隣人がラスボス
四月といえば新生活とそれを見込んだ商戦なわけだが、ついに俺もそれに巻き込まれることになった。
念願といっていいのかどうかは微妙だが、国立大学に合格した俺は親元から離れ一人暮らしすることとなった。
築年数不明の木造二階建ての安アパートだが、それでも自分だけの家や部屋があるというものは良いものだ。
それなりの部屋数があった実家だったが、両親にその両親……つまり祖父母だな。それに妹が三人もいると手狭というかぶっちゃけ、居所なぞなかったからな。
……あ、目から涙が。
それはともかく。
だから新生活への期待による高揚感は、それなりにある。
で、俺はそんな高揚感を持ったまま、隣人への挨拶に伺った。
今思えばそれなりどころか、かなり興奮していたのだろう。後悔はしていないが、反省はしている。俺はもっと慎重に、隣の部屋の扉をノックすべきだったのだ。
とはいっても、もう遅い。
「はーい、今行きます」
そんな声とともに、扉が開かれた。現れたのはさえない中年といった感じの男性だった。
別に綺麗な女性を期待していたわけではなかったが……すまん、嘘だ。本当はすごく期待していた。
だが、それはもうどうでもいい。それどころではない。
「あ、引越してこられた方ですねー」
そのさえない中年の、少し寂しくなった頭には角が生えていた。
渡すべき挨拶の品(基本をおさえ、バスタオルだ)も渡さずに、俺はまじまじと見つめてしまった。
作り物ではなく、しっかりと生えている、少しねじれた、微妙に可愛らしい黒い角。
そんな俺に気づいたのか、隣人はすこし恥ずかしそうに頭をかきながらこういった。
「あ、珍しいですよね。ボクはちょっと魔王とかやってるので」
ちょっと魔王をやっているらしい隣人は、ぺこりと頭を下げた。腰が低くい魔王だ。
「よろしくお願いしますね」
それが、俺と魔王の出会いだった。
とりあえず「こちらこそよろしくお願いします」と流してみた。顔色を変えずに挨拶しきった俺を、俺は自分でほめてやりたい。
次に階下(俺の部屋は二階の角部屋のワンルームで、トイレバス別のセパレートだ)の人に挨拶する際に、中年こと魔王について聞いてみたところ。
「ああ、鈴木さんね」
魔王は鈴木さんというらしい。表札も確かに鈴木さんだったから、別人のことを言っているわけではないだろう。
「あの人いい人でしょう。あ、魔王だから『いい魔王』っていうべきかしら? でも魔王さんなのに『いい』っていうのはそれこそいい事なのかしら?」
階下の人は、お喋りが好きそうなおばちゃんだった。
魔王と言うのは、新参者をからかうネタなのかと思ったが、違ったようだ。
お喋りが好きそうどころか、お喋りが三度の飯より好きだったおばちゃんこと佐藤さんは、聞いてもいないことまで教えてくれた。
鈴木さんが魔王というのはアパートだけでなく、町内でも鈴木さんが魔王とういうことは、イコールで繋がれているほど浸透しているらしい。
魔王さんと呼ばれ、鈴木さんと呼ぶ人がいないほどらしい。
危険人物ではないようなので、善意ある市民の通報はひとまず中止することにしておいた。
しばらく観察していたのだが、この鈴木さんこと魔王(逆か?)は、本当にとても良い人だった。
幾つかの例をだすと。
『誰にも言われていないのに、町内のゴミ拾いをしている』
『偏屈すぎるおばあちゃんと、縁側で茶飲み話に興じている』
『公園では子供と一緒に遊んでおり、保護者も暖かくというか安心して子供を任せている』
……といった感じだ。
いまどき漫画の中にも居なさそうなほどに、良い人だった。
……本当に魔王なのか? 魔王らしいのは頭の角(これも威厳とか感じさせないが)と、外出するときはどんなに暑いときも着けている黒いマントだけだ。
疑問に思った俺は、隣人に直接聞いてみることにした。
公園で雑草を抜くよりも、しなければならないことがあるんじゃないか? と。
すると魔王は額の汗を拭きながら、とても良い笑顔で答えてくれた。
「いやー。ほら私って、魔王なんですけど、同時に……なんて言ったらいいのかなぁ? ラスボスってやつなんですよね」
どこの世界でも、魔王はラスボスと思うのだが。
「いえいえ、違うんですよ。魔王といっても、私の下にも魔王はまだいますし……こう言うのは恥ずかしいのですけど、私は大魔王とかなんとか、そういうのになるんですよ」
魔王はまだまだいるらしい、ちょっとびっくりだ。で、鈴木さんは大魔王だったらしい。
「世界征服とかの実務はみんなルルーエルちゃんがしてくれてるので、なので私の仕事は勇者が魔王を倒してからになるんですよね」
ルルーエルちゃんって誰だよ。そう思ったのが顔にでたのか、鈴木さんは「あ、筆頭魔王のことです。美人さんなんですよ」と説明してくれた。
「だから本当は、魔王城で待機したりしとくのが一番いいんですけど……ほら、皆がんばっているのに何もせずに椅子に座ってるのって、肩身狭いじゃないですか。城も大きいですし、ああいうの、私に合わないんですよねぇ」
大魔王さんは結構、小市民的感覚の持ち主だった。これに関しては、前から知っていたから驚きはしなかった。
「それに24時間ずっと誰かに見られるってのも、結構しんどいんですよね。食事中もメイドに見られっぱなしですし。入浴中にも『背中をお流しします』とか、本当に胃に穴が開くかと思いました」
鈴木さんはため息を吐きながらそう語ってくれた。
それに対する俺の返答はとても単純だ。
うん、死ね。
「なんでですかっ?!」
あ、間違えました
「で、ですよね。どう間違えたのかわかりませんが」
体中の間接を逆に曲げてから、砂糖水を塗りたくって蟻にたかられて下さい。
「ひどいし、怖い! 私何かしましたか?」
大魔王じゃないんですか?
