相棒《バディ》たちとオールインワン
「この間は、ちょっと、マズったな」
メロゴールドのつぶやきに、コイントスは、ごめん、と謝った。
「何の話? 何の話?」トッペンは跳ね回って気を引くが、メロゴールドもコイントスも相手にする気はないようだ。
「あの人、感が鋭いってのもあるんだけど、むしろ、何でもしゃべりたくなっちゃう雰囲気がヤバいよね」
「安心感みたいなもんかなぁ。嘘つく必要はないけど、本当のこと言わなきゃいけない、て理由もないんだよね。でも、ついつい、しゃべっちゃうんだよなぁ」
「ああいうことは、本来、あたしらじゃない別の人が心配すべきなんじゃないか、とは思うんだけど」
「見た感じ、そういうことできそうなのは、ユータのお母さんぐらいなんだけど」
「忙しそうだしね」
「だしね」
コイントスは空を見上げた。真上にある月、というより、その月と月見台の間にあるものを見たかった「ベッコウなら見えるんだろうな」
「あおっ」
トッペンが啼いた。
「どうした? トッペン?」
「オールインワンだ」トッペンが言った「これって、こっちからは、どうやったら届くんだ?」
「普通にしゃべればいいよ」メロゴールドが教えてくれた「オールインワンなら雑音を除けて声が拾える。で? 何て言ってるんだ」
「わんわん、聞こえる? オールインワン?」トッペンが夜空に吠える「聞こえてるみたいだ。聞こえる聞こえる。もちろん聞こえる」
「言ったとおりだろ」メロゴールドは根気強く繰り返した「で、オールインワンは何て言ってるんだ?」
「えー? オレがそれ言うの? なんでよー。姐さんに直接言えばいいじゃん。めんどくさい」
ーーこの駄犬が
コイントスがクチバシを開きかけたとき、メロゴールドがトッペンの首根っこを摘み上げ、懐に抱き上げた。
「なあ、トッペン」メロゴールドは、にこやかに笑う「いい加減にしないと、いくら温厚なゴリラも怒るよ? オールインワンは、何て言ってるんだ?」
「べつに…、ひさしぶりー、とか、ゲンキー、もうすぐ会うね、とか」
「ゴリラに伝えてくれ、って言うのはどんなこと?」
「誕生日でいいのか? 受精日から266日が基点なのか? こちらですることはあるのか?」
「誕生日で間違いない。受精日から266日のほうだ。十月十日ではない。それだと遅すぎる。そちらがすることは待つことと、ソフトウェア的な切り離しだ」
「切り離しはそちらでするんじゃないのか? だと」
「ハードウェアというか、断線処理はユータがやる」
「ソフトウェア切り離しとは? って言ってる」
「ようするに覚悟の問題だよ」
「心得た」
「あとは? 聞きたいことある?」
「ユータどうしてる? だって」
「それはおまえが答えてやれよ」メロゴールドが呆れて言った「そもそも、おまえに話しかけてきたのは、ユータのことが聞きたいからだろ」
「ユータは元気で、あちこち飛び回ってる。ご飯もおやつも食べる。バーベキューの肉は倍食べてた。なんか色々作ってる」
「あー、もう」とうとうコイントスが痺れを切らした「あのね、最近、ユータはヘアカットの練習してる。モデルはシノノメ、コーラルはもともとベリーショートなんでこれ以上切ったらつるっぱげ、って相手にしてない。ベッコウは髪切るのが怖いらしくてお断り」
「髪型は普通で良いって、あまり文句はいわないだろう、って」
「それから、ぬいぐるみのカバから綿を抜いて、縫い目を解いた。このままだとまたカバに戻りそうだけど…」
「ゾウは無理か? って言ってるんだけど」
「もう、あまりあの白い布がないんだよ。シノノメのお母さんがキリン作ってもらったから…」
「最悪の場合、カバで我慢しても良い、って」
「あ、あと、布足りなくなった、ていうの秘密だからな。内緒にしといて」
「何で? だと」
「バレたらシノノメが激怒するからだよ。あの母娘が揉めるだけなら放っておくけど、飛び火したらたいへんなことになる」
「同意」
「あとは?」
「もう無理、トッペンが、またね」
