不思議に解決!魔女との出会い
これは魔女と私のスピリチュアル謎解きミステリー。
穏やかな日曜日の午後3時。優雅なティータイム。(だった、と私は記憶している。)
「大学が秋休みだから」と、帰省したのは一昨日のこと。のんびりと過ごす幸せなひと時。
「ねぇ、近所にみえるおばさんがいるのよ」
母の「ねぇ、」はいつも唐突に始まる。
そして、どこに着地するかは最後までわからないのだ。
「それでね、あなたの話をしておいたから、今夜行ってみない?送って行くから」
母の無茶振りには慣れているはずが、あまりの展開に一瞬どう答えて良いか分からずに変な声が出た。
「待って…え、今夜って今日の夜ってことだよね?みえるって何が?近所のおばさん?全然意味がわからない」
「まったく、あなたって昔から要領が悪いわよねぇ。いい?近所に不思議なおばさんがいて、相談にのってくれるの。その人、小さい頃からいろいろなものが視えるんだって。あなたの悩みも解決するんじゃないかしらと思って、連絡しておいたからって相談してみたら?ってこと!」
最初からそう話してほしかった…。最初のあれで伝わるわけないよね?え、近所にそんな人がいる?19年間知らずに過ごしてましたが?
それに…私に悩み事があるなんて話をした覚えはない。恐るべし、母の勘。
「で、どうするの?行くの、行かないの?19時頃行く予定だけど、ハッキリ決めて!」
本当のところ、そんな怪しいおばさんに会うより、家でのんびりしたかったけど、こういう時の母を相手にしては、私に選択肢は無い。
「行かせて頂きます!」
「行くの?じゃあ、夕ご飯早く作らなきゃ!忙しい!」
「…」
私、百瀬加奈子は平均的な家庭で育ち、平均的な公立の小中学校に通い、平均的な高校に入り、10人に8人くらいは知っている大学に通う1年生だ。
入学したばかりの頃は思いの外実家から通学する子が多いこともあり、一人暮らしの部屋の静寂に耐えられず、金曜日の授業が終わると実家の最寄り駅を目指し電車に乗り込むのがお決まりだった。母に『今日はそっちに帰ります。お迎えよろしくお願いします』とメッセージを送ることも忘れてはいけない。
そんな日々を経て、今や悠々自適の一人暮らし。と言うことにしておこう。
「こんばんはぁ。フジ子さん、百瀬ですぅ!」
視えるおばさんの家は、確かに近所だった。
門から続く長い石畳は玄関へとと繋がっている。
呼び鈴がないようで、慣れた様子で返事を待たずに玄関の引き戸を開ける母にギョッとしながらも、「はいはい、どうぞ、入ってぇ」と声の聞こえた方向に目をやる。パンチパーマ?の小柄なおばさんがガラス戸で仕切られた茶の間から顔を出した。
私は所謂『視える人』ということを全く信じていない。
母があやしい世界に傾倒しているのでは?という心配もあり、今日は偵察の目的で来たのだ。
それでも、漠然とイメージしていたものとはかけ離れたおばさんが目の前にいる。
「フジ子さん、娘の加奈子です。今日はよろしくお願いしますね。1時間くらい経ったら迎えに来ればいいしら?」
「まあまあ、こんばんわ、初めまして。そうだね…うん、今日のところは1時間くらいでいいかな。じゃ、預かるね」
「はぁい。なんだ今日は和菓子屋の若旦那さん来てないのね。残念。じゃあ、よろしくお願いします」
そう言うと母はそそくさと来た道を引き返す。
「はいよぉ。気をつけて帰りなさいねぇ。あら、もう居ないわ。いつも通り忙しない人だね。…和菓子屋の若旦那だと思ってるんだね、まぁ、その方がいいかもね」
パンチパーマ?の小柄な、歳の頃60代後半くらいの視えるおばさんは、母が去った方向を向いて何やらぶつぶつ呟いている。それから私の方へと視線を移した。
「さてさて、ようこそいらっしゃいました。さあさあ、上がって。お茶でも飲みましょう」
初対面の人の家に取り残されたことに若干の不安を感じつつも、「失礼しまぁす」と靴を脱ぎ中へ入る。
「どうぞ、座りなさい」
「失礼します」と茶の間のテーブル、おばさん向かいの席に着く。
「改めまして、秋山フジ子です。あなたの話はお母さんからよく聞いてますよ。会えるのが楽しみだったのよ」