「いや、それはそうですけど」
あと、24時間メイド天国という極楽を自慢するからです。
「……メイドって、そんなにいいものじゃないですよ?」
よし、砂糖水をつくってくるから、今のうちに間接をすべて逆に曲げておけ。
「ええっ、自分で?! 大魔王でも自分で間接を逆にするなんてできませんよ!」
至高存在。文化の極み。世界全てと引き換えてもまだ足りない、そんなメイド様を侮辱するからです。
「……魔王城のメイド長に言えば、あなたの部屋の掃除に来てくれるかもしれませんよ?」
…………ロングヘアーで、釣り目気味で高身長というきつめなお姉さんでありつつ、いたずらすると顔を赤く染めて恥ずかしがりながら仕返しとして顔をハイヒールで踏んでくれたりしますか?
「……あなたの性癖はともかく、ハイヒールで仕事をするメイドはいません」
つかえねぇなぁ! この大魔王は!
「あなた酷すぎますよ! 私はこれでも町内の清掃と世界の平和を考えているというのに!」
町内の清掃と世界平和を同列に語るな!
「千里の道も一歩からという言葉を知らないんですか、小さなことからコツコツとですよ!」
ゴミ分別が世界平和に繋が……繋がるかもしれないけれど、大魔王のいうことじゃねぇ!
「おや、やっと言ってくれましたね」
……ん?
魔王さん改め大魔王さんは、言い合いで浮かんだ汗を額に光らせつつ、にっこりと笑った。
「私を魔王って、初めて言ってくれましたね」
あー……確かに疑ってましたからね。
「今は信じてくれましたか?」
どっちでもいいっていう気分です。そう率直にいうと、大魔王さんは「たはは」と苦笑いした。
俺にとっては鈴木さんが魔王とか大魔王とかは、いたってどうでもいいのである。
要は、隣人として気持ちよく付き合える人かどうかなだけなのだから。
「ははは、確かに。私も同意見です。あなたが大賢者筆頭候補かどうかなんて、関係ありません」
ありゃ、知られてら。
家は代々賢者の血統らしく、俺なんかにもそれなりの期待がかかるわけだが……大賢者、しかも筆頭候補になっているというのは、ちょっと初耳だな。
ちなみに親父は、勇者ご一行の一人だったりする。
「これでも大魔王ですからね、身辺警護には色々と気を使ってくれる人がいるんですよ」
あの物陰から心配そうに見ている、背が残念な金髪女性とかですか?
「ええ。第三魔王のルルーエルちゃんです。あなたのことも、彼女が教えてくれたんですよ」
うわ。世界征服している張本人がここにいるよオイ。
「……で、どうですか」
大魔王さんは、ちょっと真剣な顔をして訊ねてきた。
「私は、隣人として合格ですか?」
俺は、ちょっと考えてからこういった。
「夜中に『フハハハよく来たな勇者ども、そのものは小物に過ぎん! 世界を救いたくば、我を倒してみせよ!』とか練習するさえ辞めてくれたら、仲良くできると思います」
大魔王さんは恥ずかしそうに「すみません」と言ったあと、頭を下げた。
「大魔王の鈴木です。どうぞよろしくお願いします」
賢者の卵の田中です、こちらこそよろしくお願いします。
こうして俺と鈴木さんは飲み仲間になった。
ま、だからどうだっていうわけもない。
よくはないかもしれないけれど、隣人と仲良くなるという意味ではよくあるある話というだけだ。
隣人がラスボスっていうのは、思っていた以上になかなか楽しくはあるけどね。
リハビリがてら(三ヶ月ぶりぐらい?)に小説を書いてみました。
で、ついでにながら、思いついた手法を試してみました。
読みにくかったかも知れません。
もともと一人称って、苦手ですしねー……といって、三人称が得意なわけでもないですが。
感想、お待ちしております。