貴族の誇りを抱きつづけた伯爵令嬢は大公に見初められる
フィミア・グレイブはグレイブ伯爵家の長女であり、伯爵令嬢。
婚約者のアレックス・レブルスは侯爵であり、大臣の家の嫡男。
何もなければ良い婚約に見えるが、婚約者のアレックスは女性の心を知る為などと称して愛人を作り、フィミアの意見を無視する。
フィミアは止めてほしいとたのんだけれども聞き入れては貰えず、婚約破棄もしてもらえない事に鬱々とした思いを抱いていた──
私はフィミア・グレイブ。
グレイブ伯爵家の長女。
クロスハースト王国の大臣をやっているレブルス侯爵の息子、アレックス・レブルスとは婚約関係。
なのだけども。
婚約破棄をしたくてしたくて仕方が無い。
アレックスは愛人を作り、一緒に行動している。
その不義に私は婚約破棄を申し立てたが、相手は大臣の家。
却下されたと、父が申し訳なさそうに言った。
アレックスは──
『愛人を作るのは君との生活に慣れる為だから、今だけだよ』
と言うけど、私は侮辱されているに等しいと感じている。
アレックスの作った愛人達は私に嫌がらせをしてくるし、私の誇りは軽んじられる。
他の令嬢にも令息にも侮られる。
私の心が汚される。
でも、人前で泣くことはできなかった。
だって私は貴族の令嬢ですもの。
人気のない、庭の木々の中、其処に背を持たれて涙を流すのが私の日課。
今日も誰にも見られないはず、そう思って居た。
「フィミア嬢?」
声に思わず涙を拭って振り返ると──
「クォート先生ではありませんか」
「……泣いていたのか」
「いいえ、泣いていません」
私は気丈に振る舞う。
「やはりアレックスの件か?」
「……」
「図星か、アレは酷い貴族の令息としての行動ではない」
クォート先生はそう言い放ちました。
「でも、大臣の子だからって誰も苦言を──」
「俺は言った。だがあの馬鹿は理解すらできない倫理観の持ち主だ」
クォート先生が、苦言を呈してくださっていたと?
ぽろりと、涙がこぼれました。
「全く、こんな素晴らしい令嬢を泣かせるなんて。阿呆にも程がある」
「……可能なら、婚約破棄したいです」
「もうアレックスに情はない、か」
「はい……」
そう言うとクォート先生は、本を開いて何かをメモし、パタンと閉じました。
「先生?」
「俺に任せろ」
そう言って立ち去って行きました。
──何ができるのでしょう──
その時はそう思って居ました。
それから二日後。
「フィミア様!」
朝、侍女が手紙を持ってやって来ました。
「どうしたのです?」
「レブルス侯爵家の嫡男、アレックスとの婚約が王命で破棄されました」
「え?」
私は用紙を受け取り、読み解く。
其処には、アレックス有責での婚約破棄と、新たにグロスハースト大公の婚約者に私がなることが記載されていました。
グロスハースト大公。
今の国王陛下の兄君。
自分から国王の座を弟君に譲り、大公として色々とやっている。
程度しか聞いていませんでした。
そして用紙には、本日の正午に学園の中庭でお会いしましょう、我が婚約者フィミア。
と書かれてもいました。
一体何が起きたのでしょうか?
──とにかく正午、中庭へ向かいました。
すると、すらっと背が高く、髪の毛を一本結いした三十前後の男性が立っていました。
私を見つけると、その御方は近づいて来て、膝をつき、私の手を取りました。
「フィミア嬢、このような形でしか貴方を救えず申し訳ない」
「い、いいえ! 大公様のような御方が私を──」
「まだ、分からないのか?」
「え?」
声にきょとんとしてしまいました。
だってこの声は──
「クォート、せん、せい?」
「正解だ」
「た、大公様がどうして教師を⁈」
思わずそういってしまいます。
だってそうでしょう?
