41 最後の願い
愛理はその絶望的な瞳を見つめることに耐えられず、そっと目をそらして頭を垂れた。彼女の心には鋭い痛みが走り、言葉を紡ぐことができなかった。
真一もまた、口を閉ざし、沈黙の中で深沢の話を受け止めていた。彼の表情には複雑な思いが浮かんでおり、かつて敵と見なした深沢の背負ってきた痛みに、何とも言えない気持ちが胸中に広がっていた。
「その瞬間、」深沢は拳を強く握りしめながら、怒りと痛みに満ちた声で続けた。「俺の能力が覚醒した。どこから来た力なのかなんて気にしない。ただ……ただ復讐がしたかった。」
彼の目には、かつての怒りと絶望が甦ったかのように冷たい光が宿り、その記憶に身を震わせた。「俺は固めた拳の風で、次々とあの怪物どもを殴り砕いた……だが、だから何だ?息子は死んだ。俺が何をしようと、彼を生き返らせることはできない。」
真一は深沢の苦しみの奥にある何かを感じ取りながら、低い声で問いかけた。「それで、息子のために魔王軍に協力する道を選んだというのですか?」
深沢は曇った瞳で静かにうなずき、口元に苦い笑みを浮かべた。「魔王軍には異世界への道を開く力がある。俺は彼らを助けることで、魔法陣を通じてあの世界へ行けると思った。息子の代わりに、彼の夢を叶えられるかもしれないと。」
彼の声は次第にかすれ、微かに震えていた。「だが、今となってはどうでもいい……すべてが無意味だ。俺にはもう何も構わない。」
愛理は小さく息をつき、深沢の心の奥底にある絶望を「精神感応」で感じ取った。その感情は、彼が抱えてきた言葉では形容しがたい悲しみだった。数えきれない罪を犯した彼を突き動かしたのは、亡くなった息子への深い愛と、叶えられなかった夢をどうにかして実現したいという父親としての切なる願いだった。
彼女は静かに問いかけた。「こうなることは、最初から分かっていたのですよね?」
深沢はうつむき、小さくうなずいた。「ああ、死が俺にとって唯一の救いだった。俺はただ……別の世界で死にたかったのだ。」
彼は崩れた天井の隙間からぼんやりと空を見上げた。雨粒が彼の顔を流れ落ち、涙と混じって地面へと消えていく。「息子の夢を胸に抱えながら、旅立つことができるかもしれないと……思っていた。でも……俺は失敗した。この些細な願いさえも、実現できなかったのだ。」
彼の声は風雨とともに静かに消え、彼の瞳には後悔と疲労、そしてどこか救済を求める光が揺らめいていた。
その瞬間、突然地面が激しく揺れた。先の戦いで評議会ビルの支持構造が崩れ始め、たちまち深沢の足元まで大きな亀裂が広がった。真一と愛理は思わず後ずさりしたが、深沢はこの瞬間を待っていたかのように微動だにしなかった。
「どうやらこれで終わりのようだ。」彼は静かに言った。その目には解脱と安堵の色が浮かんでいた。
突然、深沢は腰から小型の装置を取り出し、力一杯真一に向かって投げつけた。真一は反射的に手を伸ばしてそれを捕まえ、それがリアの拘束装置を外すための解除装置であることに気づいた。深沢は複雑な笑みを浮かべたまま、これが最後の願いであるかのように真一をじっと見つめた。
「彼女を連れ去って。」深沢は冷静に言った。「俺にできることはこれしかない。」
真一が反応する間もなく、地面の亀裂は急速に広がり、深沢の後ろの地面が崩れ始めた。彼の姿は揺れ動き、そして亀裂に向かってまっすぐに落ちた。真一は咄嗟に手を伸ばして引き上げようとしたが、もう遅かった。地盤の崩壊が深沢の姿を瞬時に飲み込み、瓦礫が波のように押し寄せて深沢をその中に埋めていった。
