第6節:「凍りつく悲報」
あの日から数日が過ぎたある朝、事務所に呼び出された私たちは、言葉を失った。
誰もが薄々「もしかしたら」と感じていた最悪の知らせ――水無瀬莉音が息を引き取ったという報せ。
全員がその場で動きを止め、しばらく静寂だけが続く。
マネージャーの藤崎涼子が涙声で絞り出すように言う。
「病院から連絡があって……手を尽くしたけど、莉音は戻ってこなかったって……」
天野雪菜は「嘘……嘘……」と小さく繰り返しながら、崩れ落ちた。
篠宮ひなたは声も出せず、ただ震えている。
橘かりんは奥歯を噛みしめ、必死に泣くのをこらえていた。
その姿を見ても、現実味がまるで湧かない。
私は頭が真っ白になり、声を出すことすらできない。
ほどなくして事務所は公式声明を出すことを決め、私たちの意見を聞くこともなく、広報担当がSNSに投稿を行うことになった。
そして数十分後、スマホの通知が鳴り響く。
震える手で画面を開くと、そこには冷たい文字列が並んでいた。
ラストフレーズ公式@LF_Official
【訃報】 弊社所属の「ラストフレーズ」水無瀬莉音 につきまして、 本日未明、治療の甲斐なく永眠いたしました。 生前のご厚誼に深く感謝するとともに、 ファンの皆さま、関係者の皆さまにご報告申し上げます。
スクロールする指先が震え、涙で画面がにじんでいく。
言葉のどこにも温かみは感じられない。
「永眠」という文字だけが頭の中でぐるぐる回り、心臓を締め付ける。
公式のXには、続々とファンからのリプライが投稿される。
「嘘だよね?」「まだ信じられない」「こんな終わり方って酷すぎる……」
悲しみ、怒り、困惑――あらゆる感情が入り乱れ、タイムラインは混沌としていく。まとめサイトやファンサイトにも、瞬く間に悲報が駆け巡った。
ファンサイト「ラストフレーズ応援板」より:
@rion_love
「莉音ちゃん……あなたの笑顔に何度も救われてきたのに……ああ、苦しい…」
@idol_fan_ex
「こんな残酷な結末、受け止めきれない。犯人は誰なの? どうして彼女が……」
@heartcry
「ラストフレーズ、もうどうなっちゃうの? 莉音無しでは活動続けられないよ……」
誰もが絶望と悲しみに押し潰されそうになっている。
殺伐とした意見ばかりではなく、「莉音ちゃん、ありがとう…」「絶対に忘れない」といった感謝や祈りの言葉も続々と上がっていた。
だが、どんな言葉も彼女を救えないという事実が、ファンたちにさらなる喪失感を与えているようだった。
事務所の一室に戻ると、深い沈黙が落ちる。
篠宮ひなたはもう立っていられず、椅子に倒れこむように座り込む。
天野雪菜は涙を拭うことさえ諦め、声を殺して震えている。
橘かりんは唇を噛み、俯いたまま動かない。
私も瞳が熱く滲んでいるのがわかるが、一度泣き出せば止まらなくなる気がして、必死でこらえていた。
「こんなの……ありえない……」
小さく呟いても、誰も答えない。
誰が何を言っても、莉音はもう戻ってこない。
それが、救いようのない現実。
そんな絶望の中、私桜井未来の胸には燃えさかる怒りがあった。
どうしてこんなことになったのか。
なぜ、大好きだったステージが一瞬にして絶望の色に染まってしまったのか。
犯人の存在はもちろん、この状況を「運が悪かった」で済ませようとする大人たちにも苛立ちを覚える。
(絶対に、許さない……)
莉音の死が一つの事実となって、もう後戻りできない道へ足を踏み入れてしまった気がする。
だけど、このままでは終われない。
私が立ち止まれば、彼女がいた証すら曖昧になってしまうかもしれない――そんな焦燥感に駆られる。
こうして水無瀬莉音は私たちの前から消えてしまった。
悲しみの底に沈むメンバー、嘆きと怒りの声を上げるファン。
もう後戻りはできない。
あの笑顔を奪った犯人が、どんな理由であれ、私はすべてを暴いてみせる。
そう強く心に誓いながら、私は涙をこぼさず天井を見上げた。
まるで、その先に莉音がいるかのように――。