XVII 天使は邂逅す。
第三章、突入しました!
第三章・第四章は勢いよく物語が進みますので、勢いを維持するため、週に日・水・土の三日に投稿頻度を上げます。
一番、天に近い場所―――。そこに、ラミリルはいた。
陽の光は残酷で、物憂げな紺の空を無理やりにでも紅く染め上げ、何時しか空色にしてしまう。
だけれど、ラミリルはそんな陽の光が好きだった。どんなに哀しいこと、悔しいことがあってもそれを一切合切気にも留めずに色を強引に変えてくる。
その輝きに何度となく救われてきた。カーテンを閉めていれば暗い気持ちのまま、ベッドの深淵で埋もれていることは出来る。しかし、いつかはカーテンを開けるべき時が来るのだ。その時の陽光の輝きを、その眩さをラミリルは忘れない。
「ああ、ラミリル、やっぱりここだったの」
ラミリルの陰に隠れたイムシスが姿を現した。その表情には迷いや憂鬱は見られない。ただ、全てを覚悟した少女の顔だった。
今日が、「決行日」であった。遂にこの時が来たのだ、とイムシスもラミリルも言葉を交わさずともお互いに確認し合っていた。
空が朱く染まる様子を眺めて、彼らは静かに佇んでいた。風は吹いていない。それでも涼やかな空気だった。
「ほんとに、やるんだね?」
イムシスは、ラミリルがどのような答えを返すかを理解しながら、確認でも、挑発でもなんでもなく、機械的に質問を投げた。
ラミリルからは頷きが返ってくる。それだけで、イムシスにとっては十分だった。
「じゃあ、行こうか」
イムシスは、ラミリルに先んじて塔の下へと降りようとした。しかし、後ろからの足音がないことに気付く。ふと後ろを振り返ってみると、ラミリルがその双眸に強い光を宿し、こちらを見据えていた。
その瞳には塩分を少々含んだ水が幕を張っていて、その様子を見たイムシスがはっと動揺の表情を見せる。
なんで、泣いてるの、そう聞きたいけれど、イムシスの口は仕事をしようとしなかった。
「………本当に、ここまでありがとう……」
何だか、今生の最後かのように嗚咽を含んだ声で感謝を垂れ流すラミリルの様子に、イムシスの胸がきゅっと縮まったように感じた。
自分は、本当にラミリルのことだけを考えて行動してきたわけではないのに。
それを分かっていながらラミリルに、そして自分にも隠してきたのに。
そこまで感謝されるようなことは何もしていないというのに。
嗚呼、こんなにも、ラミリルは純粋なんだ。本当は、この場で、ラミリルを抱き締めて仕舞いたい。許されるなら、彼の背中に自分の手を回してよいのなら、そうして仕舞いたい。それでも、イムシスは自らを抑えつけた。
ライバルでありながら、親友でもある霞のためを思うと、これ以上のことは自分にはできなかった。
「私は何もしてない。それに、これからだよ……全ては」
「それもそうだね、ごめん、行こうか」
ラミリルとイムシスは、塔の下へと降りる階段へと歩みを進めた――――――。
「―――何、ラミリル泣かせてんだ、イムシス」
ふと投げかけられた言葉に、イムシスとラミリルはその体を硬直させる。
余りにも聞き覚えがありすぎるその声に、彼らは思わず振り向いた。
「それで。今日が『決行日』ってやつなのか……何するつもりだ?」
何時からそこにいたのか、キミエルが先ほどまでラミリルとイムシスのいたところに佇んでいる。その姿は何処か高圧的にも見えて、ラミリルとイムシスの方が竦んだ。
「本当はあんまり深くは関わらないつもりだったんだけどな……どうしてもそう言うわけにいかなくなった」
そう独白するキミエルの様子が何とも切実で、深い事情があるように感じさせる。
「どこから……どこまで知ってるの?」
硬直したラミリルに代わり、イムシスがキミエルを牽制するように一歩前に出た。キミエルが自分たちの敵になるとは思いたくない。しかし、ラミリルと仲良くなった後でその友達だということで仲良くなったイムシスとキミエルの間には確固とした信頼関係はなかった。
確かに、キミエルはラミリルが霞と付き合っている間もそれを黙認し、天使政府から隠蔽するのに協力していた。それでも、イムシスとしては今回のことを極力外部に漏らしたくないというのが本音であった。
