表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘブンアンドアース~天使と人間、異種間の恋愛譚~  作者: 村右衛門
第一章 決行日
2/33

Ⅱ 人間は地を。

 雲の上、ぎらつく太陽光を一身に受けながら、天空を仰ぐ少女がいた。


 先ほどから何度も溜息をこぼしつつ、太陽を見つめ続けている。どうしても、上ばかりを眺めてしまう。雲の下を見る気にはなれなかった。


 こうして雲の上に寝そべりながら既にニ十分程が経過していた。その間、少女は忘れたい記憶との戦いを繰り広げていた。どうしても忘れたい。けれど、本能的に忘れることを拒絶してしまう。そんな状況がずっと続いていた。


 あれから、十日も経ったのか……と少女は感慨深ささえ感じる。


「やっぱり、忘れたくても忘れられないなぁ」


 苦笑交じりに少女は一人呟いた。少女の性格により、その表情には常に笑みが浮かんでいるが、今の少女はどこか悲しそうな笑みを浮かべていた。


 何が原因で、こんなことになってしまったんだろう、と少女は考える。思考を進めれば進めるほどに胸の奥に棘が刺さるかのように痛みが走った。


「もし、彼に会わなかったなら……こんなことにはなってなかったのかもしれないけど」

 少女はそう呟いてすぐ、自分の考えを否定する。それだけは何があっても考えることをしない、と決めていたはずなのに。

 少女は自身の愚かな思考回路を叱責した。


 彼を見つけたこと、自分から会いに行ったこと。それらは間違っていなかったのだと、自分に言い聞かせるようにして少女は念じ続ける。


 少し前のことを振り返れば、数年は昔のことのように感じられた。けれど、それが一年さえ経っていない出来事であることに自分で驚く。


「また、会える時が来るのかなぁ」


 少女の呟きは薄い空気の中で、溶けて消えていった。


 勢いをつけて、少女が体を起き上がらせる。少々気持ちも吹っ切れてきた。近頃では少しずつ無気力欲求も希釈されてきたように思える。

 十日前の、あのことが起こった直後は本当に何もしたくなかった。何もかもに対して無気力になって、毎日の時間の多くを、先ほどのようにして雲の上で惰眠を貪ることに費やしていた。


 このままではいけないのだろう、と何度も思いつつ、それでも何かをする、ということが出来なかった。

 何かしようと、体を動かそうと、何度も試みた。しかし、その度にあの出来事が自身の枷となり、自らの身体を鉛のように重くしているのだと実感した。


 そのことを実感すればするほど、動こうという気力もなくなっていった。


 出来事から十日も経過して、やっとどうにか体を動かすことが出来るようになってきたように思える。確かに、衝撃的な出来事だったけれど、早く立ち直らなければ、何もできないまま終わる。少しでも、彼の役に立ちたい、という思いが少女の中にあふれていた。

 ()()()()()()()()()()を果たさねばならない。


「ラミリル、待っててね」


 少女・霞はあどけなく笑うと、あの出来事が起こってから初めて、雲を見つめる。この下に、彼がいる。そう思うと、これまで下を見れなかったのが何故なのか不思議にも思えてきた。見ようと思えば、更に下、彼の様子も見ることが出来るかもしれない。けれど、流石に今の霞にはそれだけの勇気はなかった。


 少女は静かに、それでも強かに、形のないはずの雲を踏みしめ、先へと歩みを進める。


 向かう先は自らの居住区の端、雲上指定区・零六。雲上指定区の中で、初めに零のつく場所は何らかの罪を犯した罪人が入れられるところを指し示している。霞は、十日前からこの場所に入れられていた。霞の居住区は雲上指定区・零壱から零六で、ある程度の広さはある。


 この場所に、霞は満足しきっていた。今までだって彼女の行動範囲はこれくらいのものだ。困っていることがあるとすれば、支給品以外をこの場所に持ってくることは出来ず、思った通りの空間を作ることが出来ない、ということくらいのものだ。


 見た目や実年齢は関係なく、精神は年頃の少女である霞は、自らの自立性を育もうとする時期に差し掛かってきていた。自分だけの空間、自分好みの空間を作ることが、彼女の趣味であり、一種の娯楽となっていたのだ。その娯楽を奪われ、少々不機嫌なのも事実だった。


 ただ、十日前のあの出来事によってそのことを考えている暇がなかっただけなのである。少しずつ悲しみが薄まった今、そのことに改めて不満を感じていた。


「どこを見ても、殺風景だなぁ」

霞は無意識にそう呟く。溜息とともに零れた呟きだったが、その声音はどこか嬉しそうだった。


「なんだか、ラミリルの部屋みたい」

 霞は、一人あどけなく笑った。何度か、ラミリルの部屋に入ったことがある。ラミリルの部屋も、必要最低限のものしかありません、と言わんばかりに殺風景なものだった。


 好きなものとかは置かないのか、と尋ねたことも有った。けれど、「この方が落ち着くんだ」とラミリルには返された。霞にとって、自分の空間にものが少ない、というのは落ち着かないことだ。けれど、ラミリルの部屋にものが少ない、ということに対しては不思議と不快感を感じなかった。今思えば、そこがラミリルの部屋だったからなのかもしれない。


 ラミリルの部屋と同じだと考えれば、この殺風景な空間もそこまで気にならないようになるのかも、と思いながら霞は適当にそのあたりを歩き回る。その足取りは少しずつ軽くなっていた。



