罠で冒険失敗
「ついに、ついにスライムを倒したぞ! こんちくしょうめ! 俺はまだまだ強くなれる! これからが冒険の始まりなんだ!」
一時間後。
「死ぬ死ぬ死ぬよぉ。ど、毒に、溶解液に、なんだコレ⁉︎ 熱いし暗いし、わけが分からないよ⁉︎ もう絶対に死ぬ! 二度とこんなとこ来るもんか!」
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リリー・スコフィードの前に今日も今日とて、泣きながらオレンジジュースを飲む冒険者未満の姿があった。
少しは人目をはばかれ。
その姿でいろいろ察したリリーは優しく声をかける。
「負け犬」
「ぐは」
「ああ、あんたと比べたら犬に失礼ね、アラン。また逃げ帰ってきたの? 犬に土下座する用意はできた?」
「まずは僕の無事を喜んでくれないかな⁉ 本当に死にかけたんだからね!」
「いつもいつも大げさなの。まぁたスライムに撃退されたんでしょ、どうせ。弱いを通り越して感動的よね。でも、この逃げ足の速さのおかげで大したケガもせずに帰ってきているんだからザ・冒険者かもね」
「実は褒めてるの? ちょっとだけ辛辣だけど激励的な」
「当然。あたしはいつも励ましているでしょ」
「絶対に違う! ただただ普通に罵倒だった!」
なにが不満なのか。
リリーは面倒になったのでグラス磨きを再開する。
しばらくは静かだったアランは、少ししてから口を開いた。
「それに、スライムは倒したんだからな! 今日は違うんだよ」
「それを威張って報告するアンタが怖いわ、あたしは」
「本当に! 本当に強かったんだからな! あんなスライム、いていいわけないだろ! 倒したらなんか神々しい光が降り注いできたんだからな!」
「はいはい」
「信じてないな、ったく。でも、今回はモンスターじゃないんだよ。トラップ、罠がすさまじかったんだよぉ」
トラップ、と聞いてリリーはグラス磨きの手を休める。
「トラップがあったんだ。ふーん」
「そりゃそうでしょ。冒険者の始まりのダンジョンだもん。いろんな試練が備わっているでしょ」
「そうでもないらしいわ。トラップって結局は即死に近いでしょ」
「そうなの?」
「罠ってそういうもの。あえて非致死性のものをダンジョンに仕掛けても仕方ないでしょ。捕縛する意味はないんだから。試しのダンジョンは単独行だから行動不能=死みたいな部分もあるしね。試しのダンジョンではあまり罠がないって話を聞いたことがあるわ」
「それはつまり、この俺に冒険者としての才能があるからか……っ!」
「それはトラップを回避できたらでしょ。逃げ帰ってきたくせにどれだけ楽観的なのよ。軽いのはオツムの中身だけにしてくれない?」
「いや、でも、ほら、才能があるからダンジョンも厳しいんだろ。そう考えたら、あの激強スライムの理由も分かるしね」
「スライムはスライムでしょ。隣町のステイサムは試しのダンジョンでゴーレム出てきたらしいけど、どう思う?」
ぐう、とアランは押し黙ってしまった。それからオレンジジュースで喉を湿らせる。
しかし、スライムを倒したということは成長したのだから、おさななじみの成長をリリーは喜ぶ。
「じゃあ、これ、食べてみて」
「これは……? えーっと鳥肉の炒めもの? ちょっと見たことがないくらい赤いけど」
「ええ。スライム討伐のお祝いよ」
「まさかリリーが俺のために?」
リリーは笑顔で頷く。
アランは嬉しそうに「じゃあ、ありがたくいただくよ」とスプーンを掴んだ。
そして。
「辛い! 超辛い⁉」
「ああ、やっぱり辛いんだ。なんか南方の香辛料が入ったから試しに使ってみたけど、辛そうだったのよね」
「味見はしてないのかよ⁉」
「お祝いの気持ちは試すようなものじゃないの、そんなことも知らないの?」
「味見はそういうもんじゃねぇよ! いや、この料理のどこにお祝いの気持ちが入ってるんだよ!」
ったく、と悪態をつきながらもアランは再度スプーンを口に運んだ。
「辛いんじゃなかったの?」
「いや、超絶辛いんだけど、なんか癖になる味かも」
「あんたの癖になるような味ならお店では出せないわね」
「どういう意味だよ。でも、この味、ちょっと試しのダンジョンのトラップを思い出すよ」
「あんた、死にたいの?」
「別にケンカを売っているわけじゃないからな。その拳をおろせ!」
リリーは拳に握り込んでいた毒針をテーブルの上におろした。
アランは顔色が真っ青になっている。
「毒だよ」
「あたしの料理が毒だと?」
「だから、その針を持つな! 誤解だよ。ただね、罠が毒とか溶解液とかだったんだけどさ、危険なことはひと目で分かったんだけど、同時に、危険なことがひと目で分かることは避けられたってことだろ。この料理もひと目で辛いって分かるからちょっと思い出しただけだよ!」
「じゃあ、辛いって分かっていてどうして食べるのよ。バカなの? あんた別に辛いもの好きってわけじゃないでしょ」
「いや、リリーの料理だったら食べるよ。実際悪くない味だし。ってあれ? 顔赤いけど、大丈夫?」
「悪くない味ってなによ! おいしいって言いなさいよ!」
「怒っているだけだった⁉ 賞賛強盗っておかしいだろ! っていうか、給餌も仕事じゃねぇのかよ!」
「あたしの仕事は給仕よ!」
「どうして違いが判るんだよ!」
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――量子罠。
観測するまではその存在が不定となってしまう罠。
観測することで特定の罠に収束するが、それは言い換えると、観測=その罠にかかるまではどんな種類のトラップか確定しないため、論理的に避けることができない。
アランが見かけた罠は1㎎でクジラを動けなくする麻痺毒や1㎖で人体を完全に気化させてしまう溶解液、一国の家庭が使用する熱量に匹敵する地獄の火炎など軍隊を滅ぼすレベルのものが無数に揃っていた。