イムシスは、キミエルが自分の問いに対し、どのような返答を返してくるか、静かに待った。
「そうだなぁ……俺は殆ど知らないんだろうな。お前らが何をしようとしてるのか、その目的が何なのか、大体のことは知らない」
キミエルの答えにイムシスは内心ほっとした。今の状況ならば先程の「決行日」という単語について誤魔化すことが出来れば、キミエルに一切の状況を悟られないままに終われると考えた。実際には、その言葉はラミリルの口から既にキミエルの耳へと語られたことがあるのだが。
「じゃあ、深く関わらないつもりだったのに、そうもいかなくなった、っていうのは? どういうこと?」
イムシスの問いに、不意にキミエルの頬が微妙に赤くなった。少しだけ顔を逸らそうとするキミエルの纏う雰囲気から、何とも拍子抜けする答えが返ってきそうだな、と予想を立てる。
ふと後ろのラミリルを一瞥してみると、そんなことには気づいていないらしく、未だ真剣そうな様子だ。というか、イムシスとキミエルが一触即発の雰囲気を作っていることに戦慄としているのやもしれない。
「だってよ、お前らが秘密の話してるのなんて悔しいじゃねぇか……」
やっぱり、とイムシスは呟きたくなった。けれど、如何にかして我慢する。もう一度ラミリルに視線を飛ばせば、呆気にとられたように口を開けていた。先ほどまでの切迫した表情はどこに行ったのか、何とも表情が緩んでいる。
まあ、気持ちもわからなくはない、とイムシスは思う。自分だって今さっき、本当に数十秒前まではキミエルを信用できていなかったのに、今では幼さの残る天使という印象でしかない。
「はははっ………」
「なに笑ってんだ、ラミリル!」
「いや、だって……さっきまで切迫な雰囲気だったのに……思い出したら……っ」
笑いが堪えなくなったラミリルはついには腹を抱えてその場に蹲りだした。早朝の地上にラミリルの笑い声がこだまする。
先ほどまで酷く戦慄していた空気は、弛緩し切って最早緊張感の欠片も感じられない。
「はぁあ。笑い疲れた……」
一頻り笑い転げ、足を小刻みに震わせながら、ラミリルは立ち上がった。
「凄い笑いようだったね」
「今からなんだろ?その『決行』は。そんなんで大丈夫かよ」
イムシスとキミエルが感想戦をしている間に、ラミリルは如何にか本調子を取り戻していた。
「で、説明してもらえんのか? その『決行日』が何なのかってのは」
キミエルは話を本題に戻そうとした。途端にイムシスの表情が少々硬くなる。しかし、ラミリルの表情はあまり変わらなかった。
「良いんじゃない? 元々、キミエルに話そうか話すまいかとしてたのは僕もだ」
ラミリルはそう言って、賛同を得まいとするようにイムシスに視線を飛ばした。イムシスはラミリルから受け取った視線を肯定を示しながらキミエルへとそのまま飛ばした。
「私はいいよ。この作戦の立案こそ私だけど、決定権はラミリルにある。そう、『私が』決めた」
少々意味深にも感じられる言葉を含みながらだったが、ラミリルは一旦その違和感を無視した。
「じゃあ、一旦場所を移そうか。もう、陽が完全に昇ってきて、ここは目立ちやすくなってる」
そう言うと、ラミリルは軽やかな足取りで塔の下へと真っ先に階段を下りる。その次をキミエルが、そしてキミエルの背後を取るようにイムシスが最後に続いた。
彼らは、何処で話し合うのかについて少々議論を交わしたが、ラミリルの家は天使政府からの監視がある可能性があり、キミエルの家はキミエルのテリトリーである。結果として、イムシスの部屋が最適であるという判断が下された。
「中々に楽し気もないところだけど、それで良いなら」
イムシスも特に拒む様子もなく、ラミリルとキミエルを家へと招いた。
キミエルはただ怪しいだけでした。
ちなみに、もともとキミエルは〝敵に利用されてスパイやってた系キャラ〟のつもりでしたが、そんな構想はどこへやら、多分味方になりました。
次回投稿
「XVIII 天使は無茶ぶる。」
11月1日午後7時投稿予定です。ご期待ください。




