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宇宙大回転マッハシステム ―― 第2象限  作者: 二月三月


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20/21

朔望《ペリオディックムーン》


 閑散とした光の紐を手繰って、夜の中を彷徨う。


 亜空間(スュードスペース)走路の初見は、星明かりで進む僻地に似ていた。道も無い。入り口で一緒だったティルフィアとは、いつの間にか、はぐれてしまった。ひとり(ヽヽヽ)になったら大変だ。アイジュマルは分厚い宇宙服(スペーススーツ)の手袋越しにステイの手を強く握りしめる。アイジュマルの不安がわかるのだろう。ステイもその手を握り返した。


「ティルフィアは大丈夫かな」


「わからないけど」アイジュマルはヘッドアップディスプレイで亜空間(スュードスペース)走路の繋ぎ目を追った「自動巻き戻し(オートリワインド)はまだ有効だから、迷ったとしても来た道を帰るだけで良い」


「無理やり外に出てないか心配だ」


「出口の先に何があるかは、旅程補助(トラベルアドバイザー)が教えてくれるから、あまり変なところには出ないと思うけど…。そもそも選択した走路を進むだけなら迷うハズはないんだけど…」


 亜空間(スュードスペース)走路を使うときは、いつもこうだ。パレアナは、そんな難しいことじゃないよ、といつも言っていた。そう、途中までは、そう…。アイジュマルは、いつもよくわからない理由で失敗していた。できるようになれば簡単だよ、と言われても、できないものはできなかった。


 でも、今度はいつもと違う気がする。


 こんなに長時間、亜空間(スュードスペース)走路を抜けていくのは、初めてのような気がした。冷静に考えれば、これはおかしい。そもそも亜空間(スュードスペース)は時間の概念がないはずだ。空間として欠陥があるから空間になれない亜空間(スュードスペース)。だから時間もない。


 亜空間(スュードスペース)は夢に似ている。


 どちらも時間(ヽヽ)が無くて、ただ何かが変化(ヽヽ)していくだけ。


ーー現実になれない何か


 仄暗い薄暮のような場所に出た。


 ステイとアイジュマルは、手をつないだまま草原の真ん中に立っていた。膝下丈に伸びた草、歪な地平線が見える。遠くない。何かがおかしい(ヽヽヽヽヽヽヽ)


「やっと出てきたな」ヘルメットの中にセベレの声が響く「念のため、宇宙服(スペーススーツ)を着てて良かったな。いいか、驚くなよ…」


「もう驚いてるよ」驚いているとはとても思えない、淡々とした声でステイが言った「ここはL1だ。正確にはL1にある天体。教授(ベルンシュタイン)が、確か…、ヒスパニオラと呼んでいた」


「ああ、そうだ。L1だ。セベレが応じた「ティルフィアは月見台(ムーンゲイザー)に着いたらしいぞ。亜空間(スュードスペース)を出てすぐに悲鳴があがって、あ、これは本人(ティルフィア)な。その後、しばらく応答がないんだが、マイクが周りの誰かの声を拾ってる。それ聞くと、どうやら、ティルフィア、気絶してるみたいだ」


