昔、わたしが好きだったもの
「メロちゃん、ありがとう、いつも助かるよ」
管理人さんに声を掛けられたメロゴールドは、笑いながら右手を上げた。トッペンとコイントスも頑張ってるよ、とは、さすがのメロゴールドも言えなかった。コイントスは熟れた杏子の実に夢中だったし、トッペンは気持ちのいい草むらで爆睡していた。
「このちっこいヤツらも、すごく頑張ってる。何者だい?」メロゴールドは、ずっと一緒に仕事をしている、ロボットたちを指して言った「働きものだね。愛想も良い」
ロボットたちが、手を止めて、きゅーぃ、きゅーい、とメロゴールドに呼応した。褒められてるのが分かるらしい。
「ケミコさん、って言うんだよ」管理人さんが教えてくれた「アレシボリプライから拾った設計をもとに作った、って工場長が言ってた」
なるほど、といった風体で両腕を組んだメロゴールドだが、その口から出た言葉は、納得とは程遠いものだった「あの工場長、てのは、なかなかに胡散臭いよなあ」
「そんな悪い人でもないんだよ」管理人さんは必死で工場長を擁護した「よくオヤツくれるんだ」
「なるほど、オヤツくれるんなら、良い人だな」メロゴールドは簡単だ「モノくれるヤツはいいヤツだ。ゴリラもそれぐらいは知ってる」
「メロちゃんは、ゴリラ、ゴリラ、って言うけどさ」管理人さんは戸惑いがちだ「メロちゃん、ぜんぜん、ゴリラには見えないんだけど」
どうして? と、哀しみの目でメロゴールドは管理人さんを見つめた「こんなに美人で賢いのに、ゴリラに見えないなんて、ひどい」
「いや、その…、メロちゃんが、美人で賢いのはわかってるけどさ」管理人さんは言葉に詰まったが、どうにか自分の考えをメロゴールドに伝えようとした「ゴリラって、その…、あまりジーパンとか履かないじゃない?」
「え、そうかな?』メロゴールドはあまり納得できないみたいだ「コーラルとしてたゲームの中のゴリラは、ジーパン履いてるヤツ、けっこう多かったけど…」
そ、そうかな、と管理人さんもあまり自信がない。考えてみれば、管理人さんだって、そんなにゴリラを見たことがあるわけではない。動物園で数回見ただけだ。赤毛のゴリラはいなかったと思うけど。それに本人がこれだけ言うのだから、ゴリラで良いのかもしれない。
ケミコさんが、るるる、とあぜを走っていくと、寝ているトッペンに出くわした。前に進めないので、困っている。メロゴールドはケミコさんを抱え上げて、トッペンの先におろした。
「邪魔だよねぇ、この犬」杏子を食べ終えたらしいコイントスが毒づいた「まったく、はしゃぐだけ、はしゃいで、何の役にも立たないんだもの。遊び飽きたら寝てるし」
「月見台には、地上から持ち込んだもの以外には、生き物いないしね」管理人さんがトッペンを眺めながら言う「害獣でも入れば、トッペンも追い払う役には立つと思うけど」
「立つかなあ?」コイントスは不審げだ「この犬畜生は、食う、寝る、遊ぶ、以外に、できることないんじゃないかと思うんだけど」
「それで、十分さ」メロゴールドは笑う「ユータの相棒なんだ。他のことは、みんなユータがやるから」
「それにしたって、優遇されすぎだよ。この犬」
「ひいき、って、何が?」
管理人さんの言葉に、メロゴールドとコイントスは顔を見合わせる。メロゴールドはよけいなことを、という感じだし、コイントスはバツが悪そうにうつむく。二人でしばらく目配せし合っていたが…。
しょうがない。
あきらめたのか、メロゴールドが、スヤスヤと寝入るトッペンに、ちら、と目をやってから話し始めた。
「あたしら、デザイナーズチルドレンと同等の脳改造されてる、ってことになってるけど、ちょっと、それ、おかしいんだ」
「おかしい?」
「あたしはゴリラだし、コイントスはヨウム。もともと知能は高いんだが、トッペンはそうじゃない」
「ヨウムは人間のことばをしゃべる程度には賢いし」コイントスは言いながら翼を広げた「ゴリラは霊長類の中でも、人間に比すぐらいには知能が高い。でも、トッペンはねぇ。パピヨン種は犬の中では賢いほうだけど、でも、犬だしね」
「要するに何が問題なのよ」
「賢すぎる」管理人さんの問いに、メロゴールドは、もう一度、トッペンを見やった「トッペンの素体が犬なら、たとえデザイナーズチルドレンと同等の処置を受けたとしても、亜空間走路を渡り歩けるはずがないんだ」
「でも、それは、いつもユータちゃんと一緒だから」
「それでも、無理なのよ」コイントスがつぶやく「だから、トッペンは、アレシボリプライの技術以上の何かをされてる」
「誰に?」
「そりゃ、ユータのお父ちゃんだよ。技術的にはどうだか知らないけど。性格的に言ったら、できるのはあの人しかいない」
「性格的?」
「性格悪いでしょ。あの人」
「むしろ、いい性格してる、と言える」
「同じでしょ」
「ゴリラもそう思う」言ってしまってから、メロゴールドは、急に思いつめたような顔をした「そう、思う、はず、なんだよな」
「どうしたの? メロちゃん」管理人さんは、顔を曇らすメロゴールドに驚き、訊ねた。
「いや、たいしたことではない」メロゴールドは頭を振った「たいしたことじゃ、ないんだけど。何だろう? 不思議な記憶が混ざっているんだ。ゴリラなのに」
「不思議な記憶?」
ああ、とメロゴールドは、ため息をついた「どうしても、ゴリラとは、関係ない記憶がある。こんなだよ」
そして、メロゴールドは、うたいだした。
(昔、わたしが好きだったもの)
むかし、わたしがすきだったもの
きゃらぶきやねの すいみつとう
かっぱのどうを きた よろい
からになった つばめのす
でんでんでん と なる たいこ
むかし むかし むかしの わたし
(合いの手のあと)
むかし わたしがすきだったもの
ほしからさがった とおみかめ
かわせみのかわ きた けもの
かいのみたゆめ たべる よる
おとろん おとろん なく わらべ
わたし わたし わたしの むかし
管理人さんは泣き出してしまった。こころの底からわきあがるおもいが涙を流させ、とめることができなかった。
「せんせい、先生、泣かないで」
管理人さんに飛びつき、抱きしめるメロゴールド。
コイントスは、メロゴールドが管理人さんを、せんせい、と呼んだのを聞き逃さなかった。
やっぱり、セドリックは悪いヤツだ。
でも、しかたない。
セドリックは、ユータの父親なのだから。




