3柱と佐藤太郎
オープン初日と、パチンカス狼王の襲来
太郎国の歓楽街。
魔導ネオンが毒々しくも華やかに瞬き、様々な種族が夜の街を闊歩する大通りの裏路地に、ポツンと赤提灯が灯っていた。
『大衆酒場 ポポロ亭』
ルチアナの神の力によって具現化されたその木造の屋台からは、醤油と出汁の暴力的なまでに美味そうな香りが湯気と共に立ち上っている。
「へぇーい、いらっしゃぁーい。美味しいおでん、あるわよぉ……ハァ、ガチャ爆死したしマジでダルい……」
屋台の前に立ち、死んだ魚のような目で客引きをしているのは、ピンクのジャージに便所サンダル姿の創造神ルチアナである。右手にはストロング缶、左手にはメンソールタバコ。およそ飲食店の看板娘(?)にあるまじきビジュアルだが、頭にハメられた【服従の輪】の恐怖ゆえに、サボるにサボれないのだ。
一方、屋台のカウンターの一番奥。
本来なら客が座るべき丸椅子にどっかりと腰を下ろし、ふんぞり返っているのはインテリヤクザな邪神デュアダロスだ。
彼は太郎国名物の黒い炭酸飲料をチェイサーに芋酒をあおりながら、美味そうに高級葉巻の煙を吐き出していた。
「おいルチアナ。声が小せえぞ。もっと気合入れてシマの客を呼び込まねえか」
「アンタはなんで最初から客ヅラして座ってんのよ!! 相談屋のおやじって設定どこ行ったのよ!」
「バカ野郎、極道ってのはな、背中で語るモンなんだよ」
「ただ酒飲んでヤニ吸ってるだけじゃない!!」
宇宙最高峰の神々が低レベルな口論を繰り広げる中、屋台の店主たるリアナは、一人ニコニコとおでん鍋の灰汁をすくっていた。
「ふふふっ、お二人とも仲良しですね。大根もいい感じに色が染みてきましたよ!」
国を失った悲壮感など微塵もない。
愛用の調理器具と、最高の出汁。そして(強制的に働かせているとはいえ)賑やかな従業員たち。リアナにとっては、離宮に閉じ込められていた頃よりも遥かに楽しい、夢のようなお料理屋さんのスタートであった。
だが、そんな平和な屋台の空気をぶち壊す、下品な笑い声が路地の奥から近づいてきた。
「ギャハハハ! 兄貴、今日のパチンコは大勝ちでしたね!」
「おうよ! やっぱ俺様の動体視力にかかれば、スロットの目押しなんて余裕だぜぇ。ほらネエちゃん、今日はドンペリでも何でも奢ってやるよ!」
「キャー、フェンリル様ぁ♡ さっすがぁ♡」
現れたのは、五〜六人のチャラい獣人のチンピラたちと、けばけばしい化粧をした女。
そして、その集団の中心でふんぞり返って歩いている男――。
派手な柄の『アロハシャツ』の前をはだけさせ、金のネックレスをジャラジャラと鳴らすその男の頭には、立派な『狼の耳』がピンと立ち、ズボンの後ろからはふさふさの尻尾が揺れていた。
「あァ? なんだこの路地裏。見ねえ屋台ができてるじゃねえか」
アロハシャツの狼男が、怪訝な顔でポポロ亭の赤提灯を見上げた。
その瞬間、ジャージ姿のルチアナが「げっ」と声を漏らす。
「ちょっと、ウソでしょ……。あいつ、フェンリルじゃない!?」
そう。彼こそが、かつてルチアナの命を受け、世界のバランスを監視していた『三柱の調停者』の一角。大地と疾風を統べる孤高の神獣――狼王フェンリルである。
だが、現在の姿から『孤高』や『神気』など微塵も感じられない。あるのは、安物のコロンとタバコの匂い、そしてパチンコ屋特有の騒々しいオーラだけだった。
「お? なんだこの小汚いジャージのババア。どっかで見覚えが……」
「ババアって言ったわねこのパチンカスニート!! アタシよアタシ! 創造神ルチアナ様よ!!」
「はぁ!? ルチアナ様!? なんでこんな所で屋台のババアやってんだアンタ!?」
フェンリルが目をひん剥いて驚愕していると、屋台の奥から、地を這うような恐ろしい低音が響いた。
「……てめぇか。俺のシマ(店)の前で騒いでる、スジの通らねえ駄犬は」
ギロリと。
葉巻を咥えたインテリヤクザ、デュアダロスが立ち上がり、ゆっくりとフェンリルたちを睨み下ろした。
その瞳の奥には、神話の時代から続く因縁……そして何より、『俺の弁当の配給を止める原因を作った(職務放棄した)クソ野郎』へのどす黒い殺意が渦巻いている。
「あ……? 誰だてめぇ、俺様を狼王フェンリルと知って……」
フェンリルが凄もうとした、その時。デュアダロスの背中に見え隠れする『昇り龍』の気配に気づき、狼の耳がピクッと震えた。
「ま、まさか……デュアダロス!? 嘘だろ、なんで最終ダンジョンに封印されてるはずの邪神が、太郎国でおでん食ってんだよ!! 意味分かんねえよ!!」
パニックに陥るフェンリルと、その舎弟たち。
一触即発。神と邪神と神獣の力が激突すれば、太郎国の歓楽街など一瞬で消し飛んでしまう。
デュアダロスが怒りに任せて『指パッチン』の構えを取ろうとした、まさにその瞬間だった。
「いらっしゃいませー!!」
リアナが、お玉を片手に満面の笑みでカウンターから身を乗り出した。
「お客様、当店第一号ですね! わぁ、フサフサのお耳がとっても素敵です! さあさあ、座ってください! 今ならおでんの『大根』と『お出汁の染みた卵』がオススメですよ!」
殺気立つヤンキーの群れと邪神の間に、全く空気を読んでいない天然姫が乱入してきたのである。




