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XVI 大天使は宣する。

第零章・過去編も最終話となり、少々増量してお送りします。



 ある時のことだ―――



 人間たちの一部が、集落を超えて同じ種族である人間の為の町を作ろう、と計画し、天使たちが居る集落の近くに集まってきた。その数は千を優に超え、それぞれが集落ごとに集められた有能な技術、又は知識を持つ者たちだった。


 最終的に町が出来たとき、その町に移り住むとされるのは更に多い万人。それだけの人数を包容でき、更に町として機能させる。その為に、大勢の技術者、有識者が集められてきた。


 彼らが作ろうとしているのは――― 




 ――バベルの塔――





 異なる運命の歴史では、ノアの大洪水から少しして、人々が作り上げようとした神への挑戦の愚物とされたものである。


 その高さは天にも届き、神の顔を覗ける程になると予想されたというそれが、この世界でも作られようとしていた。


 しかし、人間はバベルの塔を作ろうとする者と、バベルの塔を作るべきではないと考えるもので分断された。神への挑戦は畏れの欠如であると主張する人と神との親交を深める為には神の座すところまでこちらから赴くべきだと考える者、それらの思惑が交錯し、遂には争いにまで発展するかという緊張状態へと変化した。




「このままでは、我ら中立の立場におる者たちも被害を受けます!」


「どうか、お助け下さい」


「天使様!」



 町の建設予定地と近いこの集落では、二つの派閥の人間たちの争いが起こった時に巻き込まれる可能性が高かった。そして、中立状態にあるこの集落は何とも不遇な立場に置かれるだろう。


 それを危惧した集落の人間たちは、キミルとラミアに助けを求めた。



「分かった、我々が何とかしよう」


 ラミアはそう言って、争いの中心へ向かわんとし、キミルを連れて外へと出た。





―――その時、神の業火が地を焼いた――――――――――――――――――――





 キミルとラミアは、その瞬間思い出した。


 彼らの命は、風吹き荒ぶ谷の中腹にある鳥の巣の中にあるのだ、と。


 神の怒りは、消え去っていないのだと、その時気付いた。気付いてしまった。



「アアアアァッ―――」



「ギャアアァッ―――」




 阿鼻叫喚の嵐が巻き起こった。地を焼いた黒炎が、キミルとラミアの目の前で彼らを求めていた人間たちに差し迫った時、キミルとラミアは咄嗟に手を伸ばそうとして、その手を焦がした。


 痺れた様に、痛みを感じなかった、その瞬間、自分たちにはどうしようもないのだと悟った。この神の炎は、正に不可侵。他からの干渉を全く受け付けないのだと。


 砂が一寸の高さより舞い落ちるより早く、人間の姿は灰となって消えた。風に舞っている砂の白さが、一瞬の間灰色に変わる。



「―――ははは、はは……」


 キミルから乾いた笑いが漏れた。もう、笑うしかなかった。



 神の業火に、焼かれるときが遂に来たのだ。今まで、届かなかったその炎が、彼らに届くときが来たのだ。


「なんで、今まで生きてたんだろな、俺たち」


 ラミアが、今更だけどさ、と呟く。


「今まで、俺たちが何で神の業火に焼かれるのか、分かってなかったからじゃないか?」


 キミルが、全てを悟ったように言った。笑いさえも、既に枯れてしまったようだ。



「―――俺、今なら分かる」


「ああ、俺もだ」



 キミルとラミアは、二人、目を見合わせた。今から口にしようとしている言葉を、口から出した瞬間、全てが言葉通りの意味で終わってしまう予感はしていた。それでも、もう、仕方がないんだ。全てが終わる刻は、既に目の前まで差し迫っているのだから。



    


「俺らの罪は、堕天じゃない―――」







「「自らの存在を、神より上に置いたことだ」」


―――――――――――――――――――その時、神の業火が彼らを焼いた―――






 神は、キミルとラミアをその炎で焼き、雲を腕の一振りで消し去った。


 雲の上に立つ天使たちは、状況を知ることなく天からの追放を宣され、地上(アース)に堕ちた。


 ただ、大天使ミカエルのみはその状況を達観していた。神から先んじて決断を宣告されていたからであり、これが、自分の罪の対価であるからだ。




―――人よ、神の声を聞け―――御遣いよ、神の思念に心を傾けよ―――




 声とならぬ声、思念体が人と御遣いに届いた。その時はじめて、彼らは神の声を直に聞いた。


 或る者はその声の荘厳さに恐れ(おのの)き、或る者はその強大さに身を縮めた。神は、それらをすべて、見下ろしていた。




―――聞け―――御遣いは罪を犯した―――故に天より堕とされた―――




 御遣いは、神の声にその身を縮めながら、己達の罪を思い出そうとする。実際、思い当たる節は幾つかあった。そして、その罪を最も理解しているのはまた、大天使ミカエルであった。