まさか、自分達を教えていた教師の一人が大公様なんて夢にも思わない。
「理由は簡単だ、あのボンボンだよ。お前の元婚約者。学園の風紀を乱している輩がいると弟に言われてな、調査しにきたらこの有様だ」
「……」
「婚約者がいなくて愛人とっかえひっかえならまだ可愛いもんだったんだが、婚約者がいてその相手の気持ちを考えないで馬鹿げたことしていたから俺は弟にありのまま報告した上で、フィミア、君を婚約者にしたいと思ったんだ」
「私を?」
「まぁ、10歳以上離れているから嫌だろうけど聞いてほしい」
不思議と嫌という気持ちは湧きませんでした。
「君は貴族の令嬢として凜としていた、嫌がらせを受けようと、婚約者に理解されなくて苦悩するのも決して人前では見せず、凜としていたその姿は美しかった。だが──」
「人知れず涙を流しているのを見て決めた、こんな素晴らしい令嬢をこのまま放置して良いのか? いや良くない、と」
「……」
「だから弟に頼んで一応仮だが私の婚約者にしてもらった、勿論君に拒否権はある」
「私は──」
真剣な表情で私を見るクォート先生──いえ、グロスハースト大公殿下。
このような真摯な人はきっと見つからない。
私を理解しようとしてくれる人はきっと──
「……いいえ、グロスハースト大公殿下。この婚約、おうけいたします」
「ああ、ありがとう……! 君を愛すると誓おう、君と生まれてくるであろう子ども達を愛そう! 君を大切にするとも!」
私を抱きしめてくださいました。
ああ、ああ、なんて幸せなのでしょう。
「グロスハースト大公殿下……」
「そんな呼び名ではなく、クルツと呼んで欲しい。本当の名前を」
「はい、クルツ様」
見つめ合っていると、ドタドタと走る音が聞こえました。
「ふぃ、フィミア⁈ どういう、どういうことなんだい⁈」
「そのまんまの意味だよ、若造、いやろくでなし」
私が口を開く前に、従者達を連れてきたアレックスが顔面蒼白のまま私を見据えます。
「婚約者に対する不義理な行動をし、風紀を乱すような輩をこの学園に置いておくつもりも、そんな馬鹿をいさめない親にも国王陛下はお怒りだ」
「なっ……! ぼ、僕はフィミアとの生活を考えて?」
「考えて、だと? 愛人侍らせて、自分は女心を分かろうとしてるようだが、逆効果なんだと何故気付かん! 愛人共にフィミア嬢が傷つけられ、他の貴族からも軽く見られ、貴族としての誇りを足蹴にされ続けたフィミア嬢の気持ちを考えた事など無い分際でほざくな若造!」
グロスハースト大公殿下──クルツ様はそう罵声をアレックスに浴びせました。
アレックスは狼狽えるだけ。
「クルツ様、私言いたいことがあるのです、良いですか?」
「構わぬよ」
私は少しだけアレックスにより、口を開きます。
「貴方は私との生活を考えて学生時だけ愛人を持たせてくれと言ったのを嫌がった時も、私は心配症だなと軽く笑いましたね、愛人達に私が蔑ろにされているのに気付かず」
「ふぃ、フィミア……」
「私が辛い、貴方との将来など考えたくないと婚約破棄を頼んだときも、貴方が駄々をこねたからレブルス大臣は貴方の意見を尊重し、私を蔑ろにするのを選んだ、婚約破棄を拒否した」
言葉があふれる。
「でも感謝するわ、貴方がそんな阿呆だと言うのが国王陛下に知られることで、私は私を尊重してくれる大公殿下と婚約できたの。だから──」
「二度とその顔を私の前に見せないで頂戴、アレックス・レブルス」
冷たく言い放つ。
すると、アレックスはよろよろと立ち去って行った。
「よく言いましたね」
「……あ」
「どうしました?」
「アレックスがまだ学生なら授業で顔を合わせてしまいます!」
せっかく啖呵を切ったのに。
するとクルツ様は笑いました。
「大丈夫、アレらは退学処分になっているし、父親も大臣の座から引きずり降ろされましたよ」
「え?」
「弟が『嫡男の下半身の緩さを放置する男など、大臣の座に置いておけん』と宣告し、降格処分が決定しました」
「ああ……」
足蹴にされ続けた私の誇りが、けなされることはないのですね。
再びぽろっと涙がこぼれましたが、クルツ様が拭ってくれました。
それからの学生生活はとても有意義な物でした。
友達もできたし、学友と呼べる競い合う仲間もできた。
クルツ様はまたクォート先生に戻り、私の側にいてくれます。
そして、卒業式のパーティには大公殿下の姿で現れ、私をエスコートしてくださいました。
アレックスと、愛人の方々はクルツ様がおっしゃる通り退学処分がなされ二度と会うことはありませんでした。
愛人の方々は遠方の修道院に入れられ、アレックスは今回の責任故家族と縁を切られ、日雇いで何とか暮らしているそうです。
結婚式は友人達と、家族が出席しました。
お父様とお母様は、何もできなくて済まなかった、と謝罪を下さいました。
でも仕方なかったんですあの時は。
そして結婚式、指輪を交換し、口づけを交わしました、綺麗なドレスを着て──
数年後──
「「「かあしゃま!」」」
「フランツ、ディアナ、ルナーリア、どうしたの?」
「「「とおしゃまのことしゅきでしゅか?」」」
私は三児の母になり、三つ子の女の子が二人、男の子が一人生まれました。
「ええ、愛しているわ、貴方達と同じく」
「「「きゃっきゃっきゃ!」」」
無邪気に笑う子ども達。
「ただいま」
「お帰りなさい、クルツ様」
「「「とおしゃまおかえりなしゃい!」」」
「相変わらず、元気だ、よいことだ!」
クルツ様はにこりと笑います。
「フィミア、幸せかい?」
「はい、幸せです」
私とクルツ様はキスをしました。
ああ、子ども達に囲まれて、愛してくれるひとに、愛されて、私の宝物がたくさん!
なんて幸せなのでしょう。
ありがとうございます、クルツ様。
あの時無力だった私を救ってくださって──
久しぶりに短編を書こうかなと思って書いて見ました。
読んでくださった方方有り難うございます。
バッドエンドは嫌なのでハッピーエンドにしました。
クルツが兄でありながら弟に位を譲ったのは身分を隠して動き安いからです。
それと弟の方が優れているのを認めているからです。
弟は、兄をその分信頼し、二人の関係は成り立っています。
国王である弟はダメな輩が大臣にならずに済んで安心できるし、兄であるクルツはフィミアと結婚できたので二人ともハッピーです。
王国的にも、個人的にもハッピー。
と、言う訳です。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
よろしければ他の作品も見てくだされば幸いです。