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ヘブンアンドアース~天使と人間、異種間の恋愛譚~  作者: 村右衛門
第一章 決行日
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Ⅴ 天使は星空下で。

 イムシスは既に帰って行ってしまった。既に日は暮れ、外は闇に包まれている。ラミリルは家の屋根の上に寝ころびながら、暗い大空を見上げていた。


 この虚無の中に自らの身体を投げ出して、もうすべてを忘れてしまいたい、という甘い誘惑に負けてしまいそうになる。


 天使は死ぬことはなくとも、この高さから落ちれば気絶くらいはするだろう。


 ラミリルは暗い空を見上げながら、色の変わらない息を吐きだす。



「作戦の決行日は、一週間後。」


 ネガティブになっていく思考を払拭しようと、ラミリルはイムシスと相談して決めた作戦の決行日を反芻する。こうでもしないと、今の振れ幅の大きい高揚感が収まりそうになかった。


 十日前から、ずっと悔しさと後悔で自らの心は押し潰されそうだった。そんな中、初めて希望の光が見え、その光へと確かに歩みを進めていることを実感するとどうしても高揚してしまった。


 だが、同時に希望を得る前の闇を思い出すことも多いのだ。


 作戦について、何度も思い出して反芻しておきたかった。けれど、無意識に動きかけた自分の唇をラミリルは意識的に閉じた。



「あれ、キミエル。夜にどこに行こうとしてるの?」


 ラミリルの視線の先には、月の光を真正面から受け、後ろからは星の淡い光を浴びる天使がいた。その顔は明るい月の光の逆光で白く光り、表情が読み取れなかった。


「お前も似たようなもんだろ、ラミリル。お前はなんだ? いなくなった彼女の姿を見ようと星空観賞か?」


 口を開けば刺々しい揶揄いの言葉か、とラミリルは溜息をこぼす。しかし、キミエルがいつも通りで安心している自分もいることにも気づいていた。


 キミエルはラミリルにとっての親友だった。子供、というか生まれてすぐのころから常に共にいて、自分に交際の相手が出来たときにも、一切反対せずに応援してくれた。ラミリルが心を許せると感じている、数少ない天使だ。


「それで、一個聞きたいんだが、さっき言ってた『決行日』ってなんのだ?」

 キミエルの表情が真剣な表情になる。ラミリルは少し躊躇した。親友だからと言って、今回のことに巻き込んでいいものか、と。

 イムシスは何故かは分からないが自ら志願してきた。計画の立案も彼女だ。だから、協力を求めた。しかし、キミエルは別だ。自ら願ってもいないのに、今回のことを教えていいものか、ラミリルは悩んだ。


「なんだ、俺は『決行日』ってのが何のでも止めやしない。お前が自殺するっていうんなら流石に止めるけどな」

 キミエルは徹して揶揄うような口調を崩さなかった。けれど、その表情は真剣で、単純に揶揄っているわけではない、ということが分かった。


「僕たちは人間じゃないんだから、自分の命さえ奪うことは出来ないんだ。自殺なんて出来ないよ」

 ラミリルは冷静に、キミエルの揶揄いの間違いを指摘する。いや、ラミリルはしたつもりだった。


「ラミリル、お前が彼女といちゃつくのに必死になってメディアに手を付けてなかったのは知ってる。んで、今は彼女を失って傷心中ってこともな。けどな、天使情勢も知っといた方がいいぞ」


 間違いを指摘されたはずのキミエルは、反対にラミリルに指摘する。キミエルは大袈裟に肩をすくめ、首を左右に振った。


「何を急に……」

 ラミリルは馬鹿にされたように感じ、少々苛立つ。自分が間違っていることを棚に上げて、話をどうにか逸らそうとしているのか。ラミリルは溜息をついた。


「天使に寿命がなかったのは少し前までだ。至極最近だが、寿命で老死した天使が初めて確認された。天使政府は公式に、天使に寿命があることを公表したんだぞ。天使は人間に近づいてるんだ」


 ラミリルは、絶句する。同時に、『人間の平均寿命』『九百年の寿命』の文字が頭を掠める。ラミリルは見た目こそ若く見えるが、実際には九百年近く生きている天使である。


 人間に近づいているのであれば、そろそろ寿命を迎えてもおかしくはない。今まで、天使であるがゆえに感じなかった『死』に対する恐怖を、ラミリルは初めて感じた。


 これが、『死の恐怖』か、と。不思議な浮遊感を感じながら、ラミリルは考える。天使である限り、いつまでも知ることのないはずだったこの感情を、今初めて感じたのだ。


 イムシスと立てた計画が無意味に終わるかもしれない。そう思うと、ラミリルの平衡感覚が失われるようだった。



「おい、ラミリル! 大丈夫か? 安心しろって、天使の寿命が訪れてるのは今んとこ初代の天使だけだ。その子孫の俺らにまで来てるわけじゃない」


 ラミリルの血の気が引いた表情を見て、キミエルが驚き、安心させようと声をかける。


「そうか、なら……良かった……」


 ラミリルは血の色の戻っていない顔で無理やり笑顔を作ると、乾いた笑みをこぼした。現時点では自分に寿命という限界点が迫ることはなさそうだが、いつそれが急襲するか分かったものでない。不安を取り除くことは不可能だった。