「あ、あの…百瀬加奈子と申します。母がいつもお世話になっています。」
「…お母さんとは違ったタイプだね。あなたの時間、ゆったりしていてとても良いね。自分で閉ざしているけど良い目を持ってるし、賢い。ただ…その男はやめなさい。おまけまでついてるわ」
「えっ…」
柔らかな印象の中に、キリッとしたおばさんほ目が私を見つめる。
全てを見透かされているようで、少し怖くなった。
「うん…確かにそうよね、あやしいおばさんにみえるでしょう。パーマも強すぎるてパンチパーマみたいだし」
「えっ、いや、私はそんなっ…」
「まあ、まずはお茶でも飲んで。お菓子もどうぞ」
大学になじみ始めた春の終わり、講義でよく一緒になる男の子、田崎夏生から告白された。
正直、夏生のことはあまり知らないし、好きなタイプでもなかった。
講義の時はいつも数人の女の子に囲まれていたし、あまり関わり合いになることのないタイプの人だった。
だから、なぜ私なのだろう?という気持ちで、頭が真っ白になった。
「絶対、俺のこと好きになるから」と言う夏生に、数日考える時間をもらい、結局『そのうち好きになるかもしれないし』と、私たちは付き合い始めた。
今だに、なぜ私なのかはわからない。
春が終わり夏が来て、それなりに2人の時間を重ねて、少しずつ夏生のことも分かってきた。
夏休みにはお互いに1ヶ月半ほど帰省し、別々の時間を過ごした。これだけ長い時間会わない日が続くのは、付き合ってから初めてのことだった。ただ、
たまに連絡も取っているからか、それほど寂しさはなかった。
時々『何をしているかなぁ』と思い出すことはあった。
でも、ちょっと顔を忘れてしまうこともあった。
だから、夏休みが終わって小学生のよう日焼けして、髪型も変わった彼と再会した時には、『あれ、夏生ってこんな感じだったかな?』とまるで初めて会う人のようだった。
そして、それからの数ヶ月、体調を崩してばかりいる。
肩こり、頭痛。夜も眠りが浅いのか、身体は重く、常に憂鬱だ。食欲も無い。
「夏バテじゃないかな?あんまり気にしない方がいいぞ」と言う彼の言葉に、それもそうかと納得して、考えることをやめた。
それから、これは誰にも話していないけど…毎日のように、同じ夢を見る。
同い年くらいの女の子が道の向こうから歩いてくる。ボブのよく似合う、華奢で色白、小ぶりだけどクリッとした目が私を睨んでいる。すれ違いざまの「返して」という言葉のあたりでいつも目が覚める。
最初のいかにも『視える人』といった言葉に引いてしまった私だったけど、当のおばさんはといえば、そのあとは本当に『ただの近所のおばさん』の顔になり、おばさんの若い頃の失敗談を聞き、私も大学の様子や一人暮らしの話などをした。
気づくと1時間経とうとしていた。
1時間前まではあんなにあやしんでいたのに、そこにはとても楽しんでいる自分がいた。
すっかりお互いを「加奈ちゃん」「おばちゃん」と呼び合い、キャッキャと女子会をしてしまった。
これが信仰宗教にはまっていく人の心理なのだろうか。
「さて、もうそろそろね…加奈ちゃん、この世で1番、タチの悪いものって何だと思う?」
「タチが悪い、ですか?」
「そう、何だと思う?」
「うぅん…何だろう。…秋に来る夏バテかな?」
「ふぁっ?!…くくくっ…おもしろいことを言うわね、なるほど、夏バテね」
ひとしきり笑ったおばさんが、おもむろに立ち上がり引き出しがたくさんある戸棚へ向かった。
「どれにしましょうかね…」と言いながらいくつかの引き出しを開け閉めして、その中のひとつから何やら取り出して戻って来る。
「それでは、この世で1番タチの悪い夏バテになってしまったあなたに、このブレスレットを授けましょう」
それは透明なビニールの小袋に入った、小さな木のビーズと緑色の玉から成るブレスレットだった。
「よかったわ。最近買って行くお客さんが多くてね、一昨日まで引き出しの中が寂しかったのよ。作っておいて正解、きっとこれならあなたにピッタリよ」
「ありがとうございます…あ、あの、このブレスレットおいくらですか?私、はずかしいのですが、今日あまり持ち合わせがなくてっ」