 御遣いの罪―――それは神を信じなかったことである。



「神は完全な忠誠を求められる」。神の名を疑い、その力を虚偽と訝しんだ。それが、彼らの罪であった。




―――人よ、天より舞う羽を取れ―――信ずるものは報いとしてその身に翼を得るだろう―――




 神の声と同時に、辺りに羽が舞いだした。それは、鶏や駝鳥の羽とは根本的に違う、神の与うるものであった。見るだけでその眩さは目を焼き、ひらりと舞い、翻り翻りを繰り返すその様は目を焼きながらも視線を惹きつけた。


 人は神々しいその光の下へと震える足をどうにか動かして近付き、その手を羽へと伸ばした。風に舞う羽は思うように掴めず、怒号を上げだすものもいる。



「―――よっしゃ、掴めたァ!」


 先ほどまで怒号を上げて羽を追っていたものが、遂にその掌に羽を収めた―――瞬間だった。



 神の炎に巻かれて、彼は燃えて消え去った。




「――――――――………」




 嫌な沈黙が、辺りを支配する。神の声に従って、羽を手に取ったはずだ。なのに、神の炎に焼かれた。矛盾を感じさせるこの状況に、人は羽へと手を伸ばすことを怖れた。




―――人よ、羽を取れ――その身に翼を得るだろう―――




 その瞬間、人は理解した。これは、神からの救いや贈り物ではない。神の行う試練であり、自分たちの掛けられている(ふるい)なのだと。


 神の規準に沿ったもののみを残すための、篩にかけられている最中なのだ。だから、信じるならば天へと昇るための翼を得られるが、神の規準に沿わないものは、そこで灰となって(ふる)われる。



 そんな、命の瀬戸際に置かれたのだ。



「儂は、これまで一度たりとも、神に背かず、祭壇へと祈りを捧げたのじゃ」


 死ぬかもしれない。そんな恐怖の中で、ある集落の長老は羽へと手を伸ばした。周りの人間たちはその様子を固唾を飲んで見守った。先程のように、灰となるか、それとも翼を得るか―――。


 結果はすぐに出た。長老の背から、突然白を凝縮し、更に白を混ぜたような純白の翼が現れたのである。その翼は音もたてずに老人の萎びた体を持ち上げ、天へと昇らせた。



「神よ、祝福に感謝致します―――」



 この様を見て、神の言葉は虚偽ではないということが証明された。人間は、恐れながらも次々に羽へと手を伸ばした。ひらりと舞う羽が上手く掴めずとも、今回は誰も怒号をあげない。



 そして、人達は順々にその身に翼を授かっていった。



 これが、神の裁きなのだと―――御遣いたちは覚悟を決めていた。


 何故、天使が罰せられるだけでなく人が天へと昇るのか、理解することは出来なかった。しかし、その解を求める余裕などない。どうせ、神の()()だ。


 今も、本来なら自分たちの領分であるはずのに、人間が昇り始めている。これは、自分たちの力が奪われたことと同義なのだ。神は、御遣いの罪に対する対価として、その翼を捥がれたのだろう。



「―――ミカエル様! 大天使様が来られたぞ!」



 御遣いたちは、何処かから聞こえてきたその叫び声に一縷の望みをかけ、希望の瞳でそちらを向いた。大天使であるミカエルは、神と唯一対話を許された者、つまり、今回のことに関しても何か天使たちの知らない事を知っている可能性がある。


「ミカエル様、今回のこと、何かご存じなのですか?」


 天使が、ミカエルの周りを囲んだ。ミカエルは、即座にどのような返答を返すかと悩む。自分の罪については語ることが出来ない。それも、罪の対価だ。



「神は、お怒りである。天使が神を疑ったこと、その不遜に対し、怒っておられる。神は、罪の対価として、天界(ヘブン)と奇跡を我らから奪われた。人間にが与えられたことについては―――私にも分からない。ただ、神の思わすことを成し遂げることが、我らに与えられし命である。粛々と、受けよ」



