行きつ戻りつ
「あのさぁ」
「ん?」
この間、メロゴールドに工場長が胡散くさいと言われて、管理人さんは少し気になり出した。いちおう、わざわざ弁解までしてやって、工場長の面目を立ててやったのだが、一人になって、よく考えてみると、確かに工場長は胡散くさい。しだいに不安がつのった管理人さんは、めんどくさいので、直接、本人に聞いてみることにした。
「工場長は、何で、月見台に来たの?」
「トナカイのそりだよ。亜空間走路は荷物運ぶのには向いてねぇ」
ーーそういう意味じゃ、ないよ
「そうじゃなくてさ、ここにくる前は何の仕事してたの? この間、酔っ払って、あたしの前職話したけど、工場長のこと聞いてない」
「ああ、そういうことか」工場長は顎ひげを撫でながら、少しばかり考えていた「タイムマシンの研究をしていてだな…」
「ああん?」
「だから、タイムマシンの研究してて…」
「詐欺か?」
「詐欺じゃねえよ」工場長は声を荒げた「旦那さんの超空間転移と原理はほぼ同じだよ」
「じゃ、恐竜のいる時代に行ける?」
「行けないよ」
「やっぱり詐欺じゃないか」
「違うって言ってんだろうが」工場長は怒り心頭だ「ええい、どうやって説明するか…、うーん」
「その…、できれば説明は、超空間とか、なしでお願い」
わかった、わかった、と工場長。しばし、唸っていたが、何か思いついたらしい「地球ってのは、太陽の周りを回ってるんだが、知ってるか?」
「それぐらいは知ってる」
「じゃあ、3カ月前に、時間だけ戻したとしよう」
「3億年前とかじゃなく?」
「いきなり話を進めるな。ものには順序ってもんがあるんだ。3カ月前、ここから始める。いまから3ヶ月前だ。さあ、どうなる?」
「どうなる、っていま4月だよね。3カ月前ならまだ冬だから、寒くて、雪とか降ってるのかな」
「残念、3カ月前は宇宙空間、真空だ」
「え? え? 何で…」
「公転してるって言ったろ。3カ月前は2億キロメートル離れたところに地球がある。だから、時間だけ遡ったら、そこは何もない宇宙空間だ」
「あ…」
「時間旅行がめちゃくちゃ難しい理由、わかったか」
「一年単位でしか、時間旅行できない? 一年経ったら同じ場所に来る?」
「それも違う。実際には公転だけじゃなくて、太陽も銀河回転で動いてる。2億年で一回転だったかな。だから地球誕生からずっと、同じ場所を通ったということはないはずだ」
「え? でも超空間も原理はほぼ同じ、ってさっき言ったよね」
「その話、しても良いのか?」
「…いらない」
あきらかにしょげかえった管理人さんに、工場長はちょっと狼狽えた。調子に乗りすぎたか。別に相手を凹ますのが目的じゃないわけで。工場長は口調を柔らかくして付け足した。
「まあ、ちょこっとだけ言っとくとだな。時間だけじゃなく、時空間、それも超時空間すべてを把握して適切に調整しないと使えない、ってことだよ」
「そんなこと、できるの?」
「できるか、できないか、って言ったら、できる。坊ちゃんと旦那さんがやってる」
「工場長もできる?」
「広域じゃ無理だ。俺が研究してたのは局所時空揺らぎだよ」
「局所と広域で何が違うのさ」
「さっき3カ月だから、2億キロメートルずれる」って言ったろ」
「言った」
「じゃあ、1ナノ秒なら、どうなる?」
「え?」
「1ナノ秒だよ、十億分の一秒。さっきの話、寄与率から言ったら、地球の公転速度より太陽の銀河回転速度のほうが影響がでかい。秒速370キロメートルぐらいなんだが、1ナノ秒なら0・37ミリメートル程度だ。精密な位置測定と時間測定が必要だが、この程度の移動なら、耐爆容器内で実験が可能になる」
「何で耐爆なの?」
「移動って言っても、距離短いからな。失敗することもあって、基本、真空中で実験するんだが、時間移動前の物体と移動後の物体に重なりがでるとまずいんだ。パウリの排他律を満たすために、同一状態を同種の素粒子が占めようとすると両方ともエネルギーになって霧散する」
