣人たちを見下ろすと、スッと右手を上げた。
「お前らには、俺が直々にケジメをつけさせてやる」
パチンッ。
静かな地下空間に、デュアダロスの指を鳴らす軽快な音が響いた。
次の瞬間。
「「「ギャアアアアアアアッ!?」」」
数十人いた獣人騎士団の肉体が、鎧や武器ごと、文字通り『塵』となってボロボロと崩れ落ちたのだ。血の一滴も残らない。ただの灰の山が、そこにはあった。
「えっ……?」
リアナは目を丸くした。魔法の詠唱も、闘気も感じなかった。ただ指を鳴らしただけで、精鋭部隊が消滅したのだ。
「フハハハハハ!! どうだ小娘! これが俺の力だ!」
デュアダロスは極悪非道な笑い声を上げ、スーツの埃を払いながらリアナを振り返った。
「さて、封印を解いてくれたことには感謝するぜ。だが、俺は悪党でね。目撃者は生かしておけねえ。次はお前が塵になる番だ」
男の右手が、再び恐ろしい指パッチンの構えをとる。
「ひっ……!」
リアナの脳裏に、幼い頃から言われ続けてきた父の言葉がよぎった。
『お前のスキルは危険だ。決して人前で使ってはならない――』
だが、背に腹は代えられない!
「こ、こないでくださいっ!」
リアナはギュッと目を瞑り、己のユニークスキルを全力で発動した。
【服従の輪】!
カシャンッ!
「あン?」
デュアダロスの頭上に、突如として光り輝く『天の輪』が出現し、後頭部から額にかけてガッチリと装着された。
「なんだこのダサい輪っかは。こんなモンで俺が……」
「わ、私に刃向かえば、この服従の輪で激しい頭痛を起こしますよ!」
リアナが震える声で警告した瞬間。
主への明確な敵意(殺意)を感知した『服従の輪』が、ギリギリィッ!と自動でデュアダロスの頭を激しく締め付けた。
「――あ?」
邪神の顔が引き攣る。
「いっ、ぎ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
ダンジョンの最下層に、先ほどの獣人たちよりも遥かに情けない、インテリヤクザの絶叫が木霊した。
「い、痛え痛え痛え!! 頭が割れる!! なんだコレ!? スジが通ってねえだろォォォ!!」
神の権能すら貫通する、孫悟空も真っ青の絶対的な頭痛。
かつて世界を滅ぼしかけ、たった一秒前まで最凶の威厳を放っていたインテリヤクザな邪神は、高級スーツを土埃で汚しながら、石の床を無様にのたうち回るのだった。




