XIX 天使たちは知る。
「よお。お前が人間とイチャコラしてたとかいう坊主か」
その天使は、何やら見知らぬものをイムシスに向け、首を回して骨を鳴らした。
「ああ、これか―――。これは拳銃だ。人間が『作るはずだった』もの。まあ、簡単に言えば『簡単に命を奪える武器』ってところだ」
律儀にもラミリルの視線に気づいて、その天使は拳銃について説明する。「命を奪える武器」という単語が出てきたことにラミリルらの表情が強張った。
そもそも、この天使は誰なんだ。そして、何故ここに居て自分たちを待伏せできた?
「はっ、中々に困惑してるみてぇだな。まあ、安心しろ俺はお前らを殺すために居るんじゃねぇ」
そう言って、天使は拳銃を懐に仕舞った。一旦は危機が去り、イムシスの肩の力が半分抜かれる。だが、未だにその天使の真意は測りかねないままだ。
「俺はラチェリス。〝神命総隊〟の部隊長だ。最も、神に近く、神以外に対する忠誠を誓わないことを誓った者たち」
説明を受けたが、イムシスらは聞いたことのない単語に首を傾げるばかりだった。特に、天使政府には家庭事情により非常に詳しいイムシスでさえ知らない情報なのだ。
「ああ、天使政府の狗の娘だったか。お前が知らなくてもしょうがねぇ。これは天使政府とは全くの関係のない組織。何なら、秘匿されている組織だからな」
「俺らの目的は、単純に、神の御意思の遂行。ただそれだけだ。まあ、表の姿として天使政府の役人もやってるから、今回の尾行と監視はそっちの仕事だな」
安心しろ、神の御意思に背かないやつは殺さない。そう続けられるが、出会い頭に「命を奪える武器」を向けてきたことが印象に残り、信用できない。
「今のは顔合わせだ。まあ、敵か味方か測り切れなくて結構。必要なら、呼べ」
「突き進めよ、予言のピース共――――――」
「神のご加護が、あらんことを」
そう言い残して、ラチェリスは去った。何とも、嵐のようだった。
ラチェリスの姿が見えなくなって、イムシスは腰が抜けたようにその場に尻餅をついた。
常に冷静沈着を装ってきたイムシスだったが、初めて迫った死の予感には耐えることが出来なかったようだ。
「正直、怖かった……。だけど、私たちはそれでも……行かなきゃならない」
イムシスの瞳は、今までにも増して爛々と光っているように見えた。死の感覚を乗り越えたものは、強い。
イムシスはラミリルとキミエルを引きつれ、研究施設へと足を踏み入れた。幸いにも、天使たちは出払っているようだ。
「研究員も天地戦争で出払ってるのか?」
あれは天使軍のみが参加するんだったよな、とキミエルが疑問を溢す。
「普通の研究員は参加しないよ。だけど、ここは天使政府と物理的にも、利害的にも繋がっている研究施設。研究員は同時に天使軍に所属しているんだ。侵入者を即時、排除できるように」
まあ、こういう天使軍が強制的に参加させられる事情があれば研究施設は弱体化するわけだけど。そう続け、イムシスは廊下をゆっくりと進んでいった。
「さっきのラチェリスって、本当になったんだったんだ……」
ラミリルがぼそりと呟いてから、はっとしたように口を噤んだ。
「ごめん……。作戦に関係ないことだった」
「ううん、あの天使は作戦にも十分に関わってくる。何なら、十分に作戦自体を破綻させかねない不安因子だよ」
三名の身が強張り、雰囲気が緊張するのを全員が肌で感じた。
ラチェリスは、「尾行と監視」を天使政府の役員という立場から行っていると話した。ならば、これまでもラミリルらの近くにいた可能性がある。作戦についても、知っていたと見ていい。
だったらなぜ、こんな状況になってから出てきたのか。天使政府の役員としては早々と計画を阻止・報告する必要があったのではないか。まあ、そうされなかったからこそ、今こうやってラミリルらは作戦を実行できているわけだが。
そして、彼の放った「予言のピース共」という言葉。あれはなんだったんだ。
「なんだろう………。多分、彼の信念に近いところで、何か理由があるんだと思うけど」
イムシスは、先程より歩みを遅め、顎に手を当てて考えた。
「もしかして………」
「何か、思い当たるところがあんのか?」