「あら、いいのよ。おばちゃんから娘にプレゼントよ。ささ、受け取って」
「娘⁈…本当によろしいんですか?」
「あなた私に似ている部分があるね…おばちゃん、息子しかいないでしょ?ずっと娘がほしかったのよね。あなたがうちの子だったら、そんな目に遭わせないのに」
「え?…」
「あら、お迎えが来たんじゃない?残ってるお菓子、袋にいれてあげるから、毎日1つずつ食べなさいね。あと、ブレスレットは手首につけなくても大丈夫よ、ポケットやバッグの中に入れておけば十分。でも必ず持ち歩くのよ」
そう言って残りの個包装のチョコやクッキーを袋に入れて手渡してくれた。
「ありがとうござました、フジ子さぁん」と母の声が聞こえてきたのはほぼ同時だった。
その夜、楽しすぎて話疲れたからか、もしくは急に秋が本気を出して冷え込んだためか、久しぶりに夢も見ずに眠った。ふわふわして、あたたかい、とても心地よい不思議な夜だった。
目が覚めて、時計を見ると10時を過ぎていた。両親は仕事に出かけたようで、人の気配はない。
起き上がれずにボーッとしながら、昨日のブレスレットのことを思い出す。
おばちゃんからプレゼントしてもらったことを、母に伝えそびれている。これはまずい。母が帰ったらすぐに伝えなければ。
何とか起き上がることに成功した私は、1階に降りてリビングに向かう。
お腹が空いた。
昨日までの体調不良が嘘のように、今日は体も軽い。
『温めて食べてください。掃除と洗濯、よろしくね。』
お味噌汁を火にかけ、テーブルに用意された焼き魚を電子レンジで温める。
ご飯をよそい、温まった味噌汁もお椀に注ぐ。
サラダにドレッシングをかけて、電子レンジから温まりましたよ!のお知らせがくれば、メンバーは揃った。
久しぶりの空腹に腕まくりをして臨み、ご飯をおかわりしてしまったのは内緒の話。
それから掃除や洗濯に精を出し、あっという間に時計は午後2時を回っていた。
さすがにくたびれたけど、意外とお腹が空かない。朝ごはんをしっかり食べ過ぎてしまったせいだろう。
どうしようかな?と考えていると、スマホが鳴った。
画面を確認すると、夏生からのメッセージだった。
『そろそろ、俺に会いたくなった頃かな?明後日会えるの、楽しみにしてる』
明後日か…。
何だか急に帰るのが億劫になってしまった。
彼の顔、声を思い出した途端、また頭痛がしてきた。
何だか急に疲れを感じた。
体が糖分を欲している。
ふと、昨日おばちゃんから頂いたお菓子を思い出して、バッグに手を伸ばした。
「1日1個だったかな?…なんか子供みたいだなぁ。お菓子1日1個までなんて」
昨日のおばちゃんの言葉を思い出して、笑みが溢れる。
「じゃあ…これにするか」
チョコレートを手に取り、「そうだコーヒーも飲みたいな」と思い立ってコーヒーを淹れた。
暗い気持ちが晴れて、頭痛も消えた。
ソファで楽しいひとりコーヒータイムを楽しみ、テレビを眺めていると睡魔が襲って来る。
『何だか、今日は眠ってばかりだな…』
戻る日がやって来た。
今朝は早く起きて、父と母にお弁当を作った。
「お弁当ありがとうね。今日はちゃんとお昼休憩を取らなくちゃ。じゃあ、お母さん仕事に行くわね。明るいうちに、気をつけて帰るのよ」という母の言葉に、ソファに寝転びながら「はぁい」と返事をしておく。
帰る前に、もう一度おばちゃんに会ってみよう。
私は昨日の夜からそう決めていた。
電話番号も知らないから、アポも取れていないことが心配だけど、とにかく行ってみよう。
午前10時、おばちゃんの家の前に立った。
いざ来てみると、やっぱりやめておこうかな?という気持ちが湧いて来て動けなくなってしまった。
お客さんが来ていたらどうする?こんな時間に来たら失礼だったかな?と迷っていると、玄関の引き戸が開く音がして、メガネをかけた、40代前半くらいの男性が現れた。
ん?…あぁ…おふくろぉ、お客さん!予約の人じゃないか?」
「え、あの、私予約とかしていないのですがっ」
どうしよう!違う人と勘違いされてるかも!
