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XXII 大天使は提言した。



 大天使カリススは、元・大天使ミカエルが一世紀帰らない場合、後継としてカリススを任ずる、という言葉通りに大天使になった天使である。



 そして、その言葉を残したであろうミカエルが、この場にいる。


 しかし、カリススの様子は()()()()()()とは言えそうになかった。



 再会を喜ぶ、


 涙を流す、


 どこから出てきたのだ、という驚き―――。



 そのどれでもなく、動揺している。まるで、ミカエルが出てくるはずがないではないかと言わんばかりであった。


 しかし、カリススは理解できたのだろう。カタカタと鳴る音は更に大きくなった。



「確かに、あの時は鉄とは万物の中で最も堅いもののように扱われていたな」


 ミカエルが初めて口を開いた。が、その言葉の意味を、込められた意図をラミリルは理解することが出来なかった。


「しかし、見よ。これが鉄の成れの果てだ」


 ミカエルはカリススの返事を待たずに話を続ける。塵のようなものがはらはらと舞う音が、微かに聞こえたが、ラミリルの目を当てた小さな穴からは何が落ちているのかは目視できなかった。



「君は、確かに私を拘束した。けれども、今確かに、私はここに居る」


 もう分るだろうけども。そう続けながらミカエルは執務室の中を歩き始める。



「……ッ、ミカエル様が未だに存在していると知れれば……」


 ミカエルに対してではない。純粋な独り言として、カリススは呟いた。



「その通り。私の存在は君の権威の消失を引き起こす導火線だ」


「特に、君が己が権力欲しさに私を拘束し、自らの執務室に隠していたと天使たちに知れれば、君は本当に終わりだろうね」




()()()()()()()()()()()()使()()()()()を陥れた罪は重い」





 ミカエルはカリススを追い込むように言論を並べ立てる。カリススの表情がさらに悪化し、歪みつつあることに気付いていないかのように。



「本当に残念だ。全てが残念だ。君はこのままでは天使たちの軽蔑の視線を受け続けながら寿命となって死んでいくのだろう」


 ミカエルの言葉には温かみが感じられなかった。冷酷、と言ってしまえば早い。だが、ミカエルの言葉にはそれ以上の冷たさが含まれていた。



「だが―――、私は君を救済しよう。君が天使たちの視線に怯えて暮らすことのないようにしてあげよう」



 突然の(てのひら)返しのようなミカエルの言葉に、カリススは声を上げようとして唇を震わせ、そのまま縋りつく様にミカエルにしがみ付いた。


 ラミリルからは一部が死角になっているが、床に敷かれたカーペットがカリススの引き摺る足に擦られ立てる音はラミリルにしっかり届いた。



 カリススにとって、権力を失うだけでも地獄と形容できる生活だ。しかし、それ以上に今まで見下してきた天使たちから逆に見下され、蔑視される。それは想像もできない万酷の路だと言える。それだけでも、避けたかった。





「―――ここに、神の奇跡を」





 ミカエルの口から、言葉が紡がれる。



 これこそ、大天使―――。


 これぞ、神の御子の姿―――。



 光輪どころではない。その姿そのものが光っているようだ。眩さに、ラミリルも目を空けていられなかった。


 何時しか、その光はミカエルの掌中に収束する。



「―――〝御子は全ての創造の手助けを〟」



 ミカエルが発言する。


 その一瞬で、カリススの目が一度に見開かれたのを、確実にラミリルは見た。


 カリススの姿は、その一瞬ののち、灰となって消えた。ラミリルは、ひゅっ、と喉が縮む音が出そうになるのをどうにか堪える。



「私は、大天使、神の御子であるが故に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その奇跡の内一つがこれだ」


 ミカエルは、語る相手を失って尚、自らの奇跡を説明するように口を動かし続けた。いや、ミカエルにとっての語る相手は、未だ消失していないのだ。




「―――さて、私は手札の一つを見せた。せめて、顔だけでも見せてもらおうか」



 ()()()()()()()()()()()()いた。


 ラミリルらは心臓を素手で掴まれた気分になる。心拍数が異常に上がった。


 何時からだろう。ミカエルは、自分達の存在に気づいていたのだ。そして、カリススを目の前で消した。天使殺しを、目撃させた。



 どうしても、嫌な予想をしてしまう。ミカエルは、天使殺しの現場を目撃した自分達を口封じのために消すのではないか、という予想。


「そこにいるのは、分かっている。出てきなさい」


 ミカエルは、一向に出てくる気配を見せないラミリル達に声を掛ける。その気配だけで圧死させられそうになるような声色だった。



 ギィ、と。

 

