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地下アイドル探偵、真夏の夜の鎮魂歌  作者: さば缶
第7章: 「新たな一歩」
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第5節:「揺れるファンとメンバー」

翌日の朝、私はいつものようにスマホを手に取る。

そこには昨夜から続くSNSの嵐がありありと映し出されていた。

病院に運ばれた水無瀬莉音の容態はまだわからず、ファンは混乱の真っ只中。

事務所からも正式な発表はないまま、ただ時間だけが過ぎていく。


 そんな中、公式アカウントのXに投稿があったと通知が入り、急いで確認する。


ラストフレーズ公式@LF_Official

【お知らせ】 メンバーの水無瀬莉音に関する報道について、 現在、警察による捜査が続いております。 今後の活動につきましては、詳細が決まり次第あらためてお知らせいたします。 皆さまのご理解とご協力をお願い申し上げます。


 味気ない文面。

けれど、これが今のところ私たちにできる精一杯だというのもわかっていた。

とはいえ、ファンの不安を拭えるほどの情報量はない。

案の定、リプライ欄では様々な感情が飛び交っていた。


リプライ欄(抜粋):


@idol_koe

「こんな時に活動とか言ってる場合かよ! ちゃんと説明しろ!」


@rion_oshikko

「莉音ちゃんのためにも、ラストフレーズは解散しないでほしい…」


@lf_love

「私はこれからも応援するよ。莉音ちゃんが無事戻ってくることを信じてる」


 賛否両論、というよりは混乱と悲しみが渦巻いている。

何より、莉音の回復を願う声と、運営への疑念、さらには事件自体への怒りが入り乱れているのが痛々しいほど伝わってくる。


 事務所の一室には、私たちメンバーが集められていた。

テーブルを囲むように椅子が並べられているが、重苦しい沈黙が続く。

無理もない。

あの血を見てしまってから、まともに眠れた子なんていないだろう。


 天野雪菜は顔を伏せたまま、時折ハンカチで目元を拭っている。

涙をこらえようと必死なのが伝わってきた。

 篠宮ひなたは落ち着きを失い、椅子から立ち上がったまま「どうしてこんなことになるの?」と誰にともなく問い続けている。

 対照的に、橘かりんはやけに静かだった。

何かを考え込むように黙り込み、私たちを見守るような視線を送ってくる。

何を隠しているのか、それともただ悲しみに耐えているだけなのか――今の私にはわからない。


「ねえ、未来……この先、どうなるんだろう」


 ひなたの声は震えていた。

彼女の瞳には不安と戸惑いが混ざり合っている。

私も何も確かなことは言えなかったけれど、せめて大丈夫だと信じてほしいと思う。


「わからない。でも、私たちは絶対に負けない。莉音が戻ってくる場所を守らなきゃ」


 それが本当にできるのかと問われたら、自信はない。ただ、一歩でも進まないと、何も変わらずに終わってしまう――その恐怖だけは何よりも大きかった。


 その後、事務所スタッフが簡単な打ち合わせを終え、私たちは解散となる。

けれど、心はどこにも落ち着く場所を見つけられない。

私はふらりとステージのあるホールへ向かった。

握手会と同じ会場だが、今は照明も落とされ、人気もない。


 暗い会場に立ったまま、何も言わず静かに耳を澄ます。

けれど、昨日まで聞こえていたファンの声はもうない。

その代わり、頭の中にはまだファンのざわめきがこだましているかのようだ。

莉音の笑顔や歌声が幻のように蘇り、胸が苦しくなる。


 こみ上げる気持ちをぐっとこらえ、私はつぶやく。


「――絶対に見つける。莉音の笑顔を奪った犯人を、この手で見つけてみせる」


 たとえどんな壁があろうとも。

彼女の夢を、私たちの夢を、こんな形で終わらせるわけにはいかない。

揺れるファンの思いも、メンバーの痛みも、すべて背負ってでも前へ進む。

それがリーダーとしての責任だと思うから。


 暗いステージの中央で、私は祈るように拳を握った。

この場所でいつか、また五人で笑い合えるように。奇跡が起きることを信じながら――。

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