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雨の道を歩いて

作者: かがみ百年

 



 春になって初めて彼女に会う日がこんな天気になるなんて考えもしていなかった。


 彼女と会う約束をしたその日、外の世界は重々しい灰色で覆われていた。

 天気予報を無視し、三日前から降り続けている雨は落ち着くということを知らなかったようだ。

 昨日彼女と電話をしたとき、雨と雷の音が僕たちの会話を邪魔したことを思い出しながら出かける準備を始める。

 天気に対してここまで鋭い視線を送ったことはない。傘を持ち、開けた玄関の扉から見えた空と強く地面を打ちつける雨に僕は大きな溜息を吐いた。




 彩度の低くなった街は気分を急降下させる。

 雨に濡れたせいで垂れ下がった桜の気持ちが今ならわかる。

 道にできた避けようもない水たまりを踏むたびに、跳ね返ってくる水が自分のズボンの裾を重くした。

 不運というものとのつながりはなかなか解けないもので、なんとも悲しいことに待ち合わせ場所に向かうまでの信号全てに引っかかり、雨と水たまりはもっと僕の足を濡らした。

 視界に入る建物や自動車、道端に植えられた草木や花、すれ違う人々がみんな雨を纏っている。

 止むことを知らない雨が等間隔に降ってくる。頼んでもいないのに、雨が時間の経過を教えようとしてくれている気がした。


 どんどん重さを増していくズボンの裾が歩みを止めようとするのをなんとか振り切って、青になった信号を渡る。

 彼女も僕と同じようにこの雨の道を歩いているだろう。

 使わなくなった傘が荷物になってもいい。それでもいいから、今すぐに雨が止んで、太陽をこの世界に登場させて欲しかった。







 彼女との待ち合わせ場所まであと少し。

 またも赤になった信号で歩みを止めた僕は、重くなってしまった自分の足元を見る。

 少し擦れた靴の爪先に一筋の光。

 ゆっくりと見上げた雨の空に、小さな隙間が生まれている。徐々に広がっていくその隙間から青い空が姿を見せ始めた。

 強く打ちつけていた雨が次第に柔らかくなっていくのを差している傘の振動で感じることができる。

 止まっている足に、信号待ちでふと空を見上げる瞬間も悪くないんじゃないか?と伝えてやる。

 重くなっていたズボンの裾がどんどん軽くなっていく。

 青になったと同時に差していた傘を閉じ、光が生まれた街を進んでいく。失われていた彩度が少しずつ、少しずつこの世界に戻ってくる。


 澄んだ青が空一面を塗った。

 眩しい光が濡れた建物や自動車、地面を照らし、葉や花が風で揺れるたびに纏っている水滴をキラキラと輝かせる。

 ズボンの裾が軽やかに踏んだ水たまりから跳ね返った水でまた濡れる。

 柔らかな雨と太陽の下、待ち合わせの場所に立っている彼女が見える。

 彼女の目の前に辿り着くまでの道に、濡れた僕の靴が足跡をつけていく。




「晴れたね」


 数日ぶりに会って話す彼女の初めの言葉が天気についてなのも悪くないなと思った。

 向かいあった彼女の靴も乾き始めた地面に足跡をつけていた。

 天気はもう晴れなのに、柔らかな音のない雨が名残惜しそうにほんの少しだけまだ降っていた。

 その雨が繋がれた僕の彼女の手に落ちる。

 春になって、初めて彼女に会う日の天気が雨でもいいかなと、このとき僕はそう思った。




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