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「えーーー、それではこれより、ミセル・フォルトム無力化作戦、作戦会議を始めます」
「帰って良いですか????」
成り立てことキトーが真っ先に手を上げた。もちろんアマデウスは即座にそれを却下する。「ダメ、座って」とにこりと笑った魔塔主に、けれど舌打ちはされるけれど逆らう魔法使いはいない。アマデウスはこれで結構尊敬されているのである。
「魔塔主様、あたし達ちょっと状況が飲み込めないんだけど。ええっと、何?あたし達魔塔主様に何かしたっけ。とうとう無礼は許さんとかそんな感じ?靴舐めたら許してくれる??」
「まぁまぁデア様。取り敢えず、一旦魔塔主様のお話を聞きましょう?魔塔主様にも、きっと何か事情が……」
「やだやだやだあ!!あたしまだ死にたくない!!だってまだ七百年しか生きてないのに!!」
「デア様、それを言うなら僕は百五十年ですよ」
「クラルス〜〜〜!!可哀想な子!!」
クラルスと呼ばれた金髪の魔法使いに、七百年生きた赤毛の魔女のデアがひしっと抱きついた。この二人は師弟関係にあるので、魔塔でも割と見られる光景である。一応デアもこれで伝説級の魔女であり、これまで少なくない魔術師を弟子としてとってきたが、その中で唯一魔法使いの境地に至ったのがクラルスだった。そのためデアは日頃からクラルスをとてもよく可愛がってるのだ。
「はいはい、そこの仲良しこよしは一旦静かに。私の靴は舐めなくても良いから。別に怒ってるわけでもないし」
「だとしたら魔塔主様が愉快犯の殺人鬼として目覚めたとしか思えないんだけど!!」
「デア様、しっ」
「うっ」
弟子に諌められた魔女が言葉に詰まったところで、ようやくアマデウスは「よし」と再び口を開いた。仰々しく教鞭を取り出して、黒板に向かってそれを一度軽く振る。すると黒板の上を白いチョークがいくつか滑り、みるみるうちに文字が浮かび上がった。
「それじゃあこれからミセル・フォルトム無力化作戦、もといミセル・フォルトムを無力化してその妻の亡骸奪取作戦について説明しよう」
「やっぱり帰っていいですか?」
「うん、ダメ。えーーー、この作戦を話すにあたってまず君達に話しておくべきことがいくつかある。一応他言無用でね。あっ、というか話せないようにしておいたから。詳しくはお手元の呪いの印をご覧ください」
「わかった。キトーで駄目なら私が言うわ。帰らせてくださいお願いします。せめてクラルスだけでも帰らせて!!」
「デア様、デア様僕なら大丈夫ですから」
「うん、ダメ。というか死なないからね、君達。生き残れるだけの実力があるから私も君達をここに呼んだんだし、それに死なせないし。何せ私が居るんだからさ」
「死ななくたってアンタの無茶振りは昔から碌なことにならないのよ!!」
「でもそうしないと、ぶっちゃけ世界がピンチだよ?」
「───………、」
「君達だって壊したくないだろ?この世界」
「………………………は?????」
魔塔主の研究室に集められた三人の優秀な魔法使い達は、ぽかんと口を開けたり目を見張ったり、とにかく一斉に呆気に取られた顔をした。
しかし千年を生きた魔法使いの祖であるアマデウスは、なんてことのない様子でその先を話す。
「知っての通りこの世界にはね、どうしようもなく厳密に決められた理ってものが存在している。魔法はそれを、なんて言ったら角が立たないかな……。合法、いや脱法的?ちょっとグレーゾーンな感じで理をねじ曲げることによって、本来魔術では至れない境地に至るものだ。ここまでは、まぁ魔法使いである諸君にとっては基礎的なことだろう。で、キトー」
「っ、は、はい」
「如何なる魔法使いにも、侵すことの許されない理というものが存在する。それは何か?」