 扉の開く音に、イムシスの心臓が跳ねた。霞の心臓がより一層の血液を体へと無理やり流した。キミエルの額に汗が流れた。


 扉を開き、真っ先にミカエルの面前に姿を現したのが誰であるか、全員が理解していた。ラミリルしかいない。


 他三名も、ラミリルに続いてタンスから出てくる。



「おや、()()()()()、か」


 天使だけではなく、人間がいることに訝し気な表情を見せたミカエルだったが、すぐに表情を戻す。



「……さっきの……カリスス、様が消えたのは……?」


 言葉を詰まらせながら、イムシスがミカエルに尋ねた。先程、隠れていた時に肺に溜めていた空気を吐き切るように、絞り出した声はかぼそかった。



「ああ、君たちももうすぐ消されるのだから、知る必要もないのだが……まあいい。私は今、とても気分がいい。教えてあげよう、私の計画を」


 ミカエルは、言葉通りに気分が良いようで頬は少々紅潮し、口角が何時しか引き上げられていた。



「あれは……日付も忘れたが、約三千年前。キミルと、ラミアが堕天して少しした頃だった―――」


 「キミル」と「ラミア」、「堕天」、それらの言葉に、キミエルは反応する。しかし、声を上げることなく抑えた。


「天使が行方不明になるという、前代未聞の出来事、そしてそれに対して神が何もなさっていないという状況。それらに対して、天界(ヘブン)では神に対する不信感が募ってきていた。加えて、神との橋渡し役を担っていた、私に対しても。そのような天使の様子を見て、私は酷く苛立たしかった。大天使、神の御子……その私に……!」


 ミカエルの口調は、語りながら昂っていく。本当に、屈辱だったのであろう。自分の下にあるべき、天使たちが、自分に対する忠誠を失っていく、その様子を間近で見て、激昂を抑えながら生活していたのだろう。


 もしかしたら、ミカエルはカリススよりも支配欲が強いのやもしれない。話を聞いていたイムシスは感じた。



「天使たちが、私や神に対する忠誠心を損なってきたのは、神の支配が間違っているからだ。私はそう考えて、()()()()()()。支配が適切でない、と」



『今の天使の状況は、貴方の望むものではありません』


 ミカエルは、瞬間、神との会話を思い出す。


『であるから、なんだ』


『貴方の支配が、その方法が間違っていると言って居るのです』


『お前の申しているは、始祖の悪魔・サタンと同等である。私は()()()()()()()()()()だ』




 提言した、神に。




 一介の天使でしかないラミリルやイムシス、キミエルには考えられる範疇でないことだった。今でこそ、天使たちより神に近い人間である霞だが、その霞もまた神に提言する、などという事は考えたこともないようなことだった。


 これが、神の御子としての特権なのだろう。



「神は、納得されなかった。私のしていることは、原初の悪魔・サタンの所業と変わらぬとおっしゃられ、認められなかった。しかし、結果として私の信念が勝ったのだ。人間の支配は自分の方が上手く出来ると神に提言したサタンに人間の支配権を一時的に譲渡したと同様に、私に天使に対する支配の権限を完全に譲渡された。それで、私は大天使と言うだけでなく、神から認められた天使の支配者となったのだ!!」


 ミカエルの情緒は安定しない。先程は激昂し、声を荒げていたというのに、今は高揚し、頬を赤らめながら喜々として語っている。



 ラミリルは、その様子を狂気、と表現せざるを得なかった。



「私は、天使たちの支配について、常日頃考えていたことがあった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と―――」



 そこで、ミカエルは言葉を切り、意図的に口角を引き上げる。





 狂気の体現―――ミカエルはこう、だった。

第三章「実働」今話にて完結です!

物語の勢いもいい所なので、登場人物紹介・裏話については省略し、次回投稿から第四章に突入します。


次回投稿

「XXIV 神以外に忠誠を誓わず。」

11月12日午後7時投稿予定です。ご期待ください。

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