最後は、はっきり、メロゴールドとコイントスの頭に響いた。トッペンは、くてっ、とメロゴールドの腕の中で伸びた。
「大丈夫?」
「寝てる」
スヤスヤと寝息を立てるトッペンを、メロゴールドは優しく草の上におろした。
「あいかわらずたいしたヤツだ」なかば呆れも混じえて、メロゴールドは感心しながらトッペンを見下ろす「オールインワンの通信を受け続けて、この程度ですむなんてな、ゴリラもびっくりだよ」
「鈍感てわけでもないからね」コイントスもため息をつく「オールインワンの飛ばしてきた内容を正確に聞き取ってるし、どんな調整したら、あんな高出力通信、生身で受け続けられるんだか…。タイプは違うけど、リリオンみたいなものかも? あの人もよく寝てるし」
「さすがに、それはないんじゃないか。共通点は、それこそよく寝ることだけだし。リリオンは、これから起きてる時間を伸ばす、って言ってたよ」
「それも、そうだ」
コイントスは再び空を見上げた。いまなら見えるかも、と期待したのだが、やはり月しか見えなかった。
「ヨウムは自分の見たいものしか見えないさ」メロゴールドは空も見上げずに言った「ゴリラもそうだ。そして人間も」
「でもベッコウにはすべてが見える」
「オールインワンもね」メロゴールドは、トッペンにちらりと目を向けたあとに、両手を掲げて伸びをして空を見上げた「たいていのヤツにとって、すべてを見通し続けるのは酷だ。だから見たいものだけを見る。別に怠けてるわけじゃないし、悪いことでもない」
「天体宇宙船ヒスパニオラ」コイントスは言った「アタシは見たいよ。ヒスパニオラを」
「ゴリラも見たいさ。宇宙船だけならな」メロゴールドは短く笑ったが、すぐに笑いをひそめ、月の、その向こう側を見つめた「ヒスパニオラは宇宙船だ。だからこそ、その後の苦難から目を背けたくなる」
「そう、宇宙に行くんだったな、アタシら」
「そう、10年前から決まってた。トッペンも一緒だ」
コイントスは空を見上げるのをやめ、トッペンに視線を落とした「なんか急に行きたくなくなってきた。ヒスパニオラ見えないの当然だわ」
コイントスは、ふと思い立ち、翼を拡げて羽ばたいた。くるりとメロゴールドの頭上を一回りして、肩口に止まると耳元でささやいた。
「ユータには見えると思う?」
「何が?」
「ヒスパニオラとオールインワンとアイボリーと…」ここでコイントスは口をつぐんだ。が、我慢できなかったのか、聞きたいことをとうとう口に出してしまった「アタシたちの未来が」
「さあ、わからないよ」メロゴールドは首を傾け、コイントスに顔を向けた「ユータに何が見えるかなんて、ゴリラは知らない。でも見る必要はないんじゃないか?」
「必要ない?」
「未来が知りたいのは、いろんなことがうまくいかないんじゃないか、って思うからだろう? ベッコウもコーラルも未来のことを知りたいと思ってる。シンタグマメソドロジーから出たばかりで、そりゃあ、いろいろ不安だろう。ベッコウとコーラルは、未来が知りたいから、いろんなものを見る。ヒスパニオラも見るだろうさ」
「ユータは違う?」
「違うね。ユータは何でもできるし、何でも知ってる。だから未来のことなんて、たぶん、どうでもいいと思ってるよ」
「じゃあ、シノノメは?」
「シノノメのことはよくわからないなぁ。ゴリラには」
「アタシもわかんない」
「シノノメは不思議な家系の出だ。だから、未来がわかるのかもしれない。わからなくても、すべてユータにおまかせだから、知ろうとも思わないかもしれない」
「やっかいな子ね」コイントスは、とても深くため息をついた「ベッコウがシノノメを出し抜くことなんてできるのかな?」
「コーラルにそんなこと、やれともやるなとも言う気はないな」
「そうだね。それが正しいと思うよ。でもね…」
コイントスはベッコウに幸せになってほしかった。幸せになったからといって、それですべてが解決するわけではない。そんなことはコイントスだって知ってはいたが、それでもコイントスは、ベッコウには幸せになってほしかったのだ。