「はいはい…、あら加奈ちゃん、待ってたよ。タイミングもバッチリだ、お入りなさい」
「えっ、えっと」
「よかった、よかった。じゃあ、俺はちょっと買い物に行って来るから」
「はいはい。じゃあ、私たち女子2名にもおみやげ待ってますよ。気をつけて行って来なさい」
「ん」
この人は誰?おふくろってことは、おばちゃんの息子さん?
それに今日はアポ無しで来てるのに、私が来ることをわかっていたってこと?
「うちの次男坊なの。小さい頃に大病を患ってね。今はあんなに丈夫で健康にみえるけど、外に働きに行かせないで、私の仕事を手伝ってもらっているのよ。そんなことより、上がってちょうだい」
「は、はい!…失礼しまぁす」
「さてさて、今日はあっちに帰ってしまうのね」
「はい…あの、先日はありがとうございました。おかげさまで、夏バテも良くなってきました。お菓子も一つずつ大切に頂いてます」
「そうね…加奈ちゃんの夏バテの原因の困ったちゃんも、少し大人しくなったかな?だいぶ辛い思いをしもんね」
「えっ?」
「次期に分かるわ。とにかくブレスレットを常に持ち歩いていてね。あ、加奈ちゃん餃子は好き?お昼ご飯に餃子を作ろうと思うから、食べてから帰りなさいな。おばちゃんが作る餃子は本当においしいんだから」
「餃子ですか?…好きです!お手伝いします!」
「あら、本当に?じゃあ、ちょっと休んでから取りかかりましょう」
夏バテの原因の?困ったちゃん?とは何か気になったものの、そのあとは楽しくておしゃべりをして、すっかり忘れていた。
ちなみに、『おばちゃんの作る餃子』には秘密があり、正確には『おばちゃんの息子が作る餃子』であった。
おばちゃんはお嬢様育ちで、花嫁修行は大嫌いだったため、結婚して初めてお米を研いだ時は、食器洗剤と泡立て器を使い、旦那さんを仰天させたそうだ。
「さすがに、今はそんなことはことはないけど、人には向き不向きがあるだろ?おばちゃんは指示を出して人を動かすのが大得意なのよ」
おばちゃんの息子さん、雅人さんの作る餃子は確かにとてもおいしくて、笑い合いながら昼食を取り、デザートに女子2人へのおみやげプリンを頂き、楽しい時間が過ぎた。
「すっかりごちそうさまになってしまい、申し訳ありません」
「良いのよ、加奈ちゃんのおかげで楽しい時間が過ごせたわ。ありがとう」
「いえいえそんなっ、こちらありがとうございます!」
「こっちに帰ってきたら、また寄りなよ。次は何作ってやろうか楽しみだ!」
「あらあら、念願の妹が出来たみたいじゃないか」
「ありがとうございます!うれしいです!お言葉に甘えて、また来ちゃうかもしれません」
「待ってますよ。あ、そうだ、これがうちの電話番号ね。それから、こっちは雅人の携帯電話の番号。おばちゃん、どうも携帯電話って相性が悪くてね。何かあったら、どちらかに電話しなさい。夜中でもおばちゃんは仕事をしているから、すぐにかけて来なさい。分かったかい?」
「…はい…ありがとうございます」
おばちゃんの優しい顔に、なぜだか涙が出そうになった。
「ブレスレットも忘れずにね」
「はい!」
そのあとは雅人さんに車で駅まで送ってもらい、電車の中でウトウトしなが、また日常へと戻って行くのであった。
今日はとても寒い。
気づけばあれから2週間が経った。
教室の窓から構内を歩く学生たちを眺めながら、そろそろ厚手の上着がほしいなぁ…なんて、ぼんやりと考えていた。
実はこちらに戻ってから、1度も夏生とは会っていない。
秋休み中、東北の実家に帰省した彼は風邪を体調を崩したらしく、『もうしばらく静養してから戻る』とのメッセージが届いたのは、秋休みが終わる3日前,
心配する気持ちが半分、ホッとする気持ちが半分。
そして昨日、『そろそろ単位も心配だから戻る』というメッセージが届いた。
