第4節:「警察の無力、未来の決意」
握手会の会場は一夜明けても、静まり返ったままだ。
現場検証が続いているため、スタッフや関係者以外は立ち入り禁止。
私は朝から警察の事情聴取に呼ばれ、疲労感と悔しさを抱えながら帰ってきたところだ。
「私たちが犯行時刻にいたのは物販ブースだし、あの時間帯は握手会もやっていました。大勢のファンが目撃者になるはずです。」
警察官は真剣な表情で頷きつつも、
「そうなんですけどね……逆に、みんなが“外”にいたから“控室”の動きは誰も見ていなかった。捜査が進まないんですよ」
と、申し訳なさそうに言う。
握手会中、あの場所に誰が出入りしていたのか。
確たる証言が得られず、警察も手詰まりの様子だ。
会議室で待機していると、事務所社長・沢村が苛立ちをあらわに声を荒らげた。
「早急に収束させろ。これ以上騒ぎが大きくなったら、こっちも持たない!」
マネージャーの藤崎涼子は、それに対して涙声で言う。
「こんなこと、どうして……莉音が……どうして……」
私も胸がぎゅっと締め付けられる。
彼女の泣き顔を見たら、自分も泣き出してしまいそうだった。
警察官が淡々と続ける。
「ご協力ありがとうございます。桜井未来さん、他のメンバーの方にも引き続き詳しくお話を伺わせてください。 まだ事件当時の詳細な状況が掴めていないので……」
私たちは素直に答えられることはすべて答えている。
なのに、捜査に大きな進展はないという。
控室が密室でもなければ、監視カメラもない。
物販スペースには防犯カメラがあっても、あのタイミングでは誰も控室周辺まで映っていなかった。
警察が去った後、事務所の空気は重苦しさを増すばかりだ。
沢村社長は苛立ちを隠さず、手帳を机に叩きつけた。
「警察が当てにならないなら、早く収束させる方法を考えろ。マスコミも嗅ぎつけてる。下手したら解散だぞ」
その言葉に、私は反射的に声を荒げてしまう。
「解散なんて……そんなの許さない! まだ何もわかってないのに!」
絶句する社長を横目に、涼子さんがこちらを見て小さく首を振る。
悔しそうな表情だ。
彼女だって、こんな状況を望んでいたわけじゃない。
だけど、それをどう整理すればいいのかもわからないのだろう。
気づけば、私は控室のほうを見つめていた。
(……そういえば、あの窓が少し開いていたっけ。どうしてあの時期に窓を開ける必要があったの?)
無意識に思い返す。
警察が現場を調べているときも、あまりそこは注目されていなかったように見える。些細なことでも、真相につながるかもしれない。
胸の奥に小さな疑問が生まれた。
同時に、莉音のスマホも気になって仕方ない。
事件直後、あれは確かに現場に落ちていたけれど、今は警察の手に渡っている。
でも、誰が最後に触ったかすらわからないのだ。
(もしかして、このスマホには犯人を示す何かが入っているんじゃ……?)
捜査の進展がないまま、時間だけがどんどん過ぎていく。
それでも事件を解決しなければ、莉音の苦しみも、グループの未来も、すべて宙ぶらりんのままだ。私は唇を噛みしめた。
(どうして…莉音があんな目に遭わなきゃならなかったの?)
ぎゅっと拳を握りしめる。
このまま黙っていたら、何もわからないまま終わってしまうかもしれない。
「警察が何もできないなら、私が自分で探す……」
その決意が、心の奥からこみ上げてきた。
私たちが大好きなステージを守るためにも、莉音のためにも、真実を突き止める――そうしなければ、ラストフレーズは本当の意味で崩壊してしまう。
社長とマネージャーの激しい言い争いを背に、私は深呼吸をして目を閉じる。
もう後戻りはできない。
例え周りが何と言おうと、私は絶対に犯人を突き止めてみせる――そう誓わずにいられなかった。