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地下アイドル探偵、真夏の夜の鎮魂歌  作者: さば缶
第7章: 「新たな一歩」
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第2節:「悲鳴の後に」

握手会終了のアナウンスが流れ始め、会場全体には安堵と名残惜しさが混在した空気が漂っていた。

ファンたちは物販コーナーへ移動したり、メンバーに最後の挨拶をしようとしたりしている。

私、桜井未来はメンバーそれぞれの様子を確認しながら、自分の片付けを進めていた。


 ところが、その穏やかな空気を引き裂くように――


「キャアアアアッ!!」


 女の子の悲鳴が舞台裏のほうから響き渡った。

反射的に顔を上げる。今のはスタッフの声だろうか。

会場にいたファンたちがいっせいにざわめき始め、そわそわと後ろを振り返る。

スタッフ数名が慌てて走り出し、警備員もすぐに動く。

嫌な予感が、胸の奥を冷たく締めつけた。


「何かあったの?」


 ひなたと雪菜が不安そうに顔を見合わせる。

私も何も言えず、かりんに目配せをした。かりんは小さくうなずいて、焦る気持ちを押し殺すように深呼吸をする。

そして、私は意を決して舞台裏へ走り出した。


 カーテンをくぐり、奥まった通路を突き当たると、スタッフの声が飛び交うのが聞こえる。


「救急車、早く呼んで! 早く!」

「血が……やばい、止まらない! 誰か救急箱を持ってきて!」

「警察……警察にも連絡を……」


 その光景に息を呑む。まるで映像がスローモーションで再生されているかのように感じた。

人だかりの中央に、白い衣装が見える。

私は足が震えるのをこらえながら、それでも近づかずにはいられなかった。


「莉音……?」


 口にした瞬間、頭が真っ白になる。

そこには水無瀬莉音が倒れていた。

衣装の裾が赤黒く染まり、頬は青ざめ、目を閉じたまま動かない。

私はその場で崩れ落ちそうになるのを必死にこらえた。


「莉音! しっかりして、莉音っ!」


 叫びながら駆け寄ると、スタッフの一人が「未来ちゃん、待って……危ないから!」と制止する。

けれど、止まることなんてできない。

私は懸命に莉音の肩を支え、名前を何度も呼んだ。返事はない。


「どうして……莉音が……?」


 頭の中が混乱して、何をどうすればいいのかわからなくなる。

血の匂いが鼻を突き、目の前がぐらりと揺れた。

どこから出血しているのかも、まともに把握できない。

ただ、莉音の唇がかすかに震えたような気がして、私は心臓が一気に締めつけられた。


 そのとき、後ろで誰かが「早く救急車を!」と声を張り上げ、別のスタッフが「警察にも来てもらわなきゃ……」と慌てて携帯を取り出しているのが聞こえる。

外の会場までその騒ぎが伝わったのか、ファンたちのどよめきが遠くから重苦しく聞こえてくる。何が起きたのかまったくわからない。

私は必死で莉音の顔をのぞき込みながら、かすかに動く脈拍を探した。


「莉音、お願い……目を開けて……」


 私は泣きそうな声で呼びかけるが、彼女は何の反応も示さない。

押し寄せる絶望感をどう受け止めればいいのか、混乱して息が乱れた。


 しばらくして、会場の外のほうでサイレンの音が近づいてくる。

ようやく救急隊が到着するのだろう。

スタッフがドアを開け放ち、救急隊を誘導している。

 そのとき、不意に視界の端で何かが落ちているのが見えた。

莉音のスマホだ。

それを拾い上げてみたが、画面は真っ暗で何も映っていない。

さっきまで何か気にしていたはずなのに、今はロックすら解除されていない状態だ。私は握りしめたままスマホを離せず、混乱し続ける頭で「これが何かの手がかりになるんじゃ……」と考えた。


 さらに、控室の隅には窓が少しだけ開いているのが見える。

こんな会場の裏側で、しかもまだ肌寒い時期。

わざわざ窓を開ける理由なんてあるのだろうか。

けれど、今はそんな細かいことを考える余裕もない。

救急隊が到着したことで、莉音は担架に乗せられ、バタバタと慌ただしく控室を出ていく。


 私は廊下で立ち尽くしたまま、呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった。


「……嘘でしょ、どうして……」


 思考がまとまらず、頰が熱くなるのを感じる。

涙が溢れそうになるが、ここで取り乱すわけにはいかない。

何が起きたのか、どうしてこんなことに――頭が真っ白になっていく一方で、私の心は必死にこれが現実だと訴えていた。


 会場内では警察らしき人物たちが入ってくる気配がする。

スタッフやファンは騒然とし、ロビーのほうからは心配げな声が絶えない。

私はぐったりと膝に力が入らないまま、ただ震える指先で莉音のスマホを握りしめるしかなかった。

 次に訪れるのは恐怖か、それとも絶望か――私には何一つ予測できなかった。

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