EP 4
求道する竜王と、禁断のラーメン指南
太郎国の路地裏は、かつてないほどのカオスな空間と化していた。
屋台『ポポロ亭』の裏では、神獣たる狼王フェンリルが鼻にティッシュを詰めたままメソメソと皿を洗い、その舎弟たちが「姉御ぉ! 大根追加ッス!」と威勢よく注文を通す。
カウンターでは、高級スーツのインテリヤクザ(邪神)と、最新コスメで肌を潤わせた絶世の美女(不死鳥)、そしてジャージ姿の限界オバサン(創造神)が、仲良く肩を並べておでんをつついていた。
世界を滅ぼしかねない神話級の存在たちが、安い赤提灯の下で完全に『ただの常連客』として馴染んでしまっている。
「はぁ〜、お出汁が染みてて美味しいわぁ♡ 太郎様のすき焼きも良いけど、屋台の雰囲気も悪くないわね」
「フン、そうだろ。だが、この大根にはやっぱ辛子(黄色い悪魔)が少しだけ必要……って、おい駄犬! 皿洗いの手が止まってんぞ!」
「ひぃっ!? す、すんません邪神のダンナ! 今すぐ洗いますぅ!」
デュアダロスが凄むと、フェンリルがビクッと尻尾を丸めてスポンジを動かす。
そんな奇妙な平和を打ち破るように、路地裏の入り口から、地鳴りのような重低音が響いてきた。
ズシン、ズシン……。
圧倒的な『覇気』を纏いながら歩み寄ってくる巨大な影。
頭にはタオルを固く巻き、筋骨隆々の肉体を『作務衣』と前掛けで包んだ、いかにも頑固そうな職人風の男。
かつて邪神デュアダロスを封印した三柱のリーダー格――蒼穹を束ねる絶対の王者、竜王デュークである。
「……ここか。ルチアナやデュアダロス、それに我が同胞たちを誑かしているという、怪しい屋台は」
デュークが腕を組み、鋭い竜の眼光でポポロ亭を睨みつけた。
その凄まじい威圧感に、舎弟の獣人たちは「ひぃっ!?」と腰を抜かし、デュアダロスとフレアも思わず息を呑む。
(ヤバい……! ラーメン屋を開いて真面目に働いてるデュークの野郎が、屋台で油売ってる俺たちに説教しに来やがった……!)
デュアダロスは気まずそうに葉巻を隠した。ルチアナに至っては、ストロング缶を背後に隠して口笛を吹いている。
ただ一人、屋台の女将たるリアナだけが、全く動じることなくニコリと微笑んだ。
「いらっしゃいませー! あら、デューク様。いかついお顔ですが、タオルがよく似合ってますね! ラーメン作りは如何かしら?」
「ぬ……?」
いきなり本業の話題を振られ、デュークの覇気が一瞬で毒気を抜かれた。
「……なぜ俺がラーメン屋をやっていると知っている。いや、それよりもだ! 貴様、こんな路地裏の屋台で神々を堕落させて……」
「お悩みですか?」
「えっ?」
リアナはお玉を置き、真剣な料理人の眼差しでデュークを見つめ返した。
「デューク様、ここ最近、ご自身のラーメンの味に『壁』を感じていらっしゃいませんか?」
「な、なんだと……ッ!?」
図星を突かれたデュークは、目をカッと見開いて後ずさりした。
「ば、馬鹿な! なぜ俺が、最近スープのパンチ不足に悩み、夜も眠れずに厨房で豚骨を煮込み続けていることを知っている……!?」
「ふふっ。お出汁の匂いでわかりますよ。デューク様、とっても真面目にスープと向き合っていらっしゃるんですね。でも、それなら……」
リアナはカウンターから身を乗り出し、太郎国の100円ショップ(中古本コーナー)から流通していた『現代ラーメンの極意』という本で得た知識を、惜しげもなく披露した。
「思い切って、今のスープを『2倍濃縮』にしてみてはいかがですか? そして、ガツンとくる風味を足すために『ニンニク』や、焦がしニンニク油である『マー油』をお試しになりましたか?」
「に、2倍濃縮……!? さらにマー油だと……!?」
デュークの頭の中で、雷に打たれたような衝撃が走った。上品さを求めていた彼にとって、そのジャンクで暴力的な足し算の発想は全くの盲点だったのだ。
リアナのコンサルティングはまだ止まらない。
「それだけじゃありません! スープにとろみと食感の変化をつけるために、すりおろした『長芋』を入れることもお忘れなく! 麺とスープの絡みが劇的に変わりますよ!」
「長芋を……スープに……ッ!!?」
デュークはワナワナと震え、そして。
「……天啓、だ」
ズザァァァァッ!!
アスファルトに両膝をつき、世界最強の竜王は、人間の少女(屋台の女将)に向かって深々と頭を下げた。
「すまなかった!! 俺が浅はかだった……! 貴様はただの屋台の娘ではない。食の真理に到達した、真の料理人だ!! どうか、俺を貴様の『弟子』にしてはくれないだろうか!!」
「ええっ!? 弟子だなんて、そんな大げさな! 私はただ、お父様が隠し持っていた本を読んだだけで……」
蒼穹の絶対王者が、エプロン姿の小娘に平伏する異常事態。
デュアダロスは「アイツ、ラーメン絡むとマジでチョロいな……」と呆れ返り、ルチアナは「太郎のヤツが持ち込んだグルメ雑誌の知識で、竜王が屈服しちゃったわよ……」と頭を抱えていた。
その時である。
「よぉ。デュークにフレア、フェンリル……それにルチアナまで。みんなこの店に集まってんの?」
カランコロン、と。
カジュアルなパーカーにスウェットという、およそ王様らしくないラフな格好をした青年が、ふらりと路地裏に現れた。
その姿を見た瞬間、平伏していたデュークも、鼻にティッシュを詰めたフェンリルも、そしてフレアも、一斉に顔色を変えて彼に向かってひざまずいた。
「「「た、太郎様(主よ)!!」」」
太郎国を建国し、世界を裏から牛耳る最強の転生者――佐藤太郎が、ついに屋台『ポポロ亭』へご来店である。




