簒奪者
不意を突かれた俺の全身を、禍々しい紫の術式が背後から完全に飲み込んだ。
カチリ、と視界が紫に染まり、俺はその場に力なく崩れ落ちる。
強化された魔力による強力な拘束。
それは指一本、瞬き一つすら赦さない絶対的な呪縛だった。
「ふふ……あははははっ! 強化の腕は良くても、やっぱり付与術師なんてこの程度ね。……あぁ、でも、この溢れる魔力……やっぱり殺してしまうのは惜しいから、ねぇザック?」
その言葉にザックも「そうだなぁ」と答える。
しかし、次に続く言葉は決して希望の残されたものではなかった。
「確かにこの力は魅力的だが……とはいえ仲間になると口先だけでこの場を凌ぎ、街についてからギルドに駆け込まれない保証も無い。そんなリスクを背負い込む位なら腰のお宝だけ頂いて処理する方が確実だろう」
自らの内に生まれた力の全能感に酔いながらも、ザックはリスクを嫌いその提案をキッパリと否定する。
「そうねぇ、貴方、顔も悪くないし飼ってあげようかと思ったんだけど……ザックもああ言ってるし、悪いわねぇカインさん、諦めてちょうだい」
ナギは少し残念そうな顔をしながら、倒れ伏す俺にそっと近づいてくる。そうして屈みながら俺の顎先を手で持ち、鼻先が触れそうな距離で下卑た笑みを浮かべながら言葉を投げかけてくる。
「貴方の腰のそのマジックバッグは私達が大事に大事に使ってあげるわ。これから死ぬ人間には必要無いでしょう?」
「……そうだな、これから死ぬ人間には不要な代物だ」
俺は地面に伏した姿勢から、一切の予備動作なく跳ね起きる。
流れるような所作で腰の片手剣を抜き放ち、俺は身体のバネを使って下から跳ね上げるように刃を一閃させた。
「……えっ?」
抜き放たれた冷たい白刃が、事態を飲み込めず硬直したナギの首の肉を、静かに、かつ正確に裂いた。
ピシャリ、と湿った音が響く。
赤黒い飛沫が、白く濁った霧の中に鮮やかに飛び散った。
頸動脈をわずかに傷つけ、しかし即死はさせない絶妙な深度。
ポーションや回復魔法を掛けられれば助かるが、無理に声を出したり動いたりすれば、その度に自身の命を削り落とすことになる。
それは、長年の死線が培った、熟練者としての残酷な手加減だった。
「偽のゴールを作って油断を誘うのは有効な手だ、悪くない。……対象が相手を少しでも信頼していれば、だがな」
「あ……が、ぁ……」
ナギが自らの首を両手で強く押さえ、目を見開いたまま数歩後ずさる。
指の隙間からどくどくと命が溢れ出し、彼女は糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちへたり込む。
「ナギ! 貴様っ、何故動ける!?」
目の前で起きた出来事が心底理解出来ないという顔で、ザックは混乱の色を大いに滲ませながらこちらに剣を構え直した。
そんなザックの疑問には一切答えず、俺は刃に付着した血を軽く振り払う。その一連の動作にすら大仰に反応し、狼狽えているザックの気配がありありと見て取れる。
(余り追い込み過ぎて逃げられても面倒だな……)
そう考えた俺は、ザックの尻に火をつけるため、敢えて挑発の言葉を投げ捨てる。
「自分達で不意打ちを仕掛けたくせに、反撃を想定していないとはな。やった事はやり返されるってママに教わらなかったのか?」
「――っ、ほざけぇッ! 死ねぇカイン!」
狙い通り頭に血をのぼらせたザックが一直線に突っ込み、大剣を叩きつけてくる。
俺がその剣の軌道から身を逸らすと、ザックは振り下ろした剣を筋力に任せて跳ね上げ、俺の首筋を狙ってくる。しかし、俺はその見え見えの狙いに合わせ、手元から放った片手剣を一閃し、大剣の側面に刃を当てる。予期せぬ方向からの衝撃に剣を弾かれたザックはその顔に驚愕の色を浮かべるが、それでも尚がむしゃらに剣を振るってくる。
