35 深沢との対峙
遠くに評議会ビルの輪郭が徐々に現れ始めた。そのとき、突如として空に黒い雲が立ち込め、重々しく迫り来る。黒い影は巨大な獣のように建物を呑み込み、まるで嵐の前触れを告げるように、静かに不穏な空気を漂わせていた。
蓮華城評議会ビルの前に立つと、真一、愛理、リアは互いに一瞬目を交わし、ゆっくりとドアを押し開けた。中には奇妙な静けさが満ちていた。外の混乱とは対照的に、ここには戦闘の痕跡はなく、静寂は異様なまでに不気味だった。建物の奥から聞こえてきたのは、重苦しい暗闇ではなく、意外にも心地よいオペラの響きだった。
誰もいない廊下に足音が響き渡る中、オペラの音はまるで建物全体に染み込むように、次第にその音色を鮮明にしていく。
「彼はそこにいる。」
愛理は目を閉じ、「精神感応」の能力でボスの居場所を瞬時に察知した。目を開けた彼女の表情には警戒の色が濃く宿っていた。真一と目を合わせると、二人は無言でうなずき合った。これが苛烈な戦いになることを、二人ともよく理解していた。
「もっとドラマチックな登場を期待していたのだけどな。」
真一は苦笑いを浮かべたが、その笑顔の奥には緊張が隠せなかった。
「彼を軽視しないで。」
愛理は鋭い口調で彼を諫める。その顔には冷静さと強い決意が滲み出ていた。
「芸術を愛する人間なんかじゃないわ、彼の優雅さは罠かもしれない。」
リアは二人のやりとりを静かに聞きながら、複雑な表情を浮かべていた。彼女は何も言わなかったが、その胸の奥では不安が渦巻いていた。彼らを待ち受けるのは、これまでにない壮絶な対決。そしてその敵は、どんな魔獣や毒霧よりも恐ろしく、容赦のない存在であることを、リアは痛感していた。
三人は慎重に進み、異様な静けさがさらにその場の空気を張り詰めさせた。オペラの旋律は彼らの神経を逆撫でるように漂い、まるで彼らの到着を皮肉げに歓迎するかのようだった。そのメロディは古典的で荘厳ながら、どこか冷たく、人の心をかき乱す不安定さを孕んでいた。
やがて、大きな木製のドアの前で足を止めた。愛理が目で合図すると、真一がゆっくりとそのドアを押し開けた。
オペラの音色はそこで突然途切れ、瞬間的にホール全体が眩しい光に包まれる。広大な空間が明らかになり、その中心に立つ人物が目に飛び込んできた。
そこにいたのは深沢――能力を悪用する組織の頂点に立つ男。深緑色のロングウインドブレーカーを羽織った彼は、端正な顔立ちに冷たい微笑を浮かべ、どこか異様な美しさを湛えていた。その目は、まるで全てを見透かすかのように鋭く、冷酷な輝きを放っている。
彼は赤ワインのグラスを手に持ち、悠然と揺らしながら三人を見下ろすように眺めた。ワインの液体がグラスの中でゆっくりと揺れ、まるで彼の余裕を象徴するかのように不気味な音を立てていた。
「ああ、これは懐かしい再会だ。」
深沢は赤ワインを一口飲み、その冷たい声を響かせた。「ヴェルサニアやモルヴァでさえ、お前たちのような存在には敗北しないと信じていたが……どうやら少々甘く見すぎたようだな。」
愛理は深沢を鋭い目で睨み返し、口元に冷笑を浮かべた。
「自慢の部下はどこにいるの?まさか、私たちに倒されて終わったなんてことはないでしょうね。」
深沢は嘲笑を浮かべ、首をわずかに傾けた。その動作には失望の色が滲み、まるで彼らの勝利が取るに足らないものだと言わんばかりだった。
「ああ、確かに……彼らは期待外れだった。お前たちのような者に敗れるとは、実に滑稽なことだ。」
彼は赤ワイングラスを静かにテーブルに置き、その縁を指でそっとなぞる。その仕草には、全てを掌握しているという冷徹な余裕が満ちていた。そして、低い声で問いかける。
「だが、本当に勝てると思っているのか?」
その瞬間、目に見えない圧迫感がホール全体に広がった。圧倒的な力が真一と愛理を襲い、二人は一瞬のうちにその場に縛り付けられる。
真一が足元を見ると、目に見えない鎖が彼の足をがっちりと拘束していた。鎖は地面に深く沈み込み、彼をまったく動けなくしていた。
一方、愛理は素早く腰に差した銀色の銃を引き抜き、即座に反撃しようと引き金を引いた。しかし、その銃はまるで凍りついたかのように動かず、弾丸を一切発射しない。ただ冷たく沈黙を守る銃口が、彼女の焦りを嘲笑うかのようだった。
「これが……ボスの能力だ!」
愛理は歯を食いしばり、目には不安と衝撃が交錯していた。声は震えていたが、彼女の視線は深沢から離れることはなかった。
深沢は口角をわずかに上げ、その冷ややかな目は二人を冷酷に値踏みするように見つめていた。
「え?これでいいのか?」
彼の声は低く、まるで舞台上の滑稽な芝居を楽しんでいる観客のようだった。その抑揚には嘲笑と退屈が入り混じっていた。
真一は眉間に深いしわを刻み、険しい表情で能力を発動しようと試みた。彼は周囲の物質を武器に変える能力に集中し、全身の力を込めた。しかし、どれほど努力しても、周囲の物質は時間の中で凍りついたように動かず、変化の兆しすら見せなかった。その不気味な停滞感が、彼の心に冷たい汗を流させる。




