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ユタカ訪問

● ユタカ訪問

 約束の日程どおり、本木一也がユタカ・インダストリーにやってきた。本社の玄関に黒塗りの米国GM製の高級車キャデラックが横づけされ、中年の男が降り立った。真っ白のスーツを着て、手には大きなボストンバッグを持っていた。見たところ、年は50代後半で少し白髪まじり、中肉中背の体格の紳士で、とても反社と関係があるようには見えない。ただ、白のスーツとキャデラックは、この町ではなかなか見かけない光景だ。

 本木は受付で名乗ると秘書の女性に2階の応接室に通された。少しして、社長の豊雅年と秘書室長の柳田が入ってきた。豊社長が「遠路はるばる、よくお越しくださいました。私が社長の豊です。」と名刺を差し出した。柳田もこれに続いて名刺を差し出した。本木が「私は大阪で不動産業をしている日本土地の本木一也といいます。興味があって当社の株を集めています。」と不敵な笑みを浮かべながら抱えていたボストンバッグを机の上に置いた。豊社長が本木が差し出した名刺を見て、「豊中からいらっしゃったんですか。まだ寒い中申し訳ないです。」と言うと「いや、車できたので寒くないですよ。」と本木が言う。豊に促されて着席するやいなや、本木は置いてある灰皿を見てタバコをくわえた。「当社に興味を持っていただいたそうで、どのような点に興味をお持ちですか。」と豊が差しさわりのない点を聞く。主幹事証券のノムラからの報告で、反社と関係のある仕手筋の親分であるとの情報を得ていたので豊も初めは緊張していた。本木が「そうですね。御社が天下のユタカ自動車の本家であり、筆頭株主であるからですよ。株価は今3,000円くらいですが、もっともっと上がると信じて買い続けています。」と不敵に豊に圧力をかけながら答える。ヘビースモーカーの豊もタバコを吸い始めた。緊張がややほぐれた。本木一也は机の上に置いたボストンバッグをあけて豊社長に中を見せた。「ここに私が持っている当社の株券全てをお持ちしました。私の言っていることが本当だと信じてもらうために。」 

 この時代、日本の上場株式も、まだ株券と言う紙に所有者である株主名、その株数などが記載され流通する有価証券であった。この為、株主の変更には名義書き換えが必要であり、上場会社は信託銀行を名義書換代理人に定め、株券の名義書換事務を行わせていた。もちろん、自社で行うことも可能なのだが。このあと2009年始めに、紙に印刷されたすべての上場株券が廃止となり、証券保管振替機構(「ほふり」と呼ばれた。)と証券会社などの金融機関の口座で株券を電子的に管理することになる。これにより、株券の保管と受渡しを簡易化・円滑化することができ、手元で保管することによる紛失や盗難などのリスクもなくなるというメリットがあった。株券電子化と言われる大改革だ。今では、誰も上場会社の株券を持ち歩くことはない。

 

 豊社長がバッグの中を見て、「何株くらいあるんでしょうか?」と尋ねると、本木一也は「電話でお話したように、500万株くらいありますよ。毎日買っているのでそのうちに2,000万株くらいまで行くと思います。」とぶっきらぼうに言って豊社長にまた圧力をかけた。豊は頭の中で計算した。この時のユタカ・インダストリーの発行済株式数が2億6,000万株だから、彼の言う通りだとすると、すでに2%は持たれている。2,000万株まで買い進められると7.7%に達する。これは東海BK、三和BK、三井BKというメインバンクを抜いて、筆頭のユタカ自動車の次に躍り出る数字だ。今のままの2%でも第5位だと思った。

 この日の本木一也の狙いは達成された。一つは社長に面会し直接の人間関係を構築すること。もう一つは彼に株券を見せて、おれはこんなに大量の株を持っていると驚かせ、更に買い増しして第2位までの大株主になると宣言し、存在を示すことだった。ともに目的は十分達成されたので長居は無用、帰ろうと思った。

 しばらく世間話をして、本木が提案した。「私は自動車工場を見たことがないので次の機会にはぜひ見学させてください。」断るわけにもいかないので豊は「興味が御有りならまた来てください。自動車組立工場なら隣の大府市に大草工場があり、ユタカの小型車やバンを生産しています。」と丁重に受け答えた。「それでは工場見学の日程は柳田さんと調整させていただきます。」と本木が答えた。30分余りの短い会談だった。玄関まで柳田が見送ると黒のキャデラックが待っていた。本木が自ら乗り込み、キャデラックは遠くに姿を消していった。

 面会を終えて、豊社長は谷川と柳田に指示を出した。谷川には名刺にある日本土地についてもっと調べるようにと。また、柳田にはできるだけ早く、明日にでもユタカ自動車の豊英一郎社長に面会したいのでアポをとるようにと。実は、豊雅年と豊英一郎は兄弟なのだ。英一郎が兄で雅年が弟。年は一回りも違う。雅年社長はこの時、本件を一刻も早く、兄に報告しなければならないと思った。彼の一生でこんな体験ははじめてなのだ。どうしたらよいか、直接兄に相談したいと考えた。


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