横薙ぎ、斬り下ろし、突き。
だが、俺は最小限の足捌きと、わずかな上半身の動きだけで、そのすべての刃を紙一重でかわしていく。
どんな強大な力も当たらなければどうということはない。
「踏み込み、剣の握り、肩の入れ方、全てお粗末だ」
そう言いながら、俺は連続で反撃の刺突を繰り出す。
「う、ぐっ……付与術師風情がぁ!」
四連続の刺突を大剣と防具でなんとか受け切ると、攻撃後の隙が生じた俺に、ザックがお返しと言わんばかりに剣を上段に振りかぶる。
しかし、ザックが隙だと思って食い付いたそれは……撒き餌だ。
俺は大剣の軌道から半歩だけ横にズレる。
空を斬ったその巨大な剣が地面に深々と突き刺さらんとする直前、相手の振り下ろす力を利用するように俺は下から刃で斬り上げた。
「あ……が、ぁっ!?」
ザックの右腕が、肘から先を綺麗に失って鮮血と共に宙を舞った。
「筋は悪く無かったが……その性根では磨きようもないか。とはいえ、二度と振るうことがない以上関係ない話だな」
俺がそう言い終えるのを待たず、ドサリと、剣を握ったままの太い腕が腐葉土の上に落ちる。
「あ、あ、あああああああ!! 腕が、俺の腕がぁぁぁ!!」
右腕を失い、激痛に顔を歪めて腐葉土の上にのたうち回る男。
俺はそこに冷徹な視線を投げかけ、淡々と、地に伏した二人に言葉を重ねる。
「さて、なぜ動けるか……だったか?逆に聞くが、道中で俺が一度でも自分にエンチャントを掛けているのを見掛けたか?」
そう告げた俺の言葉に、首筋を押さえながらへたり込んでいたナギが一瞬目を大きく見開くが、声が出せないためそれ以上の反応はない。一方でザックは片腕を失った痛みにのたうち回り、それどころではなさそうだ。
「人に聞いておいて無視とは失礼な奴らだ……まぁいい、俺は道中ずっと状態異常無効のエンチャントを掛け続けていた。即席のパーティメンバーを信用する程、俺はお人好しじゃない」
俺は会話を引き伸ばしながら、五感をエンチャントで強化して周囲の索敵を行う。
(……周囲に仲間の気配はないか……)
この二人が本当に二人組なのか確証がない。故に、もし仲間が居るならばここで誘き出したいと思ったが…少なくともこの近くに仲間はいないようだ。
増援がないことを確認し、俺は更に話を続ける。
「加えて言うとすれば、ここに来る前に見たギルドの依頼書だな。行方不明になった冒険者の捜索依頼だったが……俺が気になったのは『場所』と『人数』だよ」
『はぐれ』モンスターに襲われたのであれば近い場所で複数名の行方不明者が出るのが一般的だ。しかし、今回の行方不明者は必ず一人ずつ、しかも不自然な程に距離が離れ、さらに短いスパンで発生していた。
ともすれば、人為的なものを感じるレベルでだ。
「……とはいえそれだけでは根拠に欠ける。実際あんたらの演技は上手かったしな。演技力は中級者どころか上級者だ。会話も自然だったし、過去の冒険の思い出話も堂に入っていた。だが……どうにも気になるなることがあった」
叫び声を挙げていたザックの声も徐々に小さくなり、それに比例するように俺の話す声だけが静かな森に響く。
「まず一点。道中、俺のマジックバッグに何度も視線を送っていたな。憧れの品にお目にかかった羨望……というには少々欲望の色が強過ぎだ」
出血を少しでも防ごうと両手で傷口を押さえているナギに視線を向けると、その言葉に心当たりがあったのか悔しそうに視線を逸らす。血色の良かった顔は血を流し過ぎたのか、今は青ざめていた。