「少し、高いところに出たかな。それで落ちたとか。むこうで回収してもらえたのなら、命の心配はないと思う」


「まあ、そういうことだ。それで、どうする? いったんこっち帰ってくるか? それとも、そこから直接月見台(ムーンゲイザー)に行くか?」


 ステイからの返事がない。


「おい、ステイ、アイジュマル、どうした」


「月が大きい」首を上げて、頭上を見つめたまま、ステイが言った「知識では知ってはいたが…、L1から見る月が、こんなに大きいとは」


「実際に見るまで気がつかなかった」アイジュマルがふり絞るように声を出した「これだけでも、来て本当に良かった」


 うーん、確かにL1から見たら、月もデカいかな、実際に見ていないセベレには伝わらないようだ。


「私たちは、もうすこし、こちらにいるよ」ステイが返事をよこした「うん、できれば、アイボリーとオールインワンにも会いたいしね」


「もうすこし…、って」事情が飲み込めないセベレが大声で制した「酸素はどうすんだよ。2時間ぐらいしか持たないぞ」


「それは問題ないんじゃないかな。草も生えてるし」


「草?」


 となりで、アイジュマルがヘルメットを脱いでいた。風が心地よい。


「ああ、草だ。事情はよく飲み込めないが、地球とあまり変わらない気がする」


「おい、待て、ステイ、状況もわからないのに、そんなとこに長居するなんて…」


 ステイもヘルメットを脱いだので、セベレの声が遠くなった。セベレが心配するのはわかるし、悪いとも思うが、目の前の状況にどうしても抗することができない。


「行こうか、アイジュマル」


 アイジュマルはうなずき、手を繋いだまま、黙ってステイに従った。




 とくにアテがあったわけではない。


 まっすぐ歩く2人、見渡す限りの草原は果てもなく続くように見えた。確かにヒスパニオラは小天体とはいえ、易々と踏破できるほど小さいわけではない。それでも、脚の許す限り、歩いてみたいと2人は思っていた。


 思ったより重力がある。最初の違和感はそれだったかな、と思い当たった。地球上より軽いような気はするが、月面を跳ねて飛ぶみたいな軽さではない。もっともステイだって月に行ったことはないわけだが、本来、ヒスパニオラのような小天体上では、重力など地球の数十分の一なので、ほとんど感じることができないはずなのだ。まあ、超空間(ハイパースペース)技術を使いこなすセドリックにとって、重力をいじる(ヽヽヽ)ことなど、朝飯前なのかもしれないが。


 小さな機械音が背後でした。ステイとアイジュマルが振り向くと、何かが遠くから近づいてくる。


 小型の車両、だがタイヤは付いていない。草原を滑るように飛ぶそれ(ヽヽ)は、ステイとアイジュマルの隣で停止し、ガルウイングのドアを開けた。


「さあ、乗った、乗った」


 車の中から声が聞こえる。ステイは躊躇しつつ声をかけた「君は?」


「オールインワンだよ」声が言った「そっちは反対方向だってば。そもそも、歩いてどこへいく気だ?

一周して(おいら)のとこに来るまでに干からびちまうぞ。ヒスパニオラに来るなんて無茶してるんだ。こんなとこで怖がってもしょうがないだろ。乗った、乗った」


「ありがとう、オールインワン」アイジュマルは微笑み、ステイに先立って車に乗り込んだ。ステイは首をすくめたが、他にどうしようもない。座席に滑り込むとドアが閉まった。


「遠いところ、ようこそ」車内に声が響いた「月見台(ムーンゲイザー)に行くつもりだったんだろう?」


「はい、その通りです」アイジュマルが答えた。


「いま、月見台(ムーンゲイザー)とヒスパニオラは、ものすごく太い亜空間(スュードスペース)走路束(バンドル)で繋いであるんだ。環境改善(テラフォーミング)用の機材やら、資材をこれから大量に運び込む。そのせいで、巻き込まれたんだと思う。ゴメンな」


「いや、こちらこそ」ステイが詫びた「忙しいところ邪魔をする形になってしまって申し訳ない。…ところで、ひとつ質問して良いか?」


「いいよー、答えられることならね」


「重力はどうなってる?」


「いま、0・8Gで調整してるよー。もっと、重い方が良いか、軽い方が良いかは、ユータと相談して決める予定」


「どうやって調整してるの?」と聞いたのはアイジュマルだ。


「ヒスパニオラの中心にミニブラックホールを発生させてるんだ。ヒスパニオラの構成物質がブラックホールに吸収されないように調整するのが大変だなー」


「アイボリーは元気?」


「うーん、どうだろなー」オールインワンは若干、自信なさげだ「生体機能としてはオールグリーン、まったく異常なしなんだが、テンション上がりすぎて、はち切れそうなんだよ。早くユータ来てくんないかなー」


「優多くんは、いつ、来れそうなんだ」


「37時間29分後、アイボリーの誕生日に来るんだよ。早く来い来い誕生日だよなー」


「本当にいそがしい時に来ちゃったみたいね」アイジュマルが小声でささやいた「いくらなんでも、おじゃま虫すぎるわ」


「ああ、そうだね」ステイも恥ずかしげにうつむいた「まあ、来てしまったものはしかたがない。なるべくおとなしくしていよう」


 二人の思いを知るや知らずや、車内にオールインワンの鼻歌のような音楽が流れる。オールインワンが超ご機嫌なのは確かなようだ。



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