一瞬の沈黙の後、真一と愛理は複雑な感情を抱きながら廃墟の前に立っていた。手に持った解除装置は、まるで今何が起こったかを真一に思い出させるかのように冷たく硬かった。敵は倒れた。しかし、この瞬間、彼らの心は言い知れぬ感情で満たされていた。深沢の動機は決して権力や征服ではなく、父親としての最も深い愛であり、それが勝利をより重く切なくしていた。
「やりました…」愛理は疲れと安堵の表情を浮かべながら静かに言った。
「はい、やっと終わった。」真一は答えたが、その口調には喜びのかけらもなかった。深沢の計画は完全に打ち砕かれたものの、この戦いの裏にはあまりにも大きな苦しみと絶望があったことを、彼らは理解していた。
深沢の敗北によって、能力を悪用する組織の陰謀も完全に崩壊した。評議会ビルの魔法障壁装置は今も健在であり、蓮華城の防衛線は保たれている。雨上がりの空気は、まるでこの戦いが悪夢だったかのように清々しく静かで、暗雲を突き抜けた太陽が戦場跡に降り注ぎ、希望の光をもたらしていた。
「リア、大丈夫?」真一は脇に立つエルフの女性に視線を向けた。彼女はまだ拘束具でしっかりと固定されていた。目には涙があふれ、その表情には深い無力感が漂っていた。
リアは軽く首を振り、震える声でささやいた。「すべては終わった。でも、私はまだ自由になれない。この拘束装置はまだ解除されていない…。」彼女の声は悲しみと怒りに満ちており、自分の無力さに対する苛立ちが滲み出ていた。
真一はしばらく黙って彼女を見つめた後、深沢が死ぬ直前に投げつけた解除装置を取り出した。それは表面に複雑な魔法のルーンが刻まれた小さな黒い魔法装置だった。真一は短く息を吸い込み、それを素早く分析して起動させた。
「リア、心配しないで。」真一は彼女のそばに歩み寄り、彼女の手首にそっと触れながら、「これは深沢が僕に託したものだ。これで君を解放する。」と優しく言った。
装置が作動すると、リアの体を拘束していた具に沿って淡い青い光が灯り始めた。カチカチという微かな音とともに、手枷のような魔道具が徐々に緩み、その力を失っていった。数秒後、拘束具は完全に解け、リアの足元へと静かに落ちた。
リアはそこに立ち、ようやく体の重みが消え、全身が解き放たれるようにリラックスしたのを感じた。自由を取り戻したことを確かめるように、首元をそっと撫でると、涙が抑えきれず頬を伝った。
「私は…自由です…」彼女の声は信じられないほどの驚きと感動を含んで震えていた。
真一は彼女の肩にそっと手を置き、慰めるように微笑んだ。「はい、リア。全ては終わりました。ボスの陰謀はもう存在しません。だけど、未来はまだ僕たちの手の中にあります。」
リアは顔を上げ、真一と愛理を感謝の気持ちで見つめた。「ありがとう。もしあなたたちがいなかったら、どんな結果になっていたか分かりません。」
愛理はにっこりと微笑みながら一歩前に出て、リアの手を優しく握った。「私たちは仲間だよね?これからどんな困難に出会っても、一緒に立ち向かっていこう。」
疲労の色が濃い戦いの後だったが、この瞬間、三人の心には今までにない希望と決意が芽生えていた。彼らはただ蓮華城を救っただけではなく、未来の平和への強固な礎を築いたのだ。
戦いの煙が徐々に消え去り、太陽が彼らの顔を優しく照らし始めた。三人は互いに微笑み合いながら立ち尽くした。未来にはまだ多くの試練が待ち構えているだろう。しかし、力を合わせればどんな困難も必ず乗り越えられるという確信が、彼らの胸に静かに宿っていた。
嵐の後、ついに勝利の夜明けが訪れた。目の前に広がる光のように、彼らの未来は無限の可能性と希望に満ち溢れていた。