「そしてもう一つ。夜営の最中だ。俺が完全に寝入ったと思って、一瞬だけ害意を向けただろう。……あそこはまだ森の中腹だったからな、万一の事を考えて自制したんだろうが……あれを見逃す程、俺はマヌケな生き方はしていない」
今度はザックに視線を向け、それに合わせて剣を喉元に突き出す。
「……ヒッ!」
小さく悲鳴をあげるザックに俺は小さく溜息をつくと、空いている手を懐に入れ、徐に一本の小瓶――中位ポーションを取り出した。
緑色の液体が、霧の中で淡く発光している。
「さて、お前達が行方不明事件の犯人であるならば、ギルドに連行しなければならないが……二人も連れて歩くのは少々骨が折れる。別々に逃げられたり、他に仲間がいて合流されても厄介だしな」
俺はそう口にしながら、ポーションを二人に見せつけるように手の中で弄ぶ。
「という訳で、生かしておくのは一人だけだ。もう一人は死体で帰って貰う。あいにく、手持ちの中位ポーションもこれ一本しかないしな。……あぁ、死体の運び方は心配しなくて良いぞ、お前達の大好きなマジックバッグがあるからな。中に入って体験出来るんだ、良かったじゃないか――さあ、どうする?」
突き付けられた余りに残酷な選択。
その言葉に導かれる様に、先に動いたのはナギだった。
首筋を裂かれ、止まらぬ出血に顔色は青を通り越して土気色となり、目は虚ろ、意識も朦朧とし始めているようだ。それでも血まみれの手を必死に伸ばしてきた。
しかし、意外にもその震える指先は、俺が持つポーションではなく、共に罪を重ね、歩んで来たザックの方に向いていた。
出血多量で正常な判断が出来なくなっているのか、はたまた別の意図があったのか、その行動の真意は俺にははかりかねるが……。
助けて。
声にならないその懇願だけは、彼女の瞳からハッキリと読み取れた。
しかし、ザックがその手を取ることはなかった。
「……触るんじゃねぇ!な、なぁ、助けてくれ。俺を、俺だけを助けてくれ!腕が、腕が痛いんだ!その出血じゃそいつはもう助からねぇだろ!そんな女、放っておけばいい!俺を助けろ、死にたくない!!」
ザックは伸ばされたナギの血まみれの手を、まるで汚物でも見るかのように激しく振り払った。
その瞬間、ナギの瞳から僅かに残っていた光が完全に消え失せ、深い絶望の中で彼女は意識を手放した。
「お、おい、し、死んだ……のか?死んだならもういいだろ、そんな女!俺を助けろ、死にたくない!!」
その言葉を聞いた時、自分の中に底冷えするような殺意が生まれたことを自覚する。
俺にとって、仲間を軽視するその言動は、もはや合理的判断の枠を超えとても許容できるものではなかった。
俺は無言のまま、喚き散らすザックの横を通り過ぎ、意識を失ったナギの傷口にポーションを振りかけた。
ジュッという音と共に傷が塞がり、彼女の呼吸が徐々に安定していく。
「な、なんで……なんでそいつなんだよ!死んだんじゃないのかよ!」
「……お前は、自分の仲間を『そんな女』と、そう言うんだな」
俺はザックに向き返り、片手剣を無造作に構え――
一閃。
その一撃は、今日繰り出された数多の剣のなかで一番の冴えを見せ……ザックの太い首を正確に刈り取った。
ごとり、と重い音を立てて頭部が地に落ちた――その瞬間だ。
「――っ!?」
絶命したザックの首なしの胴体から、目に見えない「ナニカ」が爆発的な勢いで俺の体へと流れ込んで来る。
死にゆく男の命そのものを強引に毟り取るかのような、暴力的な衝動。
自らの根源が上書きされ、自分が自分ではなくなっていくような感覚。
その「ナニカ」は俺に一切の抵抗を許さず、プツリと途切れた意識は静かに闇の中に落ちていった。
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