EP 1
籠の鳥、はじめての逃避行はピクニック気分で
炎が夜空を焦がし、獣人たちの雄叫びが王城に響き渡っていた。
平和な農業国家ポポロ国は、隣国である武闘派国家『レオンハート獣人王国』の突然の侵攻により、たった三日で陥落の時を迎えようとしていた。
「リアナ! これを持って逃げなさい!」
王城の最も奥深く。生涯をこの離宮で『籠の中の鳥』として過ごしてきた第一王女リアナ・カルラインに、血まみれの国王(父)が焦燥しきった顔で一つの革袋を押し付けた。
「それは我が国に伝わる国宝『魔法ポーチ』だ。牛が一頭丸ごと入る。これに金銀財宝を詰め込み、城の地下に広がる古代ダンジョンへ逃げるのだ! いいか、お前は我が国の希望……生き延びて、いつかポポロ国を再興してくれ!」
「お父様……!」
涙ぐむリアナを玉座の裏の隠し通路に押し込むと、国王は獣人たちを迎え撃つべく、剣を抜いて走っていった。
暗い隠し通路に一人残されたリアナ。
彼女は20歳になる今日まで、己の持つ凶悪なユニークスキル【服従の輪】のせいで、外の世界を一切知らずに生きてきた。
そんな彼女にとっての唯一の癒しであり、生きがいは『料理』だった。
「お父様はああ言っていましたけど……金銀財宝なんて、食べられませんし……」
リアナは隠し通路からこっそりと王城の厨房へ引き返した。
そして、魔法ポーチの口を大きく開けると、次々と『彼女にとっての宝物』を放り込み始めた。
愛用の魔導コンロ。焦げ付かないドワーフ製の最高級フライパン。
切れ味抜群の包丁セットに、お気に入りのまな板。
太郎国から輸入された超高級調味料『マヨ・ハーブ』と『醤油草』のストック。
さらに、厨房の裏手にあった野営用のテント一式と寝袋。
日持ちする『太陽芋』や、新鮮な野菜たちも限界まで詰め込んだ。
「よし! これで完璧です!」
牛が一頭入る魔法ポーチは、リアナのキャンプ用品と調理器具、そして大量の食材でパンパンに膨れ上がった。国家再興の資金など、銅貨一枚たりとも入っていない。
ズドォォォン!!
その時、城の城壁が崩れ落ちる轟音が響いた。
「ひっ! い、急がないと!」
リアナは慌てて隠し通路に戻り、地下へ続く長くて暗い階段を駆け下りた。
そこは、王城の真下に広がる古代地下ダンジョン。本来なら恐ろしいモンスターが蠢く危険地帯だが、不思議とリアナの足取りは軽かった。
(外です……! 私、ついに『外』に出たんですね!)
国が滅び、追われている身だというのに、彼女の胸を満たしていたのは悲壮感ではなく、生まれて初めての『自由』に対する期待だった。
大好きな料理道具を背負っての、はじめてのお出かけ。世間知らずの王女にとっては、逃避行すらピクニックのようなものなのだ。
しかし、そんな呑気な時間は長くは続かなかった。
「匂うぞ! この地下へ続く階段から、甘い匂いがしやがる!」
「王族の生き残りだ! 追え! 捕まえた奴には恩賞が出るぞォ!」
階段の上から、鼻の利く獣人騎士団(犬耳族や狼族)の野太い声が聞こえてきた。どうやら、リアナの服から漂う『お菓子作りで染み付いたバニラエッセンスの甘い香り』を辿ってきているらしい。
「う、嘘でしょ!? もう見つかっちゃったんですか!?」
リアナはドレスの裾を握りしめ、ダンジョンの奥へ奥へと夢中で走った。
だが、温室育ちの王女の体力では、屈強な獣人たちから逃げ切れるはずもない。
息を切らし、足をもつれさせながら転がり込んだのは、ダンジョンの最下層――『最終ダンジョン』と呼ばれる、禍々しい扉の前だった。
背後からは、松明の明かりと共に獣人騎士団の足音が迫ってくる。
絶体絶命のその時。
『――おい、そこの小娘』
封印された重厚な扉の奥から、低く、ドスの効いた男の声が響いた。
それは、かつて世界を滅ぼしかけた最凶の極道(神)との、運命の出会いだった。