それと同時に、再びあの夢を見るようになった。
あの女の子は誰なのだろう。
「加奈子ぉ!」
「ちょっとっ!声が大きいよっ」
駅前で待ち合わせをして、私を見つけた夏生が手を振りながら駆け寄って来る。
「久しぶり!いやぁ、向こうが肌寒くて風邪引いたよ」
「大変だったね」
「本当だよ…」
そのあとは近くのお店で早めの夕ご飯を摂って、彼の部屋にお邪魔した。
2人でちょっとお茶を飲みながら、帰省中の話をし合った。
「あ、そうだ!高校の卒アルを実家から持ってきたんだ。加奈、見たい?」
「うん、見せて見せて」
帰ってから荷解きしていなかった夏生のカバンから、桜模様の卒業アルバムが取り出される。
「はい、どうぞ。あ、後ろの寄せ書きは見るなよ!はずかしいからな」
「えぇ、そんなこと言われたら見たくなるけど?」
そんな会話をしながら、ページを開く。
他の学校の卒業アルバムを見る機会なんてあまりないから、何だか新鮮な気持ちだった。
「これが中学からの友達で…」とか、卒業アルバムを眺めながらいろんな話を聞いた。
あるページに差し掛かった時、私は息を飲んだ。
「えっ…」
「ん?どうした?」
そこに写っていたのは、夢に出て来るあの女の子だった。
「…なんで?」
名前は『菊田由奈』と書かれていた。
「この子…」
「え、由奈がどうしたの?」
「えっ、この子、夏生の友達なの?」
「…いや?クラスも違うし、あんまりしゃべったこともないけど?友達の友達だったかな?…あ、そうだ、こっちのページにさ、」
慌てて違うページを開く夏生に、私はこれ以上踏み込むことは出来なかった。
でも、こんな偶然があるのだろうか。
なぜ、私の夢に彼の同級生そっくりな女の子が出て来るのだろう。
『次期に分かるわ』
おばちゃんの言葉が脳裏を過る。
同時に夏休み終わりのあの日、夏生のスマホの着信画面に表示された『菊田』の文字を思い出した。
「それは絶対あやしい!」
学食でランチセットのパスタを食べながら、松岡友香は怒っていた。
「ちょっと友香、落ち着いてっ」
「ダメダメ、それは絶対あやしい!」
「確かにあやしいけど…」
何となくモヤモヤして、卒業アルバムと、夏休み終わりの着信の件を友香に話した。もちろん、夢の話は内緒だけど。
友香とはクラスが一緒のこともあり、自然と仲良くなった。ぼんやりとしている私を、時に母のように、姉のように面倒を見てくれる優しい子だ。
「とにかくさ、ちゃんと話してみなよ。このままじゃダメだと思う」
「うん…もう少し様子を見させてくれる?」
「…わかった。でも、無理しないでね?」
「はい!ありがとう」
「何かあったらまた話してね?加奈は自分の話、全然しないんだから」
「じゃあ…お言葉に甘えて、お願いがあるの!」
「よかろう、言ってみなさい」
「冬物の上着が欲しいので、一緒に選んでください!」
「めちゃくちゃ似合う、可愛いやつを選んであげよう!」
私たちは笑いながら、残りのランチを食べて、もう一コマ講義を受けてから、一緒に2駅先のショッピングモールに出かけたのだった。
「友香、ありがとうね!これで明日から冬が来ても大丈夫だねっ」
「私もちょうど、冬物がほしかったんだよねえ。それしても、楽しかったね」
「うん!すごく楽しかった!それに私、いつも同じ感じになっちゃうから、友香に見てもらって良かったよお!ありがとう」
「こちらこそだよ!」
2人で駅の階段を上りながら、何か食べて帰ろうか?と話している最中、何となく視線を感じた。
あたりを見回すけど、特にそれらしい人は見つからない。
「どした?」
友香が不思議そうに尋ねる。
「ううん…なんか見られてる気がして」
「うそっ、全然気づかなかった」
「たぶん、気のせいだと思うけどっ」
「もしかして、私のストーカーだったり?」
「えっ!ど、どうしよう⁈…わ、私が守る!こう見えてもね…」
