1.
僕の名はデザトス・レディプス。グレットアイ王国の下級貴族の長男……だった。僕が十歳になるまでは。
僕の家は大昔に剣士の勇者が興した家だ。僕が産まれる大分前は大貴族だったらしいけど、父さんの代で爵位も失って平民になった。その時の父さんは悔しそうだったな。
平民になってしまったから、古い小さな屋敷に移り住むことになった僕たち家族は、父さんが平の兵士になったことで何とか暮らしていけた。使用人もいないから貧乏でも貴族だった僕達は生活に苦労した。
僕の家族には、父さんの他に義母と一つ年上の義姉がいる。
義姉も義母も屋敷では僕への不満を一方的に愚痴られるだけ、二人はプライドが高くて、家事をやりたがらない。それらは僕に委ねられてしまったわけだ。そしてそれは、僕が十二歳の頃にスマートブルーレイン学園に入学した後から酷くなっていった。
剣の稽古は父さんの言いつけを守り続けているからなのに、義姉さんも義母さんもそれを『無駄』だと言って吐き捨てる。正直、二人の言ってることは酷いと思うけど、そう言われても仕方がないのも分かってしまう。僕の剣技が凡人程度なのだから。
父さんは僕に剣の稽古を怠らるなと言った。また、魔法にかまけるなとも。父さんは、『頭が足りなくとも、才能のある剣士』になるこそが最終的に出世するんだと考えていた。だからこそ、僕も父さんの言いつけを守るために、学園に入学する直前から、魔法よりも剣の道に集中するようになったんだ。たとえ、僕自身が望んだことじゃなくてもだ。
今だからこそ思うんだ。望まずして父さんの言いつけを守り続けたことこそが、僕にとって絶望への落とし穴だったんだって。入学してから数週間後、僕は苛めの的となった。苛めをするのは貴族の出自の子供が中心、中には平民の子供もいる。親のコネで入学できた、それだけでも通っている貴族の子供達や実勅を示して入学した平民の子供達にとっては気にくわないようだ。
それに僕自身は大きく秀でているものがないということもあって、気にくわない嫌われ者ということで苛めの対象にされたのだ。
苛めの内容は心無い暴言を吐かれることだけならまだいい方だ。酷い時には、僕を先生達に見つからないところに呼んで暴力を振るい、気が済んだら証拠を隠すために回復魔法で傷跡を無くす。手の込んだ苛めを繰り返される毎日だ。
……入学前に、剣だけに捉われず、魔法にも励んでいれば、こんなことにならなかったのかな。
そんな僕にも、庇ってくれる生徒が二人いた。
僕を嘲笑する生徒に対して、目を吊り上げながら怒鳴った女子生徒のティルワーナ・スロウ。同じく怒りを露わにしているのは、身長の高い男子生徒のサンゲイ・ザーリド。二人とも僕の幼馴染だ。
この幼馴染二人が直接注意すると、僕を苛める連中はすぐに退散する。それでも状況が気に入らないのか、去り際に僕を睨み付ける。おそらく、醜い嫉妬を込めて。
この二人の登場で苛めグループが去るのは、ティルワーナとサンゲイは有力貴族の子供だからだ。ただ、それだけではない。ティルワーナとサンゲイは学園でもトップクラスの成績を修めている。
ティルワーナは人より多い魔力量を保持し、また、魔法における分野においては学年で一位だ。サンゲイは剣技において高い技量を誇り、学年問わず剣でサンゲイに勝てる者はいない。つまり、同学年で誰もが認めているトップクラスの天才二人が幼馴染であり友人の僕を庇ってくれるわけだ。
二人は『友達』として僕を庇ってくれた。それだけなら、二人との関わりは苛めを抑えてくれそうだが、周囲の様子を見れば逆効果にもつながっていると言わざるをえない。
ティルワーナとサンゲイは学園では人気者でもある。つまり、いつもこの二人の傍にいて助けられる僕はそれだけで多くの者に嫉妬される、男女問わず敵意をぶつけられる要因というわけだ。
学園に来て半年の頃には、苛めのやり方も変化していた。極力人目を避けて、裏でティルワーナとサンゲイの知らぬところで暴力的な苛めが行われるようになった。
……皮肉なことに、裏で暴力を受ける理由の半分が二人なのだ。最近ではいっそのこと放っておいてほしいという気持ちの方が強い。二人が庇えば庇うほど、僕に対する陰湿な苛めが醜い嫉妬によって加速していくからだ。
しかし、二人は鈍感だからそんなことにも気づかない。それどころか僕に構うばかり。更には、『稽古』をつけると言いだした。いつ頃だったかな。二人の都合が合えば、放課後に稽古上に呼び出されて稽古が始まる。
それが問題だった。
ティルワーナとサンゲイは本当に『加減』というものが分からないらしい。稽古が始まってすぐに、僕はボロボロになって部屋の壁に倒れたり、無様に尻餅をついたりしてしまう。それほどまで二人は強く容赦がなかった。
二人は強い、強すぎる。だからこそ、自分たちの基準で魔法を放ち剣を振るのかもしれないが、魔法も剣も凡人かそれ以下の僕では天才の基準で稽古させられれば、大変な苦痛だった。
しかし、二人が善意でやっているということは嫌でも理解できるため稽古を断れなかった。それに僕が傷つけばティルワーナは回復魔法を掛けてくれるし、サンゲイも僕の剣技を的確に指示してくれるわけではないが、ティルワーナが過激なことをすれば流石に止めに入ることはする。……過激な時点で稽古のことを考えなおせばよかったかもしれない。
そんな僕達の関係にも綻びが生じたのは入学してから一年後のこと。つい最近のことでもある。いつものように放課後で稽古していた時のこと、ティルワーナが僕に思いっきり魔法をぶつけたのだ。
僕は、ティルワーナの特大の魔法を食らって一瞬で壁にまで飛ばされた。その日までは、そこまでの魔法を使ったことがなかったのに。幸いにも、彼女の魔法を食らい続けている僕は魔法に対する耐性も付いていた。逆に言えばそれがなかったら、きっと命にかかわっていたことだろう。
僕自身はもちろん、その場にいたサンゲイも目を丸くして驚いた。信じられないような目でティルワーナに声を掛ける。意識を失いそうな痛みが全身を襲うが、それでもしっかりと耳に入った。幼馴染で友達の残酷な言葉が。
耳に入ってきた二人の言葉は、共通して『才能が無い』だった。この時点で僕の剣技は学園の中では中堅程度にまで成長したし、魔法分野に関しても成績も悪くない程度に落ち着いていた。それで苛めが無くなったわけではないが、ティルワーナに『無駄』と言われてショックだった。
流石のサンゲイもこれはマズいと気付いて稽古の中止を申し出るが、ティルワーナはサンゲイに向けて魔法を放つ構えを取っていた。そんな彼女に対してサンゲイは慌てて木剣を構えるが、最終的にはティルワーナに従うことにした。彼女の魔法の腕は学園一と言ってもいい。そんな彼女の魔法を防ぐ手立てはない。
この日を境に、ティルワーナは僕に対して暴力的になるようになった。言っちゃいけないんだろうけど、とんでもない暴君になってしまったんだ。……もともと僕に対して高圧的だった節があるけど。
そんな日々が続く中、僕達のクラスは実習ということで王都の近くの森にやってきた。魔物との戦いや、外の世界におけるサバイバル訓練のためだった。当然、クラスにはティルワーナとサンゲイ、それに僕を苛める連中もいる。
そして、先生方が班分けをしてくれた時、事件が起こった。




