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はじめての冒険失敗

「ここから俺の冒険物語が始まるんだぜ!」


 一時間後。


「ううう、冒険者廃業だぁ。あんな目に遭うならもう僕は二度とダンジョンなんて行かないからなぁ……」


   +++


 わずか三十分だった。

 人生初のダンジョンをわずか三十分でリタイアして酒場でオレンジジュースを痛飲する少年の姿があった。


 アラン十六歳。

 まだ若い少年の早すぎる挫折だった。


 リリー・スコフィードはグラスを磨きながら少年に呆れた視線を向ける。

 この根性なしが。

 そういう意図の込められた蔑視だ。

 彼女はこのお店の看板娘というか家業を手伝った結果、ウエイトレスみたいなことをしている。

 彼女は半眼のまま嘆息交じりに告げる。


「アラン、あなた、もうあきらめるの? さすがに早すぎでしょ」

「仕方ないんだよぉ。まさか、スライムがあんなに強いなんて知らなかったんだよぉ」


 おぉいおい、と大きな声をあげてアランは泣く。

 人目もはばからない様子だが、昼間から飲んだくれている酒好きのろくでなししか今このバーにはいない。

 アランの醜態は酒の肴に相応しいかもしれないが、ろくでなしたちは嘲笑よりも酒に一所懸命で駆け出し冒険者のアランなど気にもとめていない。


 リリーはアランのことを子どもの頃から知っている。

 世界を股にかけた冒険者になると大口をたたいていた。

 一歳だけ年上の彼女は、彼のことを心から大切に思っていたので慰めてあげることにした。


「アラン、あなたがくそしょうもない奴なのは知っているわ。スライム以下のハエ野郎だということは事実かもしれない。でも、これだけ早くあきらめるのは早漏すぎるでしょ。ただでさえ短小なのに、おまけで早漏って自殺した方がマシじゃないの」

「ひどすぎないか! 少しは慰めろよ! おさななじみだろ!」


 慰めただろう、とリリーは不本意から眉根に力を込める。

 本当に罵倒してあげようかしら。


「というか、誰が短小だ誰が!」

「こぉんなサイズでしょ」

「それ、子どもの頃におふろで見たサイズだろ! 成長しているからな!」

「大体、スライムに負けるってどんだけ弱いのよ。成長曲線死んでいるんじゃない?」

「ほっといてよ! 僕だってあんなにスライムが強いって知らなかったんだから」

「スライムは見た目で弱そうに見えるけど、油断して死亡する冒険者だっているモンスターなんだからね。無知すぎて知らないかもしれないけどさ」

「分かってるよ。いや、分かっていたつもりなんだよぉ」


 ちくしょぉ、とアランはグラスを一気にあおった。うぅぅと袖で口元を拭う。

 アランは実際まだお酒が飲める年齢でもない。

 オレンジジュースでここまで酔っぱらいのようになれるのだから酒飲みとしての才能は最低か最高のどちらかだろう。


「でも、この街のダンジョンって『試しのダンジョン』でしょ? あんな一瞬であきらめたくなるほど強いモンスターがいるなんて聞いてないんだけど」

「そりゃあんたが弱すぎるだけでしょ。ざーこざーこ」

「分かってるけど、言うなってば!」


 ――試練のダンジョン。


 試しのダンジョン、最初のダンジョンなど異名は多数あるが、それは迷宮神メゼルカが初めて手がけた、最古にして最大のダンジョンだという。


 すべての始まり。

 全の一。


 そういう意味合いの広大な試練のダンジョンを中心として、この街は発展してきた歴史がある。

 この街が冒険者の聖地と呼ばれる所以だ。

 この街の奥にある森と山の中腹にある洞窟は『その冒険者に相応しいダンジョン』へと化けるのだ、という。

 その姿は千変万化。

 一人でしか挑めないので比較はできないが、ちょうど良いレベルに調整してくれるのだ。

 伝説の冒険者は試練のダンジョンで伝説の魔銃である飛竜とも遭遇したという逸話さえある。

 だが、一般的にはアランのように、スライムとかゴブリンくらいのモンスターが現れるのが普通だった。


「まぁ、あんたの器はスライムレベルよ。がんばって強くなりなさい」

「分かってるから。強くなるのはこれからだもんね」

「向いてなさ過ぎてすぐ死にそうよね、あんた。あ、そう考えると諦めの良さは美点か」

「うるさいなぁ。僕は客だぞ」


 アランはそれからもオレンジジュースで酔っぱらいのような世迷い言をほざいていた。


「ううう、まさかスライムが一秒間に三十四連撃を放ってくるなんて思わないよ。速すぎて逃げるのに手一杯だったなんてそんなスライムいるはずないじゃないかぁ」


 リリーは思う。

 スライムが速いわけがない。

 つまり、アランが遅すぎるのだ。

 本当にしょうもない弟のような少年だが、もう少しくらいは励ましてあげよう。

 かわいくてかわいくて仕方ない相手だから、優しくするのも抵抗はない。


「アラン、次がんばれば良いでしょ」

「そっか、そうだよね。うん、明日からがんばるよ!」

「明日からがんばる人間に明日はないわ。負け犬の弱虫としてうなだれて人生を送りなさい」

「持ち上げて落とすスタイル⁉ 少しは励ませよ!」


   +++


 ――スライムロード。

 一億匹に一匹だけ現れるという伝説のスライム。

 あらゆる攻撃を無効化する神秘金属(オリハルコン)めいた防御力とそのドロドロした姿からは想像もできない俊敏性を誇る。

 攻撃力も高く、一秒間に三十四連撃を繰り出し、その一撃は岩をも割る威力を誇る。

 スライムの歴史を変える救世主という予言もある。とかなんとか。

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