ラミリルの呟きに、キミエルが反応して視線を飛ばす。ラミリルは少し唸り、分からないけど、と言ってから見解を述べた。
「僕の〝奇跡〟じゃないかな、理由」
ラミリルの発言に、イムシスとキミエルは理解できなかったようで、首を傾げて続きの説明を要求する。
基本的に、天使同士の奇跡は知らない。ラミリルも、必要ないと考えて自分の奇跡をイムシスやキミエルにも見せていなかった。
「ラチェリスは、『神の御意思の遂行』を目的としている神命総隊に所属してると言った。僕の奇跡は、神の御意思と自らの行動を照らし合わせるもので、一度だけ使ったことがあるんだ。その時の様子を、彼が見ていたとしたら。僕の行動が神の御意思に沿っている、という事を証明するその場に、彼がいたのなら。僕らの邪魔をこれまでせず、何なら必要なら呼べ、とまで言った理由の説明がつく。予言のピースっていうのは……あんまり分からないけど」
ラミリルの話に、イムシスとキミエルは納得する。自分達の与り知らぬところで起こったことを根拠にした話だったが、ラミリルの言ったことだ。虚偽が含まれているとは思えない。
そして、ラチェリスから溢れ出してさえいた、神に対する圧倒的な忠誠心は彼らも見た。もし、ラミリルが言ったように奇跡が使われた様子をラチェリスが見ていたとしたら、それが理由だと言ってもいいだろう。
「じゃあ、一旦は彼を信用してもいいのかな」
拳銃を向けられた記憶がフラッシュバックするイムシスだったが、それも何か意図を含むことだったのだろう、と無理やりに自分を納得させる。
「この話はこれで終わり。先に進もうか」
「でも、ラミリルの奇跡は上手く利用すれば汎用性も高そうだよね」
施設内に一切の職員が残っていないことを確認し、「人間化装置」の捜索前に少し休もうと入った倉庫部屋でイムシスは話題を振った。
「うーん……さっき言ったように、一回しか使ったことがないから詳しいことは分からないけど、もしかしたらそうかもしれない」
ラミリルの返事ははっきりしなかったが、イムシスは思案顔だ。
「ラミリルの奇跡は、神の御意思に沿った行動をラミリルがしていた場合、その行動を絶対化するもの、だったよね? じゃあ、例えばだけど、人間と天使の間に何が起こったのか、それをラミリルが知ろうとして、それが神の御意思に沿っていたら、その情報を私たちは得られる、ってことじゃないのかな」
イムシスが提示した例に、ラミリルは食いついた。確かに! と瞳を輝かせている。これまで、天使の象徴ともいえる奇跡は人間である霞との間の溝としか思えなかったラミリルだったが、ここで利用価値が出てきたのなら別だ。
「でも、どうやって発動するんだろう。『人間と天使の間の正しい歴史を知りたい』……とか言うだけじゃ無理だろうし」
ラミリルがそう言った瞬間、ラミリルの予想とは違い、神の光輪は現れた。
その輝きに、目を細めながら、イムシスとキミエルはラミリルの頭上のそれを見る。
「えっ!? あっ!! 上手くいった! どう?何かわかる?」
イムシスは興奮気味にラミリルに尋ねる。これまでの研究テーマを「人間と天使の歴史」として調べ続けてきたイムシスとしては、この小さな作戦が上手くいくだけで、興味関心欲を埋められる気がしていた。
「……うん………ちょっと頭痛いけど、知識は得られたみたいだよ」
前は、絶対化と言っても実現まではしなかったのに。とぼそりと続けながらラミリルは頭を片手で押さえた。
ラミリルの奇跡は神の介入が含まれるということも有り、その発動条件も、発動した時の効果も、そのすべてが神の気まぐれだ。
「本当に!? 実際、本当のところはどんな歴史があったの?」
イムシスのテンションが明らかに高まっている様子を見て、キミエルが不気味なものでも見るような視線をイムシスに向けた。いつもならそのことにすぐ気づき、一言二言返すイムシスだが、今はそれどころでない。
「僕の脳内に入ってきた情報だと―――」
ラミリルが説明を始めた。
「予言のピース共―――」
次回投稿
「XX 天使たちの望みは絶える。」
11月5日午後7時投稿予定です。ご期待ください。




