XX 天使たちの望みは絶える。
ラミリルは語った。キミルとラミアという二名の堕天使により、天使が地に堕とされ、忠誠心のある人間が天へと昇った経緯を。
加えて、天界で神や大天使ミカエルに対する不信感が天使たちの間で募っていたことや、〝神罰〟を生き残った天使たちがミカエルを中心に現在のような体制を作り上げたことまで、ラミリルの脳内に情報として入ってきたものを、全て語った。
話を聞き終えて、イムシスは思案顔だった。
「天使側とも人間側ともまた違う。どちらにしても、利益を最優先して物語を作り上げたんだろうね」
そもそも、天使がに降り立った理由さえ、真相と物語は違う。
全てが捻じ曲げられた空想だったのだ。全てが、利益のための餌だったのだ。
「成程、興味深いね。これについてはまた調べ甲斐がありそうだ」
生粋の学者魂を持つイムシスは、新たに知った情報に高揚を隠しきれていなかった。しかし、キミエルの様子はイムシスと全く逆だった。
「キミエル、どうかしたの?」
頭を抱え、青ざめた顔で何かを呟くキミエルの様子を訝し気に思ってラミリルが尋ねる。
キミエルが顔を上げると、その顔から血の気は引いていた。
「凄い顔色悪いけど、何かあった?」
正しい歴史を知っただけだ。それで何があったというのか。
しかし、キミエルにとっては正しい歴史を〝知ってしまった〟だ。
「堕天使……キミルって言ったよな?」
キミエルは、数秒の間黙りこくっていたが、ふと溢した。
ラミリルとイムシスがほぼ同時に頷くと、キミエルは衝撃の事実を明かす。
「キミルは、俺にとっての曽祖父に当たる、天使だ」
キミエルの告白に、ラミリルとイムシスの表情が強張る。
「……っでも、天使に子供を産む能力が与えられたのは〝神罰〟のあとじゃなかった?」
ラミリルが必死にフォローしようとするが、キミエルの表情は良くなることがなかった。
「……キミルは、生前に人間との間に子供を持ってる……」
イムシスがぼそりと溢した言葉に、ラミリルも理解した。
「じゃあ、キミエルは、ネフィリムの孫……?」
ラミリルの絞り出したような問いに、キミエルは静かに頷いた。
「ネフィリムの孫、っていうのは、俺も聞いたことがなかった。けど、神から重要な任務を与えられたキミルという天使の子孫だということは聞いてたな。英雄のような存在の子孫だと俺の周りでは持て囃されたが、実際はただの罪人じゃねぇか……」
キミエルの表情は苦虫を嚙み潰したように歪み切っていた。その歪みで頭蓋さえも縊り潰さんという勢いであった。
「大丈夫だよ、僕らはキミエルの出自でとやかくは言わない……」
言い切らぬうちに、キミエルが口を開いた。
「ごめんな、ラミリル。俺の先祖が、糞みてぇな先祖が、やらかしたせいで……お前の幸せを潰した……」
キミエルの口からは懺悔しか出てこなかった。普段からお世辞にも丁寧とは言えない口調のキミエルだが、今は酷く口調が荒れている。それだけ衝撃的でもあったのだろう。
「ラミリルの言う通り、気にしなくても………」
「気にするだろうがッ……! ラミリルが、どれだけ霞との時間を楽しんでたかなんて、俺が一番くらい知ってる。その時間は、本来は永遠に続くはずだったんだ……それを俺が。気にするななんて、一番無理なんだよ!」
その悲愴な声は、施設に響いた。職員が全員出払っていて良かったと、何処か冷静になってしまった頭でイムシスは思う。
「……じゃあ、気にしてたらいいよ。気にしないことがキミエルにとって苦しいなら、気にしたらいい。でも、元々堕天は罪で、元の世界でも僕と霞の関係は罪だったんだ。だから、どちらにせよ、結果は変わって居ない。それどころか、この世界だからこそ、僕は霞と出会えてるんだ。だから、キミエルの先祖がしたことを、僕は何とも思わない。だから、もしキミエルが気にしないことを苦と思わなくなるなら、その時は気にしなくていいんだよ」
ラミリルの言葉で、キミエルは少し落ち着いたようで、今は肩を上下させて激昂した時に取り損ねた空気を取り入れている。
―――キミエルの頬に、一筋、光が差した。
「よし、休憩は終わり。行こっか」
ラミリルは、適当な台に乗せていた尻を浮かせ、立ち上がった。
先程までの陰鬱な雰囲気を払拭するかの如く、ラミリルの表情はそれは清々しいものだった。
イムシスとキミエルも、示し合わせた様に同時に立ち上がり、ラミリルの先導のもと、先を進んでいった。
しかし、ラミリルとしては、不安だった。
『お前が自殺するっていうんなら流石に止めるけどな』
キミエルとの夜、キミエルが言った言葉が何故か今になって思い出された。