「で、さっきの話だけど、『決行日』って何なんだよ」


 キミエルは天使の寿命の話をし始めてそれてしまっていた話題を元の軌道に戻す。ラミリルにとっては悩みの種がもう一度蒔かれたかのようだった。


「さっきも言ったけどな、俺はお前が何をしようとしてるとしても止めやしない。反対はしないし、場合によっては協力もする。俺たちの仲だろ? 話してくれよ」


 どうしても「決行日」が何のことなのかを知りたいのか、キミエルは説得するように言葉を並べ立てる。


 ラミリルは、どうしようかと、もう一度悩んだ。キミエルが作戦について口外すると思っているわけじゃない。その点についてはどの天使よりも信用できると考えていた。だからこそだ。キミエルを今回のことに巻き込んでいいものかと、思いつめる。


 キミエルは協力してくれるだろう。けれど、そうなれば天使政府はラミリルだけでなく、キミエルのことも叛逆者として摘発しようとする。キミエルは信用できる親友だからこそ、巻き込みたいとは思えなかった。


「まあいいさ。話したくないんならわざわざ聞き出さない。けど、思いつめて壊れるより先に俺に話しに来いよ」


 キミエルは諦念を表情に出しながら、小さく溜息をつく。


「ごめん、けど、今はまだ話せない。まあ、また話す時が来ると思うから、その時はよろしく」

 ラミリルは心底申し訳なさそうにそう告げる。キミエルが自分の心境を察して手を引いてくれて良かった、と安堵もしていた。


「じゃ、俺はそろそろ散歩に戻るから、またな」


 キミエルは終始、自分が散歩に来た、という設定を貫いた。


 自分に向けて振られた右手に、ラミリルは同じく手を振り返す。


 屋根の上を歩き、時に屋根と屋根を飛び越えるキミエルの背中はすぐに遠く小さくなっていった。凄い運動神経だな、とラミリルは感嘆の溜息をつく。


 自分で下した判断だというのに、心にわだかまりが残るようで、ラミリルは居心地が悪く感じた。

 

 やはり、キミエルには話しておいた方がいいんじゃないか。今になってからそんな考えが頭の中に生じて、ラミリルの悩みの種に水を注いだ。


 ラミリルは今日、何度目か分からない溜息をつくと、腹筋の力を抜き、屋根に体を委ねる。肩のあたりに鈍い痛みが走るが、悩んでいるラミリルにとっては丁度いい痛みのようにも感じられた。


 ラミリルは宙に浮かぶ硝子の欠片のような星々を見上げつつ、思考を大空の虚無へと放り投げる。今は、大空を見ていられる今は、悩み続けることがバカらしく感じられた。



「『決行日』は、一週間後。」



 ラミリルは、相談の末決まったことを、反芻した。




 ラミリルから見えないところまで、少し早足で来たキミエルは少しして立ち止まり、大空を見上げる。少々急ぎすぎたのか、肺が苦しかった。百年ほど前までは肺が苦しくなるということもなかったのに、と肩で息をしながらキミエルは考える。


 人間に近づいている、というのは天使政府によって公表されただけではなく、自身でも感づいてきていることだった。


 いつか、自分も死ぬ時が来るのかもしれない。寒気を感じながら、キミエルは独り思う。その寒気が、夜の空気によるものか、死に対する恐怖によるものか、キミエル自身もわからなかった。


 今は初代の天使たち以外が死んだという報告はない。しかし、キミエル達にだって寿命という淵が迫ってきているのだ。


「ラミリルは、何を考えてんだろうな」


 キミエルの口からそんな言葉が無意識に零れる。結果として、キミエルは最後までラミリルの言う「決行日」が何なのか聞きだすことが出来なかった。自分にも話せないようなことなのか、とキミエルは不安を感じる。それほど危険なこと、リスクの大きいことをラミリルがしようとしている、という事実だけでキミエルは不安に駆られた。








「ええ、確かに、『決行日』と、ラミリルが。」


お読みいただきありがとうございました。

第五話ということで、第一章はこれにて終了となります。

まずは、伏線のバーゲンセールのような第一章が終わりましたが、しっかり伏線を回収できるのか。完結まで書いたはずの作者はしっかり回収したかどうか、あまり覚えていません。


次回投稿

「登場人物紹介・裏話 Ⅰ」

本日、一時間後の午後9時に投稿予定です。ご期待ください。

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