2代目北浜の風雲児の誕生
●2代目北浜の風雲児の誕生
大阪・豊中市内のあるビルに吉田不動産という表札をかかげた小さな会社がある。吉田二郎(別名、故あって本木二郎ともいう。)はその社長。事務員の佐藤玲子と2人だけの小さな会社だ。そんなわけでこの会社、外部からは細々と営業している小さな個人経営の不動産屋にしか見えない。社長の二郎と事務員の玲子は内縁関係で、もう長く近くのマンションに一緒に暮らしている。
ある日のこと、二郎がデスクに座ったまま、傍らでテキパキとパソコンで書類を作成している玲子に向かって、「不動産リストを持ってきてくれないか。」と声を掛けた。玲子は「はーい」と言ってキャビネットからファイルを取り出してそれを二郎に手渡した。二郎は、素直に自分の言うことに従ってくれる玲子が大好きなのだ。二郎はリストを見てニンマリしている。リストに載っている物件はこの辺界隈の土地、建物で、更地のほか、商業ビル、オフィス、賃貸マンションなどその数、50件ほどだ。時価で50億円といったところか。会社は儲かっていないので、ほとんど法人税を納めていない。大阪は日本経済の失われた30年そのままを反映している。大阪の不動産価格は、ミナミやキタの一部の都心部で再開発されたところを除いて、さして値上りしていない。不動産デフレが続いている。
二郎は若いころから、とっくに本業の不動産業はもうからないと悟っていた。父親がヤミで残してくれた若干の不動産があったのと父からの遺言があったので、仕方なく不動産屋をやっていた。父から継承したのはマネーロンダリングならぬ、不動産ロンダリングだ。二郎はロンダリング後の全ての不動産を担保にして、米国株へ投資を続けてきた。苦節30年、初めはウインドウズブームの頃にマイクロソフトを手掛け、その後、アップル、アマゾン、スターバックスへと投資を拡大していった。これらが全て成功し、今ではEVのテスラにも投資している。父、本木一也が残した遺産を30年で20倍(1,000億)に増やした。二郎の投資哲学は日本株でなく、すべて米国株に集中投資するという一極集中型だった。米国バークシャー・ハザウェイを率いる著名な投資家ウォーレン・バフェット氏と同じ手法を30年間続けた結果が20倍なのだ。彼にはバフェット氏と同様の才覚がある。
バブル崩壊後、日本経済が立ち直るのに30年を要した。失われた20年とも30年とも言われる。終身雇用だった昭和から平成・令和へと時代が下って転職の時代、今や企業にとって人的資本への投入が欠かせない。昨今、大企業はジョブ型へ人事制度を移行させている。背景には急速な少子高齢化による人手不足といった労働事情の変化がある。スキルの高い者には高報酬で報いなければ、優秀な人材はどんどん海外に転出し、外資系企業にとられてしまう。中央政府も同じだ。国家公務員は安い給与に我慢を重ねてきた。閣僚らの国会答弁案を作成するために議員さん対応が必須で、結果、ブラック企業並みの労働環境だ。おまけに今や天下りもできなくなってしまった。堅固だった日本の官僚システムが遂に崩壊し始めた。こうした中、30年ぶりの賃上げ率の高さや日経平均株価の33年ぶりの高値更新など、明るい兆しがようやく見えてきた。1990年代から2020年まで続いた長い平成デフレも皆が待ち望む最終段階になり、これでやっと着地できるのだろうか。
吉田二郎は玲子から受け取った自社の不動産リストを見て、所有の不動産価値は当時とさしたる変化はない、思った通り不動産はダメだ、と思った。しかし、プラスで買い続けた大量の米国株を保有している。あれから30年、自分も父一也と同じ年頃となった。いよいよ軍資金が溜まり、その時がやって来たと思ってほほ笑んだ。ユタカ・インダストリー株への3回目の買い占めを仕掛ける時がやってきた。非業の死を遂げた先代の父、本木一也の仇をとるという復讐劇を思い描くと、笑みがとまらない。
横にいる佐藤玲子が「いやーね。二郎。何を笑っているの。何かいいことでもあったの。」と甘えた声で聞いてきた。「長年の夢が叶いそうなのでついつい嬉しくなったのだよ。」「長年の夢って?なあに。世界一周旅行にでも連れて行ってくれるの。」「そうだな。そんなの簡単だよ。それは玲子の夢だろう。そんな夢ならいつでも叶えてやるよ。」と玲子を見つめて言った。しばらくして、亡き父と母の顔が浮かんだ。きっと仇をとる。父は最後の仕手戦で失敗し自ら命を絶った。バブルがはじけたときが終わりのときだった。自分は父とは違い、異色のアクティビストとしてこれから活動を開始する。父の活躍した時代と違って、今は暴力団対策法が整い、取引先に反社会的勢力と関係が疑われる人物がいないかを調べる「反社チェック」のITツールまで普及している。ゴルフ場ではチェックインの時、入場票に反社でないことにサインさせられる。企業間の契約書では反社条項が設けられ、反社であることがわかると直ちに契約解除される。今や反社行為は禁物だ。自分はあくまでも合法的に行動し、絶対に失敗しない、と二郎は心に刻んだ。