「命を弄ぶことです。死者の蘇生や、生物の生成、それから一応、魂の錬成がこれに当たるとされています」
「そう。そこに手を出したが最後、グレーゾーン通り越して真っ黒ゾーン。ま、そもそも簡単に手を出せる領域ではないんだけど。とにかくもしもそんなことになれば、たちまち世界の修復機能が仕事を始めて、理を正すための抑止力が出現する。ひと言でいうと、世界が人間撲滅キャンペーンを始めるわけだね。実はね、五百年くらい前の魔王出現がそれに当たったり?」
「………はい???」
「あの時の諸悪の根源、アンタだったけどね。魔物とかドラゴンとか亜人とか、当時の影響まだ残ってるし」
「その節はお世話になりました!魔王討伐ピクニック楽しかったね!!」
「いやいや待ってください、今のことについて流石に説明を!!」
「まぁまぁ流して流して。一つ一つ説明してるほど時間に余裕があるわけでもないしね。無駄話はこの程度にしておこうよ」
「魔塔主様!!」
「はーいちゃっちゃか行くよー」
黒板の上に現れた文字と画像。ハイリ・イノセのプロフィール。
「今回ミセルは、よりにもよって異世界人である妻の蘇生を試みている。しかも、現段階で半分くらいは達成できてしまってるんだから手に負えない。異世界人の魂は、本来死後元の世界に戻っていくもの。しかしミセルは魔法によって現在ハイリの魂をこの世界に縛り付けることに成功してしまった。まぁミセルには"コレ,,がないわけだから、ミセル自身本当に成功したのかは知れないままだろうけどね」
言いながら、アマデウスは自身の虹色の虹彩を指差した。オーロラの髪と同じ、本来自然界に生きる人間には備わらない色。妖精の祝福と呼ばれるそれを、アマデウスは呪いと呼んでいる。
「待って下さい!魔塔主様、僕は魂というものを、あくまで人が死後の世界を予想するために生み出した架空の概念だと教わってきました。魔法学的には、理論を展開するために、あると仮定して考えるためのもの。それが実在したということすら信じ難いのに、まさか、繋ぎ止めるだなんて」
「魂は確かに存在するよ。でも五百年前の二の舞を踏まないようにね、その辺りは情報統制してきたんだ。……ミセルにも、そういう風に教えてきたんだけどなぁ。あの子、別に疑った様子もなかったし、多分確証がないままやらかしたんだと思う。流石にあれだけの魔法使いが髪を切り落として儀式をやったら、大抵のことは何とかなってしまうしね」
「髪をっ……!?」
「そ。今のミセルは肩ほどしかないらしいよ。つまり能力も絶賛低下中。あの子がいくら天才だからって、万全な状態の私と君達とが揃っている中で、ハイリを守り通せたりはしない。……正直な話、このままミセルを野放しにした先に待ち受けている災厄は、私にも想像が付かないんだ。相手が異世界人ってとこが何よりまずい。下手をすれば、五百年前の魔王なんて目じゃないくらいの化け物が出現するかも。そうなったら、最早あの時みたいな人工勇者では到底太刀打ちできないだろうね」
アマデウスが言葉を切れば、そこにはただ重い沈黙だけが流れる。魔塔主は表情を強張らせる魔法使い達をぐるりと見渡して息を吐くと、「そういうわけだ」と持っていた教鞭を机に置いた。
「人によっては五百年ぶり、人によっては人生初の世界救済計画をはじめるよ。あ、何度も言うようだけど、もちろん君達の命は保証するから安心してね。私もいざとなったら国の結界そっちのけで火力全開にして頑張るから!」
グッ!とサムズアップしてアマデウスが言うと、デアが「人類の至宝死んじゃうわよ!」とわっと叫んだ。
「てかアンタ、感覚派も良いところで火力調整できないから実戦拒否られてんじゃない!辺り一面荒野になったら魔塔も流石に責任取れないから、というかあたし達も軽く五年くらい五体不満足になっちゃうから、お願いだからフォローに徹して大人しくしておいて!!」