「どういうこと?」
「空間を物質が移動するなら、元にあるものと新しく来たものの、ポテンシャルエナジーとカイネティックエナジーのバランスをとりながら、相互排除するだけなんで、問題は起きない。ボウリングボールがぶつかって別方向に飛んでくとか、物理量が保存されてれば問題ないんだ。ただ、時間移動だとそういったものが保存されない。いきなり出てきて、そこに何かあったら、その質量分をエネルギーに変えて四散する。そうやっってバランスをとるってわけ」
「???」
「時間移動の時間調整が短すぎると、自分自身がまだそこにあるから、2つがぶつかる。けっきょく、どこにも行けないんで、爆発して光エネルギーになるってこと」
「それ、ものすごく物騒じゃないか」
「そうだよ、だけど、上手く使えば便利だから、核爆弾の起爆とか、原子炉の臨界達成に使ってる」
「ああ、それで、電気いくら使っても怒られないんだ」
「…まあな」
「出るとこが真空なら大丈夫なの?」
「…ああ」
「じゃあ、最初の話。3カ月前に時間戻したとして、宇宙服着てたら大丈夫なんだ」
「まあ、時間だけ動かすってのはかなり難しいから、どこに出るかわかんないけどな」
「それができるのが旦那さんとユータちゃんだってこと?」
「いや、まあ、それぐらいなら俺も少しはできる。真空、っていうか宇宙空間なら…」
「すごいじゃん、見直した」
「俺のこと、なんだと思ってたんだよ」
「いやあ、メロちゃんがさ」ここで管理人さんはこの間の話を持ち出した「工場長がうさんくさいって言うから、そう言えば確かにそうかなぁ…、と」
「メロちゃん?」工場長の瞳の奥が光ったような気がした「ああ、あのゴリラの娘か」
「いちおう、メロちゃんには、工場長良い人だよ、って言っておいたから」
「いや、その件だと、メロゴールドが正しいな」
「え?」
「他にも何か言ってなかったか?」
「何って、何?」
「メロゴールドが、他に何か言ってなかったか? てこと」
「トッペンが贔屓されてるとかどうとか…。あ、これはコイントスか。メロちゃんは、トッペンの頭が良すぎる、って言ってたな」
「ふーん、そうか…。守護者の中でも意見の違いがあるのか…」
「守護者? 相棒じゃないの?」
「いまんところは保育者が近いけどな。いずれにせよ、オールインワンは思ってたより手強そうだし…」
工場長は、ああだこうだ、ひとり言を言いはじめた。不気味だ。メロゴールドはやはり正しいかもしれない。
「…まあ、旦那さんが、何で工場長をスカウトしたかはわかったよ」
雰囲気を変えようと、管理人さんはわざと明るく言ってみたが、工場長は、怪訝な顔で返事した。
「俺をスカウトしたのは、旦那さんじゃなくて、坊ちゃんだぞ」
「え?」
「坊ちゃんから手紙をもらったんだ。俺がいままで読んだことがない、情感のこもった真摯な手紙だった。俺の研究業績もきちんと理解していて、正直言って、生まれてこのかた、あれほど正確な評価を受けたことはなかったよ」
「で?」
「日本に来た」
「日本に?」
「アメリカにいたんだよ。ニューヨーク州立大で研究してたからな」
「メール一通で来たの?」
「手紙だってば、もらったのは」
「日本語の?」
「ちゃんとした英語だよ。そもそも俺は、最近でこそ日本語話せるようになったけど、いまだに読み書きは苦手だ」
「設計図とか、英語で書いてたのは、カッコつけてるんじゃ、なかったのか」
「どういう発想だ、それは?」
「いや、カルテを独語とか英語とかで書くのと似たようなもんなのかと…」
工場長は野生動物みたいな雄叫びをあげた。管理人さんは一瞬、怯んだが、まあ、しょうがないかとあきらめた。これについては、どう考えても管理人さんが悪い。




