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「……………頭が痛い」
たっぷりの沈黙を溜め込んで、アマデウスはやっとそのひと言をズンと溢した。
「まさかミセルがそこまで思い詰めてたとは。死体を繋ぎ合わせて修復するだけならまだしも、埋葬もせず、防腐処理を魔法で施して一緒に暮らす?最終目的は、君の蘇生?しかもこの一ヶ月、ミセルは落ち込んでいたわけでも打ちひしがれていたわけでもなく、熱心にその研究に励んでいたって??」
『そう、そうなの!睡眠も食事も必要になったら摂るみたいな感じで、三日に一回あれば良いくらいだし、ご飯に至っては保存食丸齧りか私の家庭菜園のトマトとか食べるだけだし、何よりずっとあの状態で本しか見てないし、ペンしか持ってないし、明らかに不健全な生活をしてて……!』
「ああもう、一体何から考えれば良いのか。説教をするにしても内容が多すぎる!倫理も法律も悉く無視しているし、そもそも死んだ人間の蘇生なんて無茶苦茶だ!これまで一体何人の魔法使いがそれに挑み、身を滅ぼしたか、歴史書を執筆したこともあるくせに忘れたのか!?その上髪まで切り落とした?三百年分だぞ!?これまでのミセルの人生そのものだっていうのに!!」
魔法使いは髪に魔力を宿して込める。伸びる速さは不思議と魔法使いになれば緩やかになるので、アマデウスの千年ものの髪もせいぜい踵の下から数メートル程度だ。アマデウスはそれを魔法で何とかしているが、それはともかく。
ミセルの三百年ものの髪も、確か膝裏くらいまではゆうにあったはず。魔法使いの髪はそれだけで大変な財産になる。長い髪は魔法使いにとっては、それだけで権威を象徴できるものであり、それ以上に膨大な魔力という他に変えることの出来ないものを宿す、とにかく大切に伸ばしておくべきものなのだ。
それを、バッサリ切り落とした?今は肩に付かないくらい?ああもう全く、馬鹿なことを!
『ねえ、アマデウス、あなたならミセルのこと止められるでしょう?平手打ちくらいならしても構わないから、何ならちょっとくらい殴っても良いから、とにかくあの人のこと止めてあげて。じゃないと私、ミセルが心配で成仏できない!』
「ハイリ……」
『いくら魔法使いが簡単に死なないって言ったって、あんなの無茶だよ。このままじゃ身体より先に心が擦り切れちゃう。私は、ミセルにあんな風になって欲しくて結婚したわけじゃない』
ミセルのことが好きで、大切だったから結婚したのだと、年若いアマデウスの友人は涙のように言葉を溢した。
「……ミセルは、今も地下室に?」
『うん。多分、アマデウスが来たことには気が付いてる、とは思うんだけど……』
「ああ、うん。ここはミセルの領域でもあるからね。師を無視するなんてあの子も偉くなったものだ。恐らくミセルは、無理にでも地下から引き出そうとするか、それこそ私が君の身体にでも近付こうとしない限り現れたりはしないだろう。どうしたものか……」
文字通り頭を抱えるアマデウスに、ハイリが不安げに瞳を揺らす。アマデウスはそれに気が付くと少し苦笑して、「大丈夫だよ」と声をかけた。
「なんとかするさ。何せ私はアマデウス・アウローラだからね。私が挑んでなんとかならなかった事例は今のところ一つもない」
『ほんとう?ミセルのこと、助けてくれる?』
「助けるとも。あの子は私の愛弟子だしね。道を踏み外した弟子をどうにかしてやるのも師匠の役目だ。……最も、一度出直して、作戦を練り直す必要はあるだろうけど」
今日だけでもう何度目かもわからない重いため息。「まさかここまで拗れているとは思わなかった」と溢した言葉に、ハイリが少し縮こまって『ごめんなさい』と小さく頭を下げる。
『私も何か、ミセルに伝えられたら良かったんだけど……』
「まぁ、今の君みたいな存在を視ることができる人間は限られているからね。私を含めても片手の数で事足りる程度だろうから、こればっかりは仕方ない」
『そっか。アマデウスは、やっぱりすごいね』
「言うほどでもないさ。さて、それじゃあ私はそろそろ戻るよ。その前に、一応ミセルにも扉越しに声をかけていくけど……。今のあの子が私の言葉に応えるかってとこは、まぁあんまり期待できないなぁ。君の夫は、全く仕方のない子だね」
冗談めかしてアマデウスが言うと、ハイリはきょとんと一度まばたきをして、それからふっと小さく吹き出した。クスクスとハイリの華奢な肩が揺れる。
『本当に。あなたの弟子って、すごく仕方のない人なんだから』
屈託のない柔らかな笑顔。その目にはどうしようもないほどの優しい感情が滲んでいて、死んでもなおこんなにも愛してくれる人に出会えた弟子は、きっとどうしようもないほど幸せなのだろうと思った。
問題は、ミセルがそれを知ることはないということだ。