 ミカエルの声は天使たちに伝播し、隣の天使へ、隣の天使へと紡がれた。


 やがて、天使たちは事の次第を理解した。人間のほとんどが焼けるか、天界(ヘブン)へと昇るかしたのちであった。



「まず、天使たちを集めよ。神より受けた話を伝える」



 ミカエルはそう言って、天使たちを一か所に集めさせた。





「天使たちよ、聞きなさい。私は、神の話されることを聞いた」


 ミカエルの第一声に、詳しい事情を全く知らない天使たちはその話を一言も聞き漏らすまいと聞き耳を立てた。


 神は、どのような考えがあって、このようなことをされたのか、その全貌を知ることは出来ずとも、粗方の事情を知ることが出来れば僥倖だ。


「神は、『私の望みを叶えよ』と仰せられた。これが、我らの命題である。」


 はっきりとしない物言いに、天使たちはそれぞれ首を傾げる。しかし、ミカエルも神の言う望みが何なのかは知らなかった。


「そして、神は天使の罪の何たるかの〝一部〟を明かされた。堕天である。キミルとラミア、という一対の天使が堕天を試み、人間界へと降りた。神は、この罪を天使全ての罪とされている。そして、その罪の対価として、神は〝神罰〟を下される」


 次々と与えられる情報に、天使たちの脳内は混乱してくる。〝神罰〟とは何なのか、何故、堕天が天使全員の罪として扱われなければならないのか。問い質したいことは幾らでもある。


「これより、神に生き延びることを定められたものを呼ぶ。それ以外の天使は、神からの裁きを粛々と受け止めよ」


 ミカエルは、そう言って天使たちの名前を順々に述べていく。その中には、自身の名――ミカエルと第二天使であるカリススの名もあった。


 裁きを免れる天使の名前が挙げられていく中、天使たちは今どういう状況なのか測りかねていた。自分の名前が呼ばれるかも気になって当然だが、それだけではなく、何故選ばれた者のみ裁きを免れるのかも分からなかった。


 これでは、ただの選民主義ではないか、と。天使たちは思ったが、ミカエルの権力は絶対である。これは、天使たちの間での共通認識であった。


 神に作られた唯一の御子、それがミカエルであり、神との橋渡し役であり、唯一神と天使をつなぐもの。その存在の絶大さを、理解できない天使など、存在しなかった。




「―――では、以上。残る者たちは神の裁きを受けよ」


 それだけ言い残し、ミカエルと名を呼ばれた天使たちは何処かへと去った。その瞬間である。





 響く轟音、轟々と唸り来る大波―――炎とは対極にある水が、天使たちに迫った。


 その様子を見て、これは、現実であっていいものではないと天使たちは直感的に感じた。いつの間にやら雲が地上に影を落とし、暗雲が垂れ込めている。轟雷は鳴り響き、天が泣いた。それはそれは、大粒の涙である。


 水は刹那のうちに地上を覆い、天使たちは波に流された。行く先は、ただ奈落である。地上に存在するはずのない大穴――奈落へと続く崖に、波は天使たちを連れて流れ込んでいった。


 全てが、神の御業であった。これだけの力を前に、天使たちは抗うことを諦めてしまっていた。もう、自分たちにどうすることもできるはずないのだと、直感的に分かってしまう。



 選ばれなかった天使たちを呑み込み、地上の大穴はその口を閉じた。地上に翳りを落としていた暗雲も、神の風が押し寄せ、空の果てへと追いやられていた。


 全てが、終わったのである。更地になってしまった荒野を見下ろして、アララト山の頂上からミカエルとカリスス、その他天使たちは何とも言えない複雑な気持ちだった。


 自分たちも、選ばれなければこうなっていたのだ。存在の軌跡も何も残らない、更地へとその姿を変えられていたのだ。そう思うと何故選ばれたのかは分からなくとも、選んでもらえたことへ、感謝が生まれた。何が起こっているのかわからなくとも、ただ、自分がここに居て存在できていることが、最早奇跡のような感じさえした。




「―――さあ、この地で神を賛美し、神の望みを叶えるのです」


 ミカエルは広大な荒野に背を向け、天使たちに宣した。



 その背には、大きくかかった虹という罪を負って―――――――――――――

天使と人間の教育を示した「イムシスの手記」と比べながら過去編を眺めてみると、天使も人間もそれぞれが自分たちに都合のいいように過去を歪めていたことが分かります。

イムシスがこの真実に気づくのは、「まだ」今ではありません。


次回投稿

「登場人物紹介・裏話 Ⅲ」

本日午後9時投稿予定です。ご期待ください。

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