「こう見えても?」
「こう見えても…そうだな…女子校出のパワーがある!」
「…プッ、何それ、全然わかんないっ…でもありがとう!いざとなったら、頼りにしてるよ」
自分で言っておきながら、すごくはずかしい。
友香は美人で背も高く、頭も良い。でも、全然飾らなくて、本当に良い子なのだ。
「でもさ、加奈は気をつけた方がいいよ?自覚がないようだけど、人を惹きつける魅力があるからね」
「そんなこと言ってくれるの、友香ぐらいです。でも、本当に友香が困った時は、私に言ってよね?」
「そうさせてもらいます。ありがとう。よし!じゃあ、ご飯を食べに行きますか!」
『ねぇ、返して…お願い。私には彼しかいないの。この子にだって…』
また、夢を見た。
あの女の子が出てきた。
今何時なんだろう?まだ部屋の中が暗い。
疲れって夕方にさ眠ってしまったから、まだ日付は変わっていないだれうか?
ふと起き上がろうとすると、体が動かないことに気づく。
声も出ない。
途端に恐怖心が生まれる。
ダメ、焦ってはダメ。落ち着かなきゃ。
でも体は全然動かない。そして、体の上に何かが乗っている。これが世に言う金縛りなのだろうか?
恐る恐る見える範囲を見回すと、私の上に馬乗りになる あの女の子と目が合った。
『ねぇ、返してよ…なっちゃんを返して?』
もうダメっ。こわい!
声も出ない、体も動かない、もうどうしたら良いの⁈
『お願い…返して…』
私、あなたから何も奪ってません!お願いします、もうやめてください!誰か助けて…おばちゃん!秋川のおばちゃん!助けて!!
その瞬間、金縛りが解けた。
同時に枕元のスマホが鳴った。
全身が汗でびっしょりで、今にも気を失いそうだったけど、スマホを手に取る。画面が眩しくて着信画面が見えない。
「もしもし…」
『加奈ちゃん、こんばんは』
「おばちゃん⁇」
『加奈ちゃん、大丈夫かい?』
「…おばちゃんっ…んっ…こ、こわかっ…たあっ」
『うんうん。もう返してあげなさい』
「…はいっ…」
『今度帰って来たら、また遊びにおいで。待ってるよ』
次の日、手首に付けていたブレスレットがバラバラになっていることに気がついた。
ひとつひとつの玉を拾い集めて、小物入れにしまった。
そして、『話したいことがある』とメッセージを送る。
駅前のカフェで夏生を待つ。
どうやって話そうか、たくさん考えてた。
緊張で落ち着かない。
早く来てほしいような、来ないでほしいような。
思えば、こんな気持ちで夏生を待つのは初めだ。
夏生とは付き合っているけど、ドキドキしたり、ふとした時に胸が苦しくなることはなかった。
やきもちを妬いたり、不安になることもなるくて、穏やかな日々だった。
始まりより今の方が彼を好きだと思う。
大人になると、こんな風に恋愛をするんだとさえ感じていた。
彼と時間が終わるんだ。
もう友達には戻れない。
でも、寂しくはない。強がりではない。
そして、説明は出来ないけど確信している。
きっと全ては…
「加奈、お待たせ!いやぁ、寒かったわあ」
あれから2ヶ月。
私は冬休みを迎えて、実家に帰省している。
今日は秋川のおばちゃんのお家で開かれる忘年会にお呼ばれしている。ちょっと早めに来て、料理などのお手伝いをしながらのおしゃべりが楽しい。
「加奈ちゃん、預かったブレスレット、直しておいたよ。今回あれが加奈ちゃんを守ってくれて本当に良かった」
「ありがとうございます!バラバラになったのを見つけた時は本当にびっくりしたよ」
「それにしても、加奈ちゃんの夏バテが治ってよかったわ」
「もう、おばちゃんっ!あの時は本当に夏バテだと思ってたんだもん…」
あの日、夏生と別れ話をした日、全てを話してくれた。
夏生には高校時代、付き合っていた彼女がいた。
