過剰適応に失敗
「罠ももう見破れるようになったなぁ。次はなんだ、この雑魚。まったく……こんな敵が出てくるなんて大したことないな。いや、俺が強くなりすぎただけか……はははっ」
一時間後。
「悪夢だ悪夢だ悪夢だ! なんであの雑魚がこんな強くなるの⁉︎ 意味分からないよ! ほんの少し前まで雑魚だったよね⁉︎」
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今日もいつものように酒場でオレンジジュースを飲みながら愚痴るアランの姿があった。
それをリリー・スコフィードは横目で見ながら、仕事の手は止めない。
「最初はさ、本当に弱い土人形だったんだよ」
「ふーん」
「僕の剣一閃。それで倒せたんだ。ウソじゃないんだよ。それで終わったと思ったんだけどね。すぐにその土人形は生き返ったんだよ」
「ふーん」
「すぐに生き返ったんだ。でも、そいつも強くはなかったんだ。実際、手に持った爆薬で吹き飛ばせたからね。でも、そいつは少しだけさっきと違ったんだよね」
「ふーん」
「刃物が効かなかったんだ」
「ふーん」
「で、また復活して、次は爆薬が効かなくなった。だから、次はハンマーで。ハンマーが効かなくなったら、格闘術や関節技や投げ技も駆使して、いろんな手段で倒していったんだけど、そのうち手段がなくなったんだよね。で、どうにか逃げ……戦略的撤退を選んだんだよね」
「負け犬」
「聞いてないと思ったら聞いていたし! 感想はそれ⁉ 簡潔すぎる罵倒だ!」
リリー・スコフィードは嘆息をする。
アランはいつものようにオレンジジュースを飲んでいる。この酒場で酒を飲んでいない客はコイツだけだ。
ちなみに、オレンジジュース以外は頼まないし、頼めない。一番安いメニューだからだ。
冒険者未満にそれ以上の金額は出せないのだろう。
客としては最低ランクだが、幼なじみなので仕方なく相手をしている。
相槌を打つだけ感謝してもらいたいものだ、とリリーは素直に思った。
「で、逃げ帰ったけど、どうするのよ」
「……どうしよう」
「リベンジ以外なくない?」
「無理だよぉー。あいつ、今超強いんだよ? しかも、強くなり続けるんだよ? こっちの対抗手段に合った対策を完璧にしてくるんだ。どうやって勝つんだよぉ」
「知らないわよ。どうしてあたしが考えなきゃならないのよ。それ、あんたが考えないとどうするのよ」
アランは、うぐぐと唸りながらジュースに逃げる。
が、貧乏なので一気にあおることはなく、チビチビとしか飲まない。
貧乏で貧乏性なのだ。
しばらくリリーが放置していると――負け犬の相手は面倒くさい――ボソリとアランは言う。決意したように。
「将来は絶対に高級オレンジジュース飲むんだ、僕は」
「いきなり何の宣言よ。キモいわね」
「目標持つくらい良いだろ!」
「この場でいきなり宣言するのもキモすぎる。キモさ百倍ね」
「目標が低いとかは言わないんだね」
「言うわけないでしょ。目標なんて人それぞれだし」
「正論だから何も言えない」
「あんたの目標が、オレンジジュースが限界だからって笑わないよ、あたしは」
「やっぱり、下に見られている気がする」
「見ないように努力しているわ」
「努力してるってことは見下してるじゃん!」
「努力を誉めないって悪徳ね」
「僕の責任ではないよね!」
「それよりオレンジジュースが何よ?」
アランは高級ね、と補足しながら説明する。
「だから、あの土人形も倒してみせるよ」
「カッコつけてて超ダサいんだけど、どうやって?」
「んー、どうしよ」
リリーはふと思ったことを何気なく訊ねる。
「そういえば、ちょっと前まで苦労していた罠はどうしたのよ。土人形ってその先に現れたの?」
「罠かー。あれはね、なんとなく癖っていうのかな、罠が発動する前に避ければ、罠は発動しないでしょ」
「なにを当たり前のことを言っているのよ。アホなの」
「その癖が掴めたからさ。普通に避けられるようになったんだよ。掴んじゃえば簡単だったよ」
「ふーん」
「あ、もしかして……!」
「何をキモイ顔して思いついているの」
「リリーありがとう! もしかしたら行けるかもしれないよ!」
アランはリリーの手をつかみ、上下にブンブン振って感謝の意を伝える。
リリーはいきなりのことで混乱する。赤面し、眼を回しながら叫ぶ。
「なにいきなりテをつかんできているのよアンタはキモイのよってかちかいちかいハナレなさいよ!」
「いきなり真っ赤になって怒らないでよ。傷つくなぁ」
「別に怒ってないわよ!」
「これが怒ってないは通用しないでしょ……」
+++
——原初の泥。
人間が最初に造られた泥から造られた始原の人形。
あらゆる進化の可能性を秘めているため、無限に攻撃に適応する。
適応するのは攻撃だけでない。
たとえば、あらゆる環境にも適応するため、溶岩の中や深海など、人類が暮らせない世界へも進出するかもしれない可能性の塊。
この泥が広がっていけば、あるいは人類を駆逐し、とって代わる存在になるかもしれない。
次の人類の可能性のひとつ。