父への報告
● 父への報告
近隣の池田市の丘陵に父と母が眠っている。吉田二郎は墓前で誓った。「お父さん、持っている米国株式すべてを売って現金に換えたよ。円安でますます大きくなった。お父さんが残してくれた資産が20倍になったんだ。これで正々堂々と仇をとってやる。お父さんとは違うやり方でね。」と手を合わせて墓前に報告した。
事務所に帰ると二郎は真面目な顔で佐藤玲子に言った。「玲子、ネット証券に口座を作ってくれ。できるだけ数は多い方がいい。会社を3社作ったので、この名義の口座だ。」と言って、メモを渡した。株式会社テスラン、三星電池株式会社、BYDジャパン株式会社と書いてあった。代表者はいずれの会社も佐藤玲子としてあった。
「口座ができたらこの3つの会社で各口座に5,000万ずつ入金してくれ。これから儲けるから玲子には好きなものを買ってやる。」「わー、嬉しいわ。何がいいかしら。」と玲子が甘えた声で答える。実は玲子、吉田不動産にやってくる前は証券会社で働いており、その内情に詳しい。「ねえ、二郎。ネット証券会社は今や星の数くらいあるけど、どこでもいいの。」「どこでもいいよ。玲子に任せる。」と二郎は言ったがもう一度考え直して、「そうだな。保有した株を担保に融資してくれるところがいいな。できるだけ、たくさん貸してくれるところがいいよ。」「それじゃ、私、調べておくわ。明日の夕方まででいい?でも私の経験からどこの証券会社でも預かっている株の時価に対して、50%から60%くらいは貸してれくれると思うわ。大口顧客ならもっと貸してくれるかもね。なにせ日本は日銀がずーっと金融緩和を続けているから金余り状態だわ。政府の借金が1,000兆円を超えているから金融緩和をやめることはできないと思うの。海外がインフレ対策で盛んに利上げしているのと正反対ね。」流石、元証券レディだ。経済のことをよく知っていると二郎は感心した。
優秀な元証券レディの玲子が調べた上で口座を開設した。吉田二郎が作ったペーパーカンパニー3社の名前の口座をSB証券、ABC証券、水谷証券、松原証券、はやぶさ證券、楽市證券、光証券、フジ証券、さくら證券、タイガー証券の10社に開設した。父本木一也は光世界証券ひと筋で、この証券会社を使って仕手戦を行った。二郎はその欠点に気づいていた。同じ証券会社ばかりから買い続けると、買い占めが進んだ時点でターゲット会社に気づかれてしまう。せっかく密かにやっているのに、こちらの正体がばれてしまっては元も子もない。俺はそんなヘマはしない。ずーっと水面下で買い続けるのだ。たくさんの証券会社から買い口を分散して買い続ければ、なかなかバレない。父の時代は現物の時代でネット証券などなかったから、やむを得なかったのだ。それにネット証券は手数料競争が激しく、最近では手数料ゼロのところも多いので、投資家にとってありがたい。
ただ、注意しなければならないのは、買付者が5%を超えないようにすることだ。この30年の間に、株取引に5%ルールという規制ができた。二郎は今度の挑戦のために証券に関する法律を勉強してきた。これ熟知し、とことん利用することにしていた。
5%ルールとは、「ある上場会社の発行済株式総数の5%を超えて実質的にその株式を取得した者は、原則として、取得日から5日以内に内閣総理大臣等に対して大量保有報告書等を提出しなければならない。また、大量保有報告書を提出した者は、その保有割合が1%以上変動した場合にも、同様に変更報告書を提出しなければならない」ことを定めるものである。この制度は1990年に導入された。市場の公平性・透明性を高め、投資家保護を一層徹底する観点から、株券等の大量の取得、保有、放出に関する情報を迅速に、公平に一般投資家に開示することを目的とする。
結局、10のネット証券に3つの会社名義で口座を作ったので、その数30だ。これだけあれば当面は十分と思った。玲子が喜んで言ってきた。「二郎、口座をつくったら、さくら証券は、お礼のあいさつに来たいと言ってきたわ。対面をいやがるネット証券なのに変ね。」「あそこは大手銀行系だからと思うよ。きっと銀行取引もしたいんだよ。めんどくさいから断っておいてくれ。」「そうするわ。それに、楽市証券と松原証券、ABC証券なんかは、お礼の品を送ると言ってきたわ。」「5,000万程度はネット証券にとっては大口顧客なんだろう。お礼の品をもらうだけならもらっておけよ。」「そうね。」