2人が高校1年生の頃、夏生のことが大好きなで何度も告白してくれた彼女に根負けして、2人の関係は始まったそうだら。
天真爛漫でやきもち妬き、表情がコロコロと変わる可愛い彼女を好きになるのに、そう時間はかからないかった。
3年生になった夏、転機が起きた。
彼女のお腹には小さな命が宿った。
夏生は戸惑った。でも彼女は産みたいと言った。
彼女のことが好きだし、守りたかった夏生は決意した。
『結婚して、幸せになろう!』
しかし、それを知った彼女の両親は激怒した。
大切な娘には、もっとたくさんの世界を見て、経験をさせてあげたい。もっと幸せになれる道を選んでほしかった。
結局、赤ちゃんも諦めるしかなかった。
そして、彼女は夏生に会うことを拒むようになり、2人は別れることになった。
夏生は大学進学を理由に地元を離れた。
『だからさ、実は夏休みは地元には帰らないで、ずっとこっちで過ごしてたんだよ。プールの監視員のバイト漬けのヒヒだったよ』
このまま、自分は大学生活を送り、こっちで就職するのだろう。夏生そう思っていた。
変化があったのは秋休み前のこと。
地元の友達から連絡があった。
『由奈がさ、大学休んでるらし。あいつ、あの後こっちの短大に入学して、しばらくは頑張ってたみたいなんだけど、夏休み明けは来なくなったって聞いてさ。お前に言ってもとは思うんだけどさ…一度こっちに帰ってこねぇ?』
正直気乗りしなかった。
今でも彼女のことは特別に想ってる。
それでも、もう自分たちはやり直せないし、思い出すだけで辛いこともたくさんあった。
でも、由奈をそんな風にしてしまった原因にも心当たりがあった。
それは、大学に入ってから出来た友達の誘いで始めたSNS。
そこに載せた、夕暮れ時に河川敷を歩く私の後ろ姿。
誰でも閲覧できる設定になっていた夏生のSNSを、おそらく彼女は見てしまったのだろう。
「それでさ、俺、結局由奈に会いに行ったんだ」
「うん」
「それで、たくさん話をしたんだ」
「うん」
「加奈、ごめん。俺さやっぱり…」
「いいよ。夏生と過ごした時間はすごく楽しかった。夏生という人間が好きだった。ありがとう。由奈さんを支えてあげてね。きっとうまく行くよ」
結局、夏生は大学をやめて地元に戻った。
実家の家業を継ぐために頑張ると話していた。
「それで、加奈ちゃんはこの世で1番タチが悪いものは分かったかい?」
「…人の気持ち…かな?」
「そうだね。想いは気づかないうちに人を苦しめ、自分を縛り付けてしまう。人を羨む気持ち、妬む気持ちは誰もが持っていて、コントロールすることが難しい。時に自分でも意識していないところで膨らんで、それが今回のように生き霊となってやってくる」
「おばちゃんには最初から視えてたの?」
「加奈ちゃんの話を聞いた時から視えてましたよ。とは言っても、今回は相手のお嬢ちゃんも自分が生き霊を飛ばしているなんて気づいていないから、あちらさんも相当心身ともに苦しんだんじゃないかしら?」
会う前から視えていたなんて、本当に恐ろしい。
「おばちゃん、今回は本当にありがとうございました!おばちゃんのおかげで、楽しい年末を迎えられそうです!」
「あらあら、かわいい娘のためだもの!さてさて、今日は加奈ちゃんの幸せを願ってパーッとやりましょ!素敵なゲストも読んであるからね!」
「こんばんわぁ!」
「あら、来たんじゃない?はぉい!」
今年はいろいろなことがあった。
大学生になって、たくさんの人と出会った。
初めて金縛りにも遭ったし、生き霊というものがこの世に本当にあることも身を以って体験した。
別れもあったけど、今は魔女のような不思議なおばちゃんと出会えたことがとても大きな出来事だと思う。
来年はどんな年になるだろう。
これから魔女と私の不思議な日々が続いてゆくのだけれど、それはまた別の話。
「加奈ちゃん、イケメンが来ましたよぉ」