「何? 罪人が楽しそうにしてるじゃない」

 雲上指定区零六の境界の外から、霞にとって聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 どこか棘を含んだその物言いに、相手が誰なのかを確認した霞は声のした方へと振り返る。


「あ、穂香。わざわざ会いに来てくれたの?」


「罪を犯したっていう霞の顔見に来ただけ」

 霞は、毎回の物言いに棘を入れようとするこの少女のことを〝ツンデレ〟だと認識していた。言葉の端々に棘はあるが、実際には意外と優しい一面もあったりする。


 この少女もまた、見た目と精神年齢が大きく違う。彼女はまだ、友情や愛情と言った感情の表現方法を上手く掴めない精神の年頃なのだ。


「何の罪だか知らないけど、せいぜい処分されないようにしなさい」

 穂香はただそれだけ言うと、静かに去ろうとする。


 しかし、霞はその穂香を呼び止めた。何?と苛立たし気な表情を浮かべる穂香だが、そうは言いつつ、しっかりと霞のもとまで戻ってくる。


「一つお願いしたいことがあるの」

 そう言って、霞は穂香の耳に口を当てた。


 突然のことに驚いた穂香だったが、話された内容に驚いて、声も出せなくなる。


「それはっ、どういう……」


「難しいことは理解してる。勝手に辞めてくれて構わない。でも、私の願い」

 霞はそう言って、穂香に別れの挨拶、と手を振る。


 強制的に帰る雰囲気にされ、戸惑う穂香だったが、実際そうしないと霞も自分も、立場が悪くなることは分かっていた。


 穂香は、静かにその場を離れ、いち早く雲上指定区から離れようと足を速めて駆け出した。



 雲上指定区から離れて、穂香は歩みを止める。今にも地面に崩れ落ちそうになったのを足に力を入れてどうにか耐える。


 穂香の息は乱れ、足も震えていた。先ほどまでいつも通りに話せていたのが不思議なほどに、様子が急変していた。数秒間、彼女は息の乱れと動悸に苦しみつつ、胸元の服を無我夢中で掴み続けた。


 やっとのことで呼吸を整え、落ち着きを取り戻した穂香は長く息を吐きだし、首が折れたかの如くまっすぐ天空を仰いだ。


「霞が処分されるかもしれない………」


 穂香の呟きは天空へと蒸発して消えていった。二日ほど前から、この事実が穂香の精神を蝕み続けている。今になっても未だその事実が可能性の範疇を超えていないことだけが、穂香にとっての救いだった。


 二日前、穂香はある情報を得た。というより、罪人として雲上指定区・零に収容されている霞などの人々が例外なだけで、人間たちには全員、その情報が提示されていた。



『人間は天使との戦いに本腰を入れる』



 人間政府の宣言内容である。


 これまでは、天使との共存を望んできた人間政府だが、流石にそうもいかなくなったのだろう。天使たちの状況が変わったことも、大きな理由だとは思うが。


 公式に宣言され、人間たちは必然的にに天使との戦いに本腰を入れる必要が生じるだろう。そしてそれは、穂香だって例外ではない。


 穂香は、天使との戦いに対して積極的ではなかった。だからと言って、消極的というわけでもない。役目とあらば、躊躇することなく天使たちを殲滅、虐殺することが出来る自信があった。


 ただ、問題は人間と天使の戦いの激化によって霞が被る被害についてだった。人間と天使の戦いが激化し、人間が天使に対して憎悪や敵対心を増幅させれば、霞の扱いについて人々が批判的になるのは目に見えていた。今のような緩い環境ではなく、更に厳しい状況下に置くことが決定されるかもしれない。それどころか、状況が悪ければ霞が処分されることだって考えられた。


 そう考えて、またも穂香の息は乱れ始める。呼吸が上手くできない。目の焦点もあまり合わなくなった。何度も咳き込み、全ての息を吐きだしたのではないか、と思えるほどになった時、穂香の意識は雲の上で途絶えた。



 霞は、穂香が意識を失っていることに気付くこともできず、雲上指定区・零弐の範囲内で暇を持て余していた。穂香が自分のもとを訪れてくれたことで、少しは退屈さも紛れたわけだが、その穂香が去った今では暇で飽和した時間だった。


 何もしない、何も考えない、というのもどうかと思った彼女は穂香に言われたことを反芻する。霞は、穂香に「楽しそう」だと言われた。


「私は楽しそう、なのか……」


霞はぼんやりと呟いた。確かに、あの時は少々足取りが軽くなっていた。それでも、実際楽しかったか、と尋ねられると肯定は出来なかった。


 だからこそ、だ。客観的に「楽しそう」だと見なされたことであの時は楽しかったのだと、そのような潜在意識が霞の中に生まれた。


 霞はなんだか今の自分の感情も楽しいで塗り潰されているかのように感じ、その場でクルリと体をまわす。支給されていたスカートがふわりと持ち上がった。



 十日前の出来事について、悲観的に考えることは無さそうだと、何となく霞は感じた。久しぶりに穂香に会って気持ちが軽くなったのかもしれない。

お読みいただきありがとうございました。

やっぱり、第二話読んでも何が何だか……、という方、大丈夫です。

この文章を書いていた僕が一番、そう思っていました。

多分、第二章や第三章などを読んでみれば、意外とこの辺りの意味が分からなかったところも分かるのではないだろうか、と思っております。


次回投稿

「Ⅲ 天使たちは二分され。」

8月19日投稿予定です。ご期待ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