先程のキミエルの様子は、それこそ自らの命さえも捨てまいとする程の取り乱しようだった。自らの曽祖父が、英雄だと思っていたのに、罪人だった。それだけでも十分だが、キミエルはそれをラミリルと霞の問題に結びつけてしまったのだ。
考えたくない想像が、ラミリルの脳内に浮かび上がる。
その恐ろしい想像を払拭するべく、ラミリルはキミエルの様子を視線を流しながら見た。先程の取り乱しようから回復はしたようだ。しかし、あれから今までで完全に回復できるとは思えない。
まだ、不安はラミリルの脳内に残っている。
研究室の部屋は、先程すべて探し切った。
しかし、未だに「人間化装置」は発見できていない。
まあ、極秘の研究であり、これからの天使と人間の関係を揺るがすような存在だ。一般の研究室に保管されているわけもない、というのは彼らも理解していた。
「ここからは、一般に公開されていない隠し通路などを捜索していく」
イムシスはそう言って、複雑に図面の描かれた紙を取り出した。イムシスがこれまで、研究員などとの交流を通して知った隠し通路や隠し部屋などが書き込まれたものである。まさか、研究員もほんの出来心でイムシスに教えた機密情報がこのように用いられるとは思っていなかっただろう。
イムシスは研究員など、天使政府の関係者には限りなく媚を売っていたのだから。
その様子を見たキミエルは何度も目を擦っていたものだ。
「まずは、こっち」
そう言って、イムシスは図面を見ながら廊下を進み、倉庫の前に立った。その扉はセンサー付きの自動扉で、天使が近づくと反応して開く仕組みだ。
イムシスらがその扉の前に立つと、普通にセンサーが反応して扉が開いた。しかし、イムシスはそちらには目もくれず、天井付近についているセンサーに手を伸ばす。
手を伸ばす―――。
手を、伸ば…すっ……―――。
「キミエル、急遽作戦変更。ボタン押して」
キリっと表情を硬め、イムシスはキミエルに告げる。先程までの荒れっぷりはどこへやら、キミエルはにやにやしながらイムシスに指し示されたボタンを押した。
すると、倉庫の扉から二メートルほど離れたところの扉が開く。先程までは壁にしか見えなかったところに扉が現れて、ラミリルとキミエルは子供心におぉー、と声を上げた。
「ここは、重要機密を一般に扱う部屋とされてる。見学に来た時も流石に中を見ることは叶わなかったけど」
イムシスが周りを警戒しながら部屋の中に入る。そこには、書棚が置かれ、数えきれないような書類をとじたファイルや書籍が綺麗に並べられていた。
「『人間化装置』は見当たらない。けど、もしかしたらそれにつながる情報があるかも。探そう」
イムシスは手当たり次第にファイルの表題を見ながら「人間化装置」に関する情報がないかと探し始めた。その様子を見たラミリルとキミエルもイムシスに倣ってファイルを手に取り始める。
そして、探し始めて約ニ十分程。
表題を見たばかりで内容までは深く確認しなかったものの、これだけの時間がかかった。書棚に置かれていたのは大体二百近くのファイルや書籍類だ。如何にか全ての表題を確認した彼らだったが、「人間化装置」に関連する情報を得ることは出来なかった。
「骨折り損のくたびれ儲けじゃねぇか……」
文字を見すぎて酔ったのか、キミエルが頭を抱えながら呟く。
「ここはもう無さそうかな。次のところに行こう」
切り替え早く、イムシスが部屋を出る。疲労困憊のラミリルとキミエルも如何にかついて行った。
時間が限られているのは彼らも理解している。
天地戦争は、基本的に天使軍の総大将である大天使カリススの判断で開戦を宣し、撤退を命ずる。詰まる所、カリススの気まぐれによる戦争ともいえるのだ。
何時、天使たちが帰還するかは分からない。最も短った天地戦争は、第三次天地戦争で、約一時間三十分であった。
それから、彼らは電気スイッチを決められた順番で付けたり消したりして開く扉、ルービックキューブを全面揃えると開く扉、トイレの流すレバーを上に無理やり上げると開く扉など、全ての隠し部屋、隠し通路を捜索した。しかし、最終的に「人間化装置」を見つけることは出来なかった。
「いや、っていうか隠し部屋の発動条件、かなりおかしくねぇか!?」
キミエルが途中で突っ込んでいたが、それぞれの部屋の捜索で疲弊していたラミリルとイムシスは突っ込む気力を失っていた。
「あと、探してないところは……?」
ラミリルが吐息交じりにイムシスに尋ねる。イムシスは既に確認済みの部屋に印をつけた図面を見て、立ち尽くした。
「もう……全部終わった」
まだ、「人間化装置」は見つかっていないのに―――。
キミエルのキーワード、覚えているでしょうか。
次回投稿
「XXII 人間は問う。」
11月8日午後7時投稿予